最速の感覚
お弁当を作り終えて、いつもよりも早い電車に乗る。いつもより早く起きているからか、少しだけ眠く感じてしまうな。
たまごやきだけだと味気ないから好きだと言っていたトンカツを入れておいたけど、二日連続トンカツってやめた方がよかったかな。
そうこうしているうちに目的の駅に着いた。待ち合わせの十分前、速道さんはもうついているかもしれない。これも勝負だーって言って待ち合わせ場所に早く着いた方が勝ちみたいな。
「おはようございます、綾瀬君」
案の定、速道さんはすでに駅の前に立っていた。確かにいるとは思っていたが、そうなると彼女は何分前からいるのかちょっと気になるな。
「おはよ~」
寝起きであまり安定していない喉だから、少しふにゃふにゃした声になってしまっている。家族以外に聞かれていると思うと少し恥ずかしいが、あまり気にする必要もないと思う。
「かわっ……いえ、何でもありません。もしかして眠いですか?」
「うん……ちょっと朝早く起きちゃって」
「それは……」
ただ電車を二本くらい早く乗っただけだから、慣れてしまえば別にどうってことない。これからも速道さんと一緒に学校に行くことがあるだろうから、それなら毎日この時間にしたっていいな。それにしても、こんなに早くいるならなんで毎日追いつけるんだろう。
「それは何時くらいに起きたのですか?」
「う~ん……大体四時とか?」
普段は弁当作りなんて三十分程度で済ませているが、初めての自分以外の人のための弁当だったから全部一から作ってみたんだよね。速道さんも気合い入れて作るって言ってたし、こっちもそれにこたえるように作ろうと思ったらなかなか時間がかかってしまった。
「……」
さっき何時に起きたか言ってから口を開かなくなってしまったがどうしたんだろう。もしかして速道さんも早くに起きたせいで眠かったりするのかな。
「……負けました」
「負けた?」
「はい、私は五時くらいに起きたんです」
「そうなんだ。でも、僕は電車とかあるから仕方ないんじゃない?」
電車の時間に乗り遅れるわけにはいかないから仕方ない部分が強い気がする。これは不公平な勝負だから、勝ち負けのカウントに入れなくてもいいはずだけど。
「む」
「そんなむっとされても困るよ。でもさ、速道さんも眠そうじゃん。初めてのお弁当作り頑張ってくれたんでしょ?」
「まあ……はい、そうですね。何時の電車に乗ったんですか?」
「そんなに早くは乗ってないよ、いつもよりに十分くらい早いやつ。ん~ちょっと恥ずかしいけどほかの理由もあるんだよね」
あまり考えなしに話しているから、口からポンポンといらない言葉が出てきてしまう。早く頭が起きてくれないと、速道さんにもしかしたら失礼なことを言いかねない。
「どんな?」
「お弁当、気合い入れちゃってさ」
「ほ、ほう」
「それで早起きしちゃって……速道さん?」
そう言い放った時、速道さんは固まってしまった。メデューサの目を見たら固まるっていうレベルで、石みたいに固まってしまっている。
速道さんどうしたんだろう。急に足を止めてしまったけど、特にどこか痛かったりケガしてるとかがあるわけでもなさそうだし……本当にどうしたんだろう。
「……速道さん?」
「綾瀬君」
「は、はい」
キリっと前を向いて僕の名前を読んだかと思えば、体はがくがくと震えていて今にも倒れてしまいそうな小鹿みたいだった。
「き、競争しましょう」
「なぜ急に」
「……」
質問の返答もなしにクラウチングスタートの体制をとる。呆気に取られている僕の思考では追いつくことができず、スタートの合図で走り出すことはできなかった。
「はぁ、はぁ……速道さん、早すぎるよ……」
速道さんに追いついたのは学校から五分前くらいの場所だった。いつものまんじゅうやさんの前で速道さんはまんじゅうを買っている。
「遅いですよ」
「いや、なんで急に競争を……」
「走りたくなったからです」
いつもは目を見て話をしてくれる速道さんが、今は目をそらして会話をしている。勢いよく首を回したせいで、首がねじ切れそうになっている。
「でも、これで今日は一対一だね」
さっき起きる時間で勝負を仕掛けられたのを本当にカウントするなら、この勝負は速道さんの勝ちのはずだ。それなら、今日は一対一でまだどちらがペナルティを受けるとかそういうのはないはずだ。
「ふむ、確かにそうですね」
納得したのか落ち着いたのかわからないけど、視線がこっちに戻ってきた。今になって首が痛んだのか、少し痛そうに首をさすっている。
「なっ」
歩きながら話していたけど、速道さんが唐突に声を上げた。速道さんが驚いている方向を見てみると、そこには何の変哲もない学校が鎮座していた。ただ、一つ違うところがあるとすればまだ校門が開いていないところだ。
「さっき走ったからだよね……」
「勝った……」
速道さんが今日一番の声を上げて飛び上がっている。学校が開くよりも早く来れたことが売れしんだろうな。こういう時、大体幼馴染の尾園さんに抱き着いているイメージがあるけど、いないときはどうなるんだろう。
「ひゃっほーーー!」
「速道さん、朝早いからあんまり大きな声は」
声をかけたその時だった、目の前が唐突に真っ暗になり宙に浮いた感覚だけがある。足が地面についていない感覚があるが、いったい何が起こっているのだろうか。
「尾園、私はまたやり……まし……た……」
「あ、えと、これは……」
これ以降のことはあんまり覚えていないけど、とにかく忘れることにした。一つだけ覚えているのは少し柔らかい感覚があったことくらいだ。




