いつまでも最遅
教室の中、周りの人たちは朝から元気なようで楽しそうに話している。今日の授業の愚痴から明日からの休みをどう過ごすかという話まで。
「あ、綾瀬君……その、はい。はい……」
普段はスッと話しかけてきてくれる速道さんが何か今日はおかしい。朝のことを気にしているのだろうか。僕も多少なりとも気にはなるけど、記憶に蓋をしたことにしてなるべく思い出さないようにしているからどうってことない。
「今日速道硬いな~」
珍しく朝早くに来た尾園さんが速道さんに話しかけている。唯一砕けた話し方ができる彼女にさえも、さっき僕に話しかけたみたいなように話してしまっている。
「そ、そんなこ、ことはない……はず」
「いや、そうだって~昨日頑張ってお弁当作ってきたから疲れちゃったのかな?」
「あ、綾瀬君の前でそんなこと!」
「ね~綾瀬君」
あまり話したことがないからどういう人なのかわからないけど、速道さんが信頼している人だっていうのは伝わってくる。
「え、あ、そうなんだ」
「うん、昨日帰るときにいっぱいれ」
「おい! わ、忘れてください綾瀬君」
「……うん」
なんかそういわれるとなんか恥ずかしくなってきた。昨日確かにお弁当を作る話をしたけど、そこまで不安になりながらも頑張って作ってくれていたのか。
まあ、僕もそんな感じだからお互いさまっていう感じだけど。
「速道~そろそろ綾瀬君にも敬語なくていいんじゃない~?」
ゆったりとした話し方からは想像できないようないたずらっぽい表情をしていた。何を考えているのかわからないが、そんな言葉で速道さんの口調が変化することなんてないと思うけどな。
「そ、そうかな……」
「そうそう、お友達になってもう二か月だよ? 敬語は硬いって」
そういう会話を聞き流しながら、チャイムが鳴るのを待った。まだ朝の気まずさが抜けきっていないまま、時間だけが過ぎていく。
一時間目、二時間目、三時間目……あっという間に時間が過ぎていき、もう昼休みになってしまった。
お互いがお互いのために作ったお弁当、それを悪い意味ではないが気まずい中で渡すというのは、何か意識してしまうところがある。
昼休みになって十分が経過した、普段はいない尾園さんが教室でお弁当を食べている。しかも僕たちの机をくっつけて、三人で食べようと提案して。
「二人ともお弁当どうしたん? 作ってきたんじゃないの?」
無神経なのか狙っているのかわからないけど、とにかくこの人は核心めいた部分をついてくる。それもいたずら心マックスと言わんばかりの表情をしながら言っているから質が悪い。
もしかして、速道さんは朝の出来事をもう尾園さんに話しているのだろうか。
「こちらお」
「速道敬語~無くそうって約束したじゃん」
「こ、これ……お弁当です……」
「はぁ、こりゃ長い道になりそう」
敬語を無くそうといつ約束したのかはどうでもいいのだが、なんだろう。普段は不思議な行動をする速道さんが面白いと思うだけだったのに、フィルターがかかったかのようにかわいく見える。
猫を見たときに感じるかわいいとかじゃなくて、よくわからない状態のかわいいだから余計にこんがらがる。
「ぼ、僕も作ってきた……」
お互いに交換して、しばらくの間開かずにじっと見つめている。何も起こっていないはずなのに、何かが常に起きている感覚だけが襲ってくる。
「た、食べよっか」
「そ、そうで……そうだな」
「お、これ美味しそうじゃ~ん」
そう言って手を伸ばしているのはたまごやきだった。速道さんリクエストで作ってきたものだから、できれば最初は速道さんに食べてもらいたかった。
「ダメっ!」
「おお早っ」
「これは私がリクエストしたからダメ、いい?」
「な、なるほど。じゃあこのトンカツを……」
「全部だめに決まってるだろうが」
そして速道さんは尾園さんの手をつまみ始めた。とても痛がっていたが、確かに自分のために作ってきたものが勝手に食べられたらいやだと感じる。ここは見て見ぬ振りが最適だな。
「いてて……ちょっと、見てないで止めてよ」
「いや、まあ、はい」
にっこりと彼女に微笑みかけて、自分はお弁当へと視線を戻す。
「自分で作ったのはたまごやきとおにぎりだけ……あとはお母さんが使ってる冷凍ばっかだからその……」
お弁当の中には餃子とたまごやき、ポテトサラダのインスタント、それと少し歪んでいるおにぎりが入っていた。自分で作ったと言っていたたまごやきとおにぎりは、初めて作ったとは思えない出来栄えだ。
たまごやきはおそらく速道さんが好きな味付けで、少しだけ牛乳が入っているような味がした。おにぎりは普通の塩おにぎりだったが、普段お母さんが作るものとは少し違う味がした。
「おいしいよ」「美味しいですね」
お互いに感想のタイミングが被ってしまい、これまた気まずい空気が流れる。
「あ~私ちょっと忘れ物」
教室の中だから忘れ物があったとしてもすぐに戻ってきそうなものだが、そのあとに尾園さんが戻ってくることはなかった。
「たまごやき、牛乳入れた?」
「はい、綾瀬君のにも入ってますね」




