難攻不落シールドガール
十七話 難攻不落シールドガール
休日。
須久井鏡子は、鏡の前に座っていた。
「まあ。よく似合ってるわ、鏡子」
「ありがとうございます、お母様」
鏡越しに母へ微笑む。
今日の鏡子は、制服でも魔法少女としての衣装でもない。淡い色の振袖に、丁寧に整えられた髪。これから向かうのは訓練場でも戦場でもなく、お見合いの席だった。
鏡子は、改めて鏡の中の自分を見る。
綺麗だと思う。自分で言うのも少し恥ずかしいけれど、よく似合っているとも思う。
結婚。
いつかはしたいと思っていた。
幼い頃から、お嫁さんには憧れていた。白いドレスを着て、好きな人と、たくさんの人に祝福されて、幸せな家庭を作る。
そんな未来を、何度も夢見たことがある。
だから、結婚すること自体が嫌なわけではない。
ただ――。
『お前はどうしたい?』
「…………」
あの言葉が、ずっと頭に残っていた。
『家の話じゃない。お前はどうしたいんだ』
分からない。
結婚はしたい。いつかは。
でも、それが今なのかと聞かれたら答えられなかった。
魔法少女を辞めたいのかと聞かれても、答えられなかった。
けれど、家で決まったことなのだから。
きっと、これでいい。
そう思っていた。
「それじゃあ、行きましょうか」
「はい」
鏡子は立ち上がった。
◇ ◇ ◇
そして、同時刻。
「いい?」
白石真帆は、真剣な顔で四人の少女を見回していた。
「私たちは、決して須久井さんのお見合いを邪魔しに来たわけじゃないわ」
「はい」
猫が神妙に頷く。
「ただ、教え子が本当に納得して結婚しようとしているのか。教師として見守る必要があると思っただけ」
「なるほど」
昴も頷いた。
「もし、その過程でお相手に致命的な問題が発覚して、須久井さんが『やっぱり結婚しません』となったとしても――」
白石は、一度言葉を切った。
「それは仕方のないことよ」
「先生」
星歌が手を挙げた。
「なに?」
「潰す気ですよね?」
「人聞きが悪いわね」
「じゃあ、なんで相手の致命的な問題を期待してるんですか!?」
「期待なんてしてないわよ。ただ、教師として見逃すわけにはいかないだけ」
「何を?」
「粗を」
「探す気満々じゃないですか!!」
「だって!」
白石が少しだけ声を大きくした。
「教え子が私より先に結婚するの、ちょっと嫌なのよ!」
「本音出た!!」
「ちょっとよ!」
「絶対ちょっとじゃないですよね!?」
「…………」
「先生?」
「…………かなり」
「正直!!」
「うるさいわね!」
「逆ギレ!?」
「まあまあ」と、香仁子が二人の間に入る。
「先生の気持ちも分からなくはないし」
「阿久別さん……!」
「でも、高校生のお見合いを教師が潰しに来るのは普通にヤバいと思う」
「どっちの味方なのよ!」
そんな五人の少し後ろで、一人の男が無言で立っていた。
ひょっとこの面を被り、腕を組み、非常に帰りたそうに。
「白石」
「なに?」
「なぜ俺までいる」
「守護者だから」
「今日は戦闘ではない」
「担当している魔法少女の将来に関わる重大案件よ」
「俺の仕事ではない」
「昨日あんなこと言っておいて?」
「本人が決めたなら従う。まだ決めてないなら、俺の仕事は継続する。それだけだ」
「じゃあ継続しなさい」
朔は少し考えた。
「帰っていいか?」
「ダメ」
「なぜだ」
「ここまで来たんだから付き合いなさい」
「理不尽だな」
「ひょっとこさんが一番まともなこと言ってる……」
猫が小さく呟いた。
「というか」
星歌は、改めて一行を見た。
教師一人。
女子高生四人。
そして、ひょっとこ。
「この集団、めちゃくちゃ目立ってません?」
「大丈夫よ。自然にしてれば怪しまれないわ」
「この人がいる時点で無理ですよ!!」
星歌がひょっとこを指差す。
朔は自分を指差した。
「俺か?」
「他に誰がいるのよ!!」
◇ ◇ ◇
お見合いは、驚くほど普通に進んでいた。
「須久井さんは、学校ではどのようなことを?」
「そうですね。普通の学生生活を」
鏡子が穏やかに答えると、向かいに座る青年も穏やかに笑った。
