最速教室
昨日急遽伝えられたお料理教室、特に何の準備もできていない。グループチャットには持ってくるものとか特になくて、必要なのは僕たちの料理スキルだけ。
料理を教えてほしいのはいいんだけど、必要なものがないとなると僕たちのすることって特にない気がする。
「尾園さん、おはよう」
「お、綾瀬君」
僕は速道さんの家を知らないから、ひとまず尾園さんに連れて行ってもらう。尾園さんの手元にはどこかで買った食材があった。一応お金も持ってきているし、あとで材料費を聞いて払っておこう。
「ここだよ」
「来たか」
その声を聴いて玄関の方に目をやると、エプロン姿で仁王立ちをしている速道さんがいた。それも手にお玉としゃもじを持っている。
「なんでそれを持ってるん?」
「なんとなく、料理といえばこれだと思った」
「速道さん、確かに使うけど外には持ち出さないでね」
「なるほどそうなのか」
まずはそのあたりの認識から変えていく必要がありそうなんだけど、それはいったん置いておく。そもそもお料理教室を唐突にしようと思った理由を知りたい。
「こっちだ」
「速道さん、なんでお料理教室をやろうと思ったの?」
「料理に興味が出た」
キリっとした顔をこっちに向けながら言っている。興味が出るのはいいんだけど、そうするなら僕もちょっとは準備したかったな。
教えるってなったら料理とか決めてやった方がいいはずだし、明確なゴールがあった方が速道さんもやりがいがあると思う。
「私が料理するのは不満か?」
ちょっとした思いが顔に出ていたのか、速道さんが不安そうに顔をのぞかせてきた。
確かに、何をするにしても興味が出た時がやり時だ。それも速道さんとなると一番早く実行に移そうとする。それこそ昨日の帰った後にでもやろうとしていた可能性もあるくらいだ。
「ごめんね、そういうことじゃないんだ」
「いや、謝ることはないんだ」
「そうだよ綾瀬君。全部唐突に言い出した速道が悪いんだから」
尾園さんがこの空気を換えようとしているのが伝わってくる。めちゃくちゃいじってくる人だと思っていたけど、本当は周りを見て最適解を出している人なのかもしれない。
「なっ……そんなこと言わなくていいだろう」
「そうだね、これは速道さんも悪いよ」
少し冗談めいて尾園さんの言葉に便乗する。空気を悪くするかもしれないが、僕にとってはこれが一番最適だと思った。
「綾瀬君まで……」
「こういう約束事はもっとちゃんと予定を立てようね?」
「そうだよ速道、何でもかんでも早いのが一番ってわけじゃないんだから」
もしかして帰り道がゆっくりだったのは尾園さんがちゃんと教えていたからなのだろうか。
「うぅ……」
「でも、挑戦するのは悪くないよね」
「そうそう、私たちも言ってくれれば協力するからさ」
いい感じにこの会話を締めて、さっそく料理へと取り掛かる。速道さんが食材を用意していたようで、今日はカレーを作るらしい。
「カレーだけじゃなんないっしょ?」
持ってきていた食材を取り出しながら尾園さんが準備を進める。豆腐、ひき肉、ナス、甜麺醤などが出てきた。食材を見る限り、麻婆ナスを作るつもりのようだ。
「そうだな、ありがたい」
かくしてお料理教室が始まった。
速道さんの料理スキルは壊滅的だった。本人からキッチンに立った時に『私の料理スキルは壊滅的だからサポートを頼む』と言われたけど、ここまでだとは思っていなかった。
ジャガイモの皮をむくときピーラーで指を切り、ニンジンを切るときにも指を切り、煮込むときに誤って鍋を触ってしまいやけどをする。最後に関してはただの不注意な気もするけど、なんとかカレーを完成させることができた。
「……できたぁ」
「速道~あんた昔から変わんないね~血だらけじゃん」
「毎回こうなってるの……?」
昔からということは調理実習の時もこんな感じだったんだろうな。
「まずは……」
そこから僕たちの指導が入って、ナスを試しに切ってもらうことにした。どうしても切ることに関しては譲りたくないようで、そこを重点的に教えた。
「……! できた!」
「おー!」
「怪我無くできたね!」
小さな子供のように無邪気に喜んでいる。料理を人に教えるというのはとても難しいことのようだ。
まあ、ケガはあってもキッチンが血だらけになるほどのケガが起こっているのがおかしいわけだけど、速道さんは少し成長している。
「というかなんでそんなに切りたいの?」
「かっこいからだが?」
当たり前だろうと言われているような声のトーン。速道さんらしい答えに僕らは笑ってしまった。
その後は速道さんに休んでもらい、お手本ということで二人で作っていった。なんの滞りもなく進んでいく光景を見て、速道さんは拍手し始めてしまうほどだった。
完成した料理は今日の昼ごはんになった。カレーと麻婆ナスという昼ごはんにしては少し多く感じてしまいそうな量だけど、今日の昼ごはんはなんだかいつもよりも楽しかった。




