正式名称は長いし呼ばれない
第十三話
魔法少女たちが。
遊園地で休日を満喫していた。
その頃。
望月朔は。
《組織》本部に呼び出されていた。
休日だった。
学校はない。
マガツも現れていない。
本来なら。
何の予定もない。
平和な休日。
――だったはずなのだが。
「…………」
朔は。
会議室の椅子に座っていた。
正面には司令官。
その隣には数名の職員。
そして。
机の上には。
何枚もの写真が並べられていた。
「望月」
「なんだ」
司令官が。
重々しく口を開く。
「まず最初に言っておく」
「ああ」
「《異常災害対策統括機構》は、お前の守護者としての活動を高く評価している」
「そうか」
「五人の魔法少女を一人の守護者が同時に担当する。前例のない試みだ」
「ああ」
「だが、現時点で結果は良好。五人全員に明確な変化が見られる」
「そうか」
「実戦での成果も上がり始めている」
「そうか」
「…………」
「…………」
司令官が。
一枚の写真を手に取った。
「では」
机の上に置く。
「これはなんだ」
道路だった。
正確には。
道路だったものだった。
アスファルトが砕け。
そこかしこに。
大きな穴が開いている。
「道路だ」
「見れば分かる」
「なら、何故聞いた」
「そういう意味で聞いたんじゃない!」
司令官が。
写真を指差した。
「何故、道路がこうなっている!」
「宍戸が砕いた」
「知ってる!」
「なら――」
「経緯を聞いているんだ!」
朔は。
少し考えた。
「弾がなかった」
「…………」
「だから作った」
「道路で!?」
「ああ」
「道路を弾薬にするな!」
会議室に。
司令官の声が響いた。
「正確には違う」
「何がだ!」
「道路を弾薬にしたわけじゃない」
「じゃあなんだ!」
「道路を砕いて作った破片を弾薬にした」
「もっと悪い!」
「だが、有効だった」
「有効だったよ!」
司令官が。
頭を抱えた。
「報告書も読んだ! バルーンクラゲ型マガツを遠距離から次々撃墜! 宍戸猫の新たな戦闘方法として極めて有望! 素晴らしい戦果だ!」
「なら問題ないな」
「道路が死んだんだよ!」
「道路は生きてない」
「そういう話じゃない!」
隣に座っていた職員が。
無言で。
一枚の書類を差し出した。
司令官が受け取る。
見る。
「…………」
目を閉じた。
「復旧費用は生きてるんだ」
「金も生きてない」
「お前は今日ずっとそういう感じで行くつもりか!?」
「呼び出したのはそっちだ」
「休日に呼び出したことは悪かったと思っている!」
「そうか」
「だが呼ぶしかなかったんだ!」
司令官が。
次の写真を手に取った。
「では、次だ」
今度は。
建物だった。
壁の一部が。
見事に吹き飛んでいる。
「これは?」
「阿久別だな」
「分かってる」
「なら何故――」
「聞くなと言いたいんだろう!? もう分かったよ!」
司令官が。
机を叩いた。
「阿久別香仁子の戦闘方法についてもだ!」
「問題が?」
「ある!」
「マガツは倒した」
「倒した!」
「本人も無傷だ」
「無傷だった!」
「他の四人も無事だった」
「そこは本当に感謝している!」
「なら問題ない」
「周囲が無事じゃないんだよ!」
また。
写真が並べられる。
壁。
標識。
街路樹。
その他。
爆発に巻き込まれた。
数々の物。
「…………」
朔は。
それらを見る。
「爆発だからな」
「分かってるよ!」
「爆発すれば周囲も吹き飛ぶ」
「分かってるから困ってるんだよ!」
「だが阿久別は、魔法を使えば爆発する」
「それも分かってる!」
「なら爆発させた方がいい」
「戦術としては正しいんだよ!」
司令官が。
再び。
頭を抱えた。
「そこが一番困るんだよ……!」
隣の職員が。
書類へ目を落とした。
「戦闘班からの評価は非常に高いです」
別の職員も続く。