年齢は鏡子より上。けれど威圧的なところはなく、話し方も丁寧で、鏡子の話を遮ることもない。家柄を鼻にかける様子もなかった。
少し離れた場所から、その様子を五人と一人が窺っていた。
「普通にいい人じゃん」
香仁子が言った。
「しっ」
白石が人差し指を口元へ立てる。
「話もちゃんと聞いてくれてますね」
「しっ」
「優しそうだね」
「しっ」
猫と昴にも同じ反応を返した白石を見て、星歌が眉を寄せる。
「先生。なんで残念そうなんですか?」
「残念そうになんてしてないわよ」
「してますよ」
「してない」
「じゃあ、なんでさっきから粗探ししてるんですか」
「教師としての確認よ」
「先生。もう諦めましょうよ」
「まだよ」
「何が!?」
白石はじっとお見合い相手を見る。
「人間、誰にだって欠点の一つや二つ――」
「白石」
朔が口を挟んだ。
「なによ」
「相手が善人か悪人かは関係ないだろ。須久井がどうしたいかだ」
「…………」
白石は黙った。
星歌も黙った。
やがて白石が、深々とため息をつく。
「そういう正論をひょっとこの面で言うのやめてくれる?」
「なぜだ」
「なんか腹立つから」
「理不尽だな」
その時だった。
ヴーッ、ヴーッ。
全員の端末が、ほぼ同時に震えた。
白石の表情が一瞬で変わる。
「マガツ出現。近いわね」
端末に表示された情報を確認する。
すでに現場では避難誘導と結界展開が始まっている。そして間もなく、追加の通知が入った。
今回の出撃対象。
そこに表示された名前を見て、星歌が声を上げる。
「鏡子先輩と、ひょっとこさん!」
「一体だけね。ゴーレム型――」
白石が詳細を確認している横で、朔も同じ情報を見ていた。
硬い外殻。
高い膂力。
そして、須久井鏡子。
昨日教えたばかりの、新しい戦法。
『お前自身が《氷壁》を纏え』
『お前が動け』
『お前自身が、壁になれ』
「…………」
朔の中で、何かが繋がった。
「ちょうどいい」
「え?」
星歌が振り向く。
その声は、心なしか弾んでいた。
「…………ひょっとこさん?」
もう、いない。
「え?」
「どこ行った!?」
白石が、お見合い会場へ視線を向ける。
そして顔を引きつらせた。
「ちょっと待ちなさい!!」
◇ ◇ ◇
「それで、結婚後についてですが――」
お見合い相手の言葉を、鏡子は静かに聞いていた。
結婚して、学校を卒業して、家庭に入って。
いつか子供ができて、家族になる。
それは決して嫌な未来ではない。きっと幸せなのだろう。
でも、何かが引っかかる。
その時。
「須久井」
「…………え?」
聞き覚えのある声に振り向く。
そこに、ひょっとこがいた。
「…………」
お見合い相手が固まった。
鏡子の母も目を丸くする。
「ひょ、ひょっとこさん!?」
「行くぞ」
「え?」
「マガツが出た」
「えっ」
「ちょうどいい」
「何がですか!?」
「この前の戦法を試す」
「今ですか!?」
「ああ」
「わ、私、今お見合い中なんですけど!?」
「知ってる」
「知ってるんですか!?」
朔は鏡子の腕を掴んだ。
「行くぞ」
「え、ちょ、ちょっと――」
「待ちなさい!!」
遠くから白石の声がした。
だが、朔は止まらない。
「失礼する」
「どちらへ!?」
鏡子は、そのままお見合いの席から守護者に連れ去られた。
「須久井さーーーーん!!」
白石が追う。
「鏡子先輩ーーーー!!」
四人も追う。
あとに残されたお見合い相手は、呆然と鏡子が消えた方向を見ていた。
その隣で、鏡子の母は「あらまあ」と頬に手を当てる。
「…………お知り合いですか?」
「さあ?」
「…………」
母は、娘が消えていった方向を見る。
「でも、鏡子。楽しそうだったわね」
「…………そう、ですね」
何一つ理解できていない二人を残して、鏡子はどんどん遠ざかっていった。
◇ ◇ ◇
「ひょっとこさん! 私、振袖なんですが!」
「変身すれば問題ない」
「そういう問題でしょうか!?」
「問題ない」
「問題あると思います!」
手を引かれながら走る。
お見合い会場が、どんどん遠ざかっていく。
