気づき
昨日、瞬ちゃんが手を離したくないと言っていたから離さなかった。いつもの僕ならすぐに離して帰っていたと思う。でも、離すことはなかった。
朝の瞬ちゃんからの連絡で学校を休むことは知っているから、その謎の解明はまた次になりそうだ。
「おっす~」
「田向君」
「また会ったな」
最近田向君とよく会う気がする。登下校の道が同じとはいえ、連絡もなしにここまで出くわすのはなかなかないだろう。
「昨日のあれは何だったんだ?」
「瞬ちゃんが暴走してたみたい」
「そっか~暴走か~……とはならねえよ」
そうだろうか。瞬ちゃんはおかしなことをしていることが多いから、あれもその一種として片づけられそうだけど。
「そうかな」
「そうだよ」
「そっか」
なんて淡白な会話だろう、ここまでシンプルで短い会話は今までに一度もしたことがない。
話したいことがなくなってしまったからか、無言の時間がしばらく続いてしまう。そういえば、僕たちに付き合っているか確認しに来るくらいだから、僕が悩んでいることについていくらか知っているかもしれない。
「田向君」
「なんだ?」
「誰かと一緒にいたら落ち着くなってことある?」
「綾瀬がそういうこと聞くの珍しいな」
田向君は少し考えて、何かを察したように顔を上げた。何を察したのかわからないけど、僕の肩に手を置いて真剣な目をして語り始めた。
「綾瀬はそういうこと感じたことあるのか? あるとしたら誰だ?」
「瞬ちゃんといるとそうなんだ。どういう感覚かよくわかってなくて、言語化できない感情ってちょっと気持ち悪いじゃん」
「なるほどな、わかるぞーわかる。すごくわかる」
とても深くうなずいている。首がすごい角度になるまで上下に首を振っている。
「確かめる方法を教えてやろう」
そうは言っているけど、とても解決方法を教えてやろうとしている表情には見えない。どちらかといえばいたずら心満載の顔をしていると感じるのは気のせいだろうか。
「できるならでいいが……速道の頭を撫でてみろ。それで大体わかる。そして、その反応を教えてくれたら、お前の感情の正体を教えてやろう」
またしてもいたずらしか考えていないような表情をしている。まあ、そのくらいならできないこともないから来週やっておこう。
土日を挟んで、完全に回復した瞬ちゃんが朝から元気に駅の前で待っていた。尾園さんもいるかと思ったが、そこには瞬ちゃん一人しかいなかった。
「おっはよー!」
「おはよ、朝から元気だね」
「そう? いつも通りだと思うけど」
確かにいつも通りではあるけど、いつもよりも元気すぎるんだよ。チワワというか、そういう感じがする。
そうだ、この間の田向君から言われたことを今のうちにやっておいてもいいだろう。
「瞬ちゃん、ちょっとしゃがんでほしい」
「いいけど」
ルンルンで隣を歩いていた瞬ちゃんが、幼稚園児に視線を合わせるかの如く深くしゃがんだ。
「これでいい?」
「うん、ちょっと失礼……」
言われた通り頭を撫でてみる。あんまり人の髪を触ったことがなかったけど、瞬ちゃんの髪はふわふわでさらさらな手触りだった。
「な、なにを……」
「ん? まあちょっとね」
しばらく撫でているが、手触りが良くてあんまりやめたいとは思わない。
「あ、あんたら何してんの」
「……なんか遥君がぁ」
「ま、まあいいわ」
なんか尾園さんにドン引きされた気がするけど、いったんそれはおいておく。
学校に着くまでに誤解を解くことができたけど、瞬ちゃんの赤面はいつになっても治ることはなかった。
これで何がわかるのかは全くわからない。撫でてみての感想としては、なんか落ち着くし少し甘やかしたくなる気持ちが芽生えてきた。