「研究部門からも、欠点を矯正するのではなく、特性として戦術へ組み込む方針について興味深い成果が出ていると」
さらに。
もう一人。
「五名の戦闘継続意欲についても、以前より改善傾向が見られます」
「ほら」
朔が言った。
「成功してる」
「してるんだよ!」
司令官が叫んだ。
「だから怒るに怒れないんだよ!」
「なら怒らなければいい」
「そうすると次も何か壊すだろう!」
「必要なら」
「それをやめろと言っている!」
司令官は。
大きく息を吐いた。
「望月」
「ああ」
「我々は、お前に戦い方そのものを変えろと言っているわけではない」
「なら何を変える」
「少しでいい」
司令官は。
机の上の惨状を指差した。
「戦った後のことも考えてくれ」
「考えている」
「道路を砕く奴の台詞じゃない」
「必要だった」
「だから!」
司令官は。
写真を叩いた。
「必要になるものを事前に用意しろ!」
「…………」
朔が。
止まった。
「事前に?」
「ああ!」
「必要なものを?」
「ああ!」
「組織が?」
「《異常災害対策統括機構》だ」
「そこはどうでもいい」
「よくない。漢字が並んでいた方がカッコいい」
「そうか」
「そうだ」
「…………」
「…………」
職員の一人が。
小さく咳払いした。
「司令、本題を」
「ああ」
司令官が頷いた。
「例えば宍戸だ」
道路の写真を指差す。
「投げる物が必要だと分かったなら、次から事前に用意しておけばいい」
「なるほど」
朔が。
素直に頷いた。
「石を積んだ車を用意しよう」
「…………」
「…………」
「…………」
司令官が。
職員を見る。
職員も。
司令官を見る。
「……間違ってはいない」
「はい」
「道路も壊れない」
「はい」
「改善されている」
「はい」
「なのに何故だろう」
司令官は。
額を押さえた。
「何か違う気がする」
「では鉄球にするか?」
「そういう話じゃない!」
「石より威力は出る」
「威力を上げろとも言ってない!」
「なら石でいいな」
「…………」
司令官は。
しばらく考えた。
「…………石でいい」
「分かった」
「ただし!」
司令官が。
指を立てた。
「道路は砕くな!」
「ああ」
「建物も壊すな!」
「ああ」
「民間の所有物を勝手に弾薬にするな!」
「ああ」
「現地調達を前提にするな!」
「ああ」
「必要なものがあるなら、《異常災害対策統括機構》に要請しろ!」
「分かった」
「本当に分かったか?」
「問題ない」
朔は。
頷いた。
「俺に失敗はない」
「最近、その台詞を聞くと不安になるんだが」
「気のせいだ」
「だといいな……」
司令官は。
疲れたように。
椅子へ身体を預けた。
そして。
思い出したように顔を上げる。
「――そうだ」
「なんだ」
「もう一つあった」
「まだあるのか」
「ある」
司令官は。
別の書類を手に取った。
「迎えの車を待て」
「…………」
「毎回毎回! 何故お前は迎えの車が到着する前に現場へ向かう!」
「その方が早い」
「知ってる!」
「なら問題ない」
「ある!」
司令官が。
書類を叩いた。
「お前を乗せるために出した車が、誰も乗せずに戦場まで走ってるんだぞ!」
「なら出さなくていい」
「そういうわけにもいかないんだ!」
「何故だ」
「何故って……!」
司令官が。
言葉に詰まる。
「……お前は守護者だぞ?」
「ああ」
「戦闘区域へ投入する人員を、各自の判断で勝手に現地集合させる組織がどこにある!」
「ここに」
「ない!」
「俺がやってる」
「だからやめろと言っている!」
「だが、車より走った方が早い」
「それも知ってる!」
「なら――」
「速いかどうかの問題じゃない!」
司令官が。
額を押さえる。
「頼むから……」
声が。
少し弱くなった。
「せめて、こちらが用意したものを使ってくれ……」