さっきまで自分は静かな部屋で、将来の話をしていた。
結婚して、家庭を作って、その先の人生を話していた。
それが今は、ひょっとこの面を被った男に連れ去られ、振袖姿で街を走っている。
これからマガツと戦うために。
「…………ふっ」
鏡子の口から、小さな笑いが漏れた。
「?」
「ふふっ……ふふふっ」
「どうした」
「いえ……なんだか、おかしくて」
何もかもが滅茶苦茶だった。
こんなこと、少し前の自分なら想像もしていなかった。
でも。
楽しい。
さっきまで、何となく決められた未来へ進もうとしていた自分より。
今、訳も分からないまま戦場へ連れ去られている自分の方が、ずっと楽しい。
「ひょっとこさん」
「なんだ」
「私、お嫁さんにはなりたいんです」
「そうか」
それは変わらない。
いつか白いドレスを着たい。
好きな人と結婚したい。
家庭を作りたい。
それは今でも、自分の夢だ。
「でも、今じゃなくてもいいですよね」
朔は鏡子を見る。
「俺に聞くな」
「…………」
「お前が決めろ」
鏡子は一瞬目を丸くして、それから笑った。
「はい」
そうだった。
今、全部を決めなくてもいい。
未来の自分が何をしているのか、今の自分が決め切る必要なんてない。
未来のことは、未来で考えればいい。
今は、今しかできないことを楽しめばいい。
「私、今は魔法少女の方が楽しそうです」
「なら、そうしろ」
「はい!」
今度の返事には、迷いがなかった。
◇ ◇ ◇
ゴーレム型マガツは、道路の中央に立っていた。
全高三メートルほど。岩石のような外殻に太い胴体、そしてその身体に見合った巨大な両腕。
見るからに硬く、見るからに強い。
実際、その拳をまともに受ければ、ただでは済まないだろう。
鏡子はゴーレムを見上げた。
「須久井」
「はい」
「覚えてるな」
「もちろんです」
自分から離れるほど、《氷壁》は弱くなる。
なら、離さなければいい。
壁を必要な場所へ置くのではなく、自分自身が壁を纏う。そして自分が必要な場所へ動く。
「やってみろ」
「はい」
鏡子は一歩前へ出て、変身した。
振袖が魔法少女としての衣装へ変わる。
《氷壁》を自分から離さない。
自分自身に纏う。
言われたのは、それだけ。
なら――どう纏う?
鏡子は思い浮かべた。
いつか着たいと思っていたもの。
いつかなりたいと思っていた姿。
それを諦めたわけではない。
ただ、今ではないだけ。
なら。
未来の夢を、今の自分が纏ってしまえばいい。
氷が生まれた。
鏡子の身体に沿って形を変え、重なり、広がっていく。
上半身を包む氷の装甲。
腰から大きく広がるスカート。
背後へ長く伸びるトレーン。
頭から垂れる、透き通ったヴェール。
その全てが鏡子の身体からほとんど離れていない。
つまり、その全てが《氷壁》として最大に近い強度を保っている。
ちょうどそこへ、星歌たちも追いついた。
「…………え?」
「鏡子先輩?」
「ウェディングドレス……?」
昴が目を輝かせる。
鏡子は自分の姿を見下ろした。
白く、透き通った氷の花嫁。
「…………ふふ」
悪くない。
むしろ、とても気に入った。
「《永久凍土の花嫁》――エターナル・ヴァージン」
「名前まで付けた!?」
星歌が叫んだ。
「はい」
「いつ考えたんですか!?」
「今です」
「今!?」
鏡子はその場でくるりと回る。氷のスカートが光を反射した。
「可愛くありませんか?」
「いや、可愛いですけど!」
「よかったです」
満足そうに微笑む鏡子を、朔はしばらく眺めていた。
「俺は《氷壁》を纏えと言っただけなんだが」
「はい」
「そこまでは言ってない」
「私なりに考えてみました」
「そうか。ならいい」
「いいんだ!?」
その時、ゴーレムが動いた。
ずしん、と一歩踏み出すたびに地面が揺れる。
「来ます!」
猫が叫ぶ。
ゴーレムは鏡子へ近づき、巨大な右腕を振り上げた。
「鏡子先輩!」
だが、鏡子は逃げなかった。
代わりに――ドレスが動いた。
大きく広がった氷のスカート。その裾が鋭く形を変える。
次の瞬間。
ズドドドドッ!!
