綾瀬遥喜の苦難
最近、瞬ちゃんを見ているとなぜか心が落ち着かない。よくわからないが、とりあえずこのままでいこう。どうしようもなかったら一度本人に相談してみればいい。
「は、遥君、おはよ」
「お、おはよ瞬ちゃん」
今日も一緒に行くことになっているが、何かぎこちなくなる。
「い、いい天気だな」
「え?」
久しぶりに聞く言葉に少し困惑してしまった。多分ここ三ヶ月くらいは聞かなかった口調で速道さんが話していた。
「ひ、久しぶりに競争するか?」
顔を真っ赤にして、声を振るわせながら話している。よく見ると声だけじゃなくて手も震えていたり、なんなら全身がカタカタと震えている。
尾園さんも合流すると昨日メッセージで送られてきていたはずなのだが、肝心の尾園さんがいない。
このままだと瞬ちゃんが暴走して変なことになってしまったらもう僕が止めることはできない。
「よ、よし私は準備で来たぞ」
「いやいや、僕はやるなんて言ってないでしょ」
「そ、そうか……」
少し寂しそうにしているけど、このまま行くよりも元に戻ってもらった方がいい。
せっかく素のキャラでやっていこうと決めたのに一瞬で元に戻っているとなると、昨日のあれが関係していそうだ。
尾園さんと瞬ちゃんが一緒に帰っていたけど、いったいどんな話をしていたんだろうか。
「昨日何かあった?」
「……?! い、いや? 何もなかったよ?」
この反応、絶対何かあったような反応だ。ただ、二人で話したところでここまでなる理由があるのかわからない。
「ほんとに?」
「やっほーい、尾園ですよ~」
今回の尾園さんはタイミングが悪い。いつもいいタイミングで来てくれていたのに、今回はとてつもなくタイミングが悪い。
ただ、尾園さんが来た瞬間瞬ちゃんが少し安心したような表情になった気がする。
「遅いぞ尾園!」
「はいはいまたキャラ戻ってるよ~」
「はっ、い、いや~気のせいじゃないかな……」
しきりにこっちをチラチラ見てきているが、何か用があるなら直接言ってほしいところではある。
まあ、瞬ちゃんにも話ずらいことくらいはあるんだろう。
「で? どうなん?」
「い、いけそう」
「何の話?」
「こっちの話だからあんまり気にしないで」
僕だけ蚊帳の外であんまりいい気持ではない。だが、母さんが言っていた言葉がある。女子の秘密はあばかないほうが身のためだと。何が待っているのかわからない以上、これ以上深く聞くのはやめておこう。
「じゃ、行こ~」
「遥君」
何かを言いたそうにこっちを見ているが、何をしたいのかはよくわからない。数秒見つめ合って、僕の方から視線を逸らす。
「っ……手」
少しこっちに近寄ったかと思うと、瞬ちゃんは手を差し出してきた。どういうことか理解ができないまま固まっていると、尾園さんが無理やり手をつながせた。
「ちょ、何してっ瞬ちゃんもなにか言って……」
「……行くよ」
依然顔は真っ赤なままだ。何が起こっているのか僕だけが理解できていなくて、少し疎外感を覚えてしまう。
「でさ~お父さんが……聞いてる?」
さっきから尾園さんが何か話している声は聞こえてくるが、手を握っている感覚のせいで全く話が入ってこない。
「むー私怒るよ」
「き、聞いてるよ。ね、遥君」
「う、うん。聞いてる聞いてる」
「ならいいんだけど。でね」
それ以降も話は続いた。今までで一番長い登校時間だったと思うが、それよりも手の感触がまだ忘れられない。
教室についても、あの感覚が手に残っていてよくわからなくなる。
一度冷静になって考えてみる。この感覚は一度感じたことのある感覚だ。どこで感じたんだろうか……そうだ、海で感じたんだ。あの手を引っ張られているとき、あの時に感じた感覚と同じだ。
だけど何だろう、どう表現すればいいのかわからない。