「…………」
朔は。
考える。
必要なものを。
事前に用意する。
現地で足りないものがあれば。
組織へ要請する。
用意されたものは。
きちんと使う。
「分かった」
「ああ」
「次からそうする」
「本当だな?」
「ああ」
「絶対だな?」
「俺は失敗しない」
「…………」
司令官は。
何故か。
嫌な予感がした。
だが。
何が問題なのかは。
分からなかった。
「もういい」
司令官が。
手を振った。
「今日は帰れ」
「ああ」
朔は。
立ち上がった。
会議室の扉へ向かう。
「望月」
呼び止められ。
振り返る。
「なんだ」
司令官は。
少しだけ迷って。
結局。
「いや」
首を振った。
「何でもない」
「そうか」
朔は。
会議室を出ていった。
扉が閉まる。
「…………」
静かになった会議室で。
司令官は。
机の上へ視線を戻した。
砕かれた道路。
爆発で吹き飛んだ設備。
修繕費の見積書。
各部署から上がってきた報告書。
そして。
その隣に置かれた。
五人の魔法少女についての戦闘記録。
職員の一人が。
口を開いた。
「よろしかったんですか?」
「何がだ」
「望月朔を」
少し間を置いて。
「二度目の守護者として認めたことです」
司令官は。
答えなかった。
代わりに。
五人の戦闘記録を見る。
あの時。
望月朔から。
二度目の守護者になりたいと申し出があった。
前例など。
なかった。
当然。
反対意見も出た。
それでも。
条件を課した。
試験をした。
そして。
あいつは。
すべてを突破した。
その結果。
今。
五人の魔法少女が。
少しずつ。
変わり始めている。
「間違いではなかったさ」
司令官が。
静かに言った。
「少なくとも、今のところはな」
「……はい」
「道路なら直せる」
「はい」
「建物も直せる」
「はい」
「書類なら書けばいい」
「……はい」
「金なら――」
少し考える。
「…………まあ、なんとかしよう」
「そこだけ急に弱くなりましたね」
「予算には限りがある」
職員が。
小さく笑った。
司令官も。
わずかに笑う。
そして。
五人の記録へ。
もう一度。
目を落とした。
「俺たちは」
静かに。
言った。
「子供に戦いを押し付けているんだ」
職員の表情から。
笑みが消えた。
魔法少女になることは。
強制ではない。
本人が選び。
家族が認め。
訓練を受け。
そして。
戦場へ立つ。
だが。
どれだけ制度を整えようと。
どれだけ本人の意思を尊重しようと。
子供が戦っている。
その事実だけは。
変わらない。
「だったら」
司令官は。
机の上の書類を手に取った。
「書類なり、金なり、後始末なり」
一枚。
また一枚。
「それくらいは、我々大人が頑張ればいい」
「そうですね」
「ああ」
「子供に戦いを押し付けてるんだ」
司令官は。
書類を揃えながら。
言った。
「大人が苦労しないでどうする」
そして。
机の端に置かれた。
別の書類の束へ。
手を伸ばした。
一束。
その下に。
もう一束。
さらに。
もう一束。
「…………」
手が。
止まった。
「これは?」
「今回の戦闘に関する始末書です」
「…………全部?」
「全部です」
道路損壊。
設備損壊。
交通規制。
復旧工事。
予算申請。
関係部署への報告。
その他。
その他。
その他。
「…………」
司令官は。
書類の山を見つめた。
つい数秒前。
大人が苦労しないでどうする。
そう言った。
確かに。
言った。
「…………ただ」
黒鉄征司。
《異常災害対策統括機構》司令官。
漢字がたくさん並んでいてカッコいい。
という理由で。
組織のことを。
必ず正式名称で呼ぶ男は。
大量の始末書を前に。
小さく呟いた。
「この量は予想外だな」
職員が。
微笑んだ。
「頑張ってください、大人」
「お前も大人だろう」