何本もの氷が杭のように地面へ突き刺さった。
前へ。横へ。そして背後へ長く伸びたトレーンまでもが深く地面へ食い込み、周囲を凍らせながら一体化していく。
「え?」
星歌が目を見開く。
身体を覆う氷は、鎧。
大きく広がったスカートは、身体を支える土台。
そして地面へ突き刺さった裾とトレーンは、鏡子自身をその場へ固定する巨大なアンカー。
「なるほど」
朔が呟いた。
「身体だけで受ける気はないのか」
「せっかく、こんなに大きなスカートがあるんですもの」
鏡子は微笑んだ。
どれだけ硬くても、殴られた衝撃で本人が吹き飛ばされれば意味がない。
ならば、身体を地面へ固定してしまえばいい。
最大強度の《氷壁》をドレスの裾から地面へ繋ぎ、鏡子一人ではなく――地面ごと使って受け止める。
「どうぞ」
ゴーレムの拳が振り下ろされた。
ドゴォォォォン!!
轟音と共に地面が震え、鏡子の足元から亀裂が走る。
砂埃が舞い上がった。
「先輩!!」
やがて視界が晴れる。
鏡子は、殴られる前とまったく同じ場所に立っていた。
傷一つない。
氷にも、目立った損傷はない。
そして。
ゴーレムが、ゆっくり自分の右側を見る。
「…………」
ない。
先ほどまでそこにあった巨大な右腕が、ない。
足元には、砕けた岩のような破片が大量に転がっている。
ゴーレムは足元を見る。
右肩を見る。
もう一度、足元を見る。
「…………?」
首を傾げた。
「…………なんか困ってない?」
星歌が呟いた。
「殴ったら自分の腕がなくなったんですから……」
猫が少しだけ同情するように言う。
「びっくりしてるのかな?」
「まあ、普通びっくりするよね」
昴と香仁子も、どこか気の毒そうに見守っている。
ゴーレムはしばらく右肩を見つめていた。
やがて、ふと左を見る。
左腕は、ある。
左手を握る。
開く。
もう一度、握る。
ある。
「いや、嫌な予感しかしないんだけど」
星歌が顔を引きつらせた。
ゴーレムは鏡子を見た。
そして。
左腕を振り上げた。
「やっぱりぃぃぃ!!」
再び、鏡子のスカートが地面へ突き刺さる。
ズドドドドッ!!
固定。
直後。
ドゴォォォォン!!
二発目。
砂埃が舞う。
そして晴れる。
鏡子は、やはり無傷だった。
ゴーレムが左を見る。
ない。
右を見る。
ない。
左。
ない。
右。
ない。
「…………?」
首を傾げる。
「…………なんか」
昴がぽつりと言った。
「可哀想になってきた」
「奇遇ね」
星歌も同じ気持ちだった。
「発生したばっかりだもんね」
香仁子が言う。
「まだ何も分かってないのかもしれません」
猫も両腕を失ったゴーレムを見つめる。
「赤ちゃん……?」
「赤ちゃんではないと思う」
「でもゼロ歳だよ?」
「その理屈だと今日発生したマガツ全部ゼロ歳よ!」
その間にも、ゴーレムは自分の両肩を交互に見ていた。
右。
ない。
左。
ない。
もう一度、右。
やっぱりない。
「…………?」
小さく首を傾げる。
なんとも言えない空気が流れた。
「…………ねえ」
星歌が朔を見る。
「なんだ」
星歌は、もう一度鏡子を見る。
身体を覆う最大強度の氷。
殴れば、殴った側が壊れる。
巨大な拳を受けても、地面へ突き刺したスカートで一歩も動かない。
そして防御が終われば――。
パキン、パキン。
鏡子はスカートを地面から引き抜き、固定を解除した。
何事もなかったように、ゴーレムへ向かって歩き始める。
「なんか歩く要塞になってるんだけど、どういうこと? ひょっとこさん」
「…………」
朔も鏡子を見る。
少し考えてから答えた。
「あそこまでやれとは言ってない」
「やっぱり想定外なんじゃない!!」
「《氷壁》を纏って、自分で動けとは言った」
「うん!」
「地面に突き刺されとは言ってない」
「うん!!」
「ドレスにしろとも言ってない」
「でしょうね!!」
その間にも、鏡子は歩いていく。
「…………歩いた」
「歩く要塞だからな」
「認めちゃった!!」
鏡子は、両腕を失ったゴーレムの前で足を止めた。
「防御は問題なさそうですね」
「問題ないどころじゃないでしょ!? 相手の腕が二本ともなくなったんですよ!?」
「そうですね。ですが、これでは倒せません」
「…………まあ」
確かに。
ゴーレムはまだ立っている。
攻撃してきた結果、勝手に両腕を失っただけである。
「攻撃手段が必要ですね」
「そうだな」
朔が答える。
「何か考えてるか?」
「はい」
「もう!?」
星歌が嫌な予感を覚えた。
鏡子は片手を前へ出し、その手元に小さな《氷壁》を作った。
それを丸める。
もう一枚。
さらに一枚。
丸めて、重ねて、束ねていく。
「…………何作ってるんですか?」
「ブーケです」
「ブーケ?」
「はい」
鏡子の手元に、氷の花束が出来上がっていく。
何枚もの《氷壁》を丸め、束ねた極めて密度の高い氷の塊。
しかも、鏡子の手元からほとんど離れていない。
当然。
強度は最大。
星歌は完成したそれを見た。
「先輩」
「はい?」
「それ、ブーケっていうか……鈍器では?」
「ブーケです」
「鈍器ですよね!?」
「ブーケです」
「絶対殴る気でしょ!!」
鏡子は答えなかった。
ただ、にこりと微笑んだ。
「否定してぇぇぇ!!」
その横で、朔も氷のブーケを見ていた。
「…………」
星歌が朔を見る。
「これも?」
「言ってない」
「ですよね!!」
そして。
ゴーレムは、そんな鏡子をじっと見ていた。
両腕はない。
目の前から、白いドレスを着た女性が花束を持って近づいてくる。
「…………?」
ゴーレムが首を傾げた。
「なんか待ってるように見えるんだけど!?」
「花束をもらえると思ってるんじゃない?」
香仁子が言った。
「そんなわけないでしょ!」
「でも、ほら」
鏡子が一歩近づく。
ゴーレムは動かない。
もう一歩。
やっぱり動かない。
ただ、氷のブーケをじっと見ている。
「…………」
星歌は、何故か胸が痛くなってきた。
「鏡子先輩」
「はい?」
「なんかもう、許してあげません?」
「マガツですよ?」
「そうなんだけど!」
鏡子はゴーレムの目の前まで歩いた。
ゴーレムは氷のブーケを見る。
鏡子を見る。
また、ブーケを見る。
「…………?」
鏡子は微笑んだ。
「では」
氷のブーケを両手で握る。
「《手痛い別れ》」
「…………?」
ゴーレムが、また首を傾げた。
鏡子はブーケを大きく振りかぶる。
そして、満面の笑みで。
「――《離婚しましょ》」
「読み方ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
ドゴォォォォォォォォン!!
最大強度の《氷壁》を何枚も束ねた氷のブーケが、ゴーレムの顔面へ叩き込まれた。
頭部が砕け散る。
巨体がぐらりと揺れ、そのままゆっくりと後ろへ倒れた。
ズズン。
「…………」
沈黙。
ゴーレム型マガツは、今度こそ完全に動かなくなった。
四人は、倒れたゴーレムを見つめる。
発生から、わずか数分。
鏡子を右手で殴った。
右手がなくなった。
不思議そうにした。
左手で殴った。
左手もなくなった。
もっと不思議そうにした。
そこへ花嫁姿の女性がブーケを持ってやってきて。
《離婚しましょ》
と。
顔面を粉砕された。
なお。
当然ながら。
彼に婚姻歴はない。
本日の被害者。
未婚なのに離婚されたゴーレムくん。
享年、数分。
「…………なんか、ごめん」
星歌は、そっと手を合わせた。
「桃井さん?」
「先輩は気にしなくていいです……」
「そうですか?」
「はい……」
鏡子は氷のブーケを胸元へ抱えた。
その姿だけなら、本当に花嫁のようだった。
いつか、本物のウェディングドレスを着る日が来るのかもしれない。
その時、隣にいるのが誰なのか。
どんな人生を歩んでいるのか。
今の鏡子には分からない。
でも。
それでいい。
未来のことは、未来で考える。
今は、今しかできないことを楽しむ。
「ひょっとこさん」
「なんだ」
「私、魔法少女、続けます」
「そうか」
「はい」
鏡子は笑った。
その答えには、もう迷いはなかった。
「楽しいですから」
朔は頷いた。
「なら、問題ない」
「はい!」
「…………ところで」
低い声が聞こえた。
朔が振り向く。
そこには、白石が立っていた。
「あんた、お見合いの最中の教え子を連れ去ったのよ?」
「マガツが出たからな」
「それは分かってる!」
「新しい戦法を試すには、ちょうどよかった」
「…………」
白石は、ひょっとこの面をじっと睨んだ。
「あんた、ちょっと楽しんでたでしょ」
「…………」
「楽しんでたわよね?」
「…………」
朔は答えなかった。
「図星だ!!」
星歌が叫んだ。
その横で、鏡子はもう一度、小さく笑った。
――つづく。




