速道さんの変化の日
プールに行ったあの日から一週間と少しが経過した。
あっという間に始業式の日が近づいてきて、速道さんの宿題が終わったのかとか忘れていることはないかとか余計な心配事をしている。
そんな夏休み最終日、夜に速道さんから連絡が来た。もしかするとまだ宿題が終わっていないとかそういう連絡かもしれない。
『明日一緒に行こ』
この一文だけが送られていていた。なぜかドキッとしてしまって、勝手に動揺している自分が少し恥ずかしい。
別に前にも一緒に行ったことはあるのだが、前とは何かが違う気がする。
『わかった。前と同じ時間でいい?』
『うん』
そうして一緒に行くことが決定した。最近速道さんの最速モードを見ていない気がする。もしかしたら明日久しぶりに見ることができるかもしれない。
と、期待していたけどそういうわけではないらしい。あのキャラはあくまでも自分の本心ではなく、また別のものなんだろう。
「おはよ」
「うん、おはよ」
「綾瀬君見て、行った時に買ったの」
そう言って見せてきたのはプールで見かけたイルカをモチーフにしたマスコットキャラクターのキーホルダーだ。
写真を撮れる時間もあったけど、素通りしていたんだよな。
「綾瀬君の分もあるよ」
「そうなの?」
速道さんのはピンク色のイルカだけど、僕のは黒色のイルカだ。ポケットに入れようと思ったけど、なんか申し訳ないような気がしてカバンの方に付けることにした。
「これでおそろい」
なんだろう、少し前から何か変だ。速道さんと目が合ったり、笑ったりしたときに目をそらしてしまう。
あのウォータースライダーあたりから僕はおかしくなっていっている。
「どうかした?」
「ううん、何でもない」
さすがに異変に気付かれたのか、速道さんにも気づかれた。
「そっか……じゃあ、行こっ」
そう言って前を歩き始める。あの速道さんがこんな風になるなんて思っていなかった。
しばらくして学校についた。次から次へと変わる表情に翻弄されながらも、進む通学路はいつもと違って楽しかった。
「ついたね~なんか今までと違う景色みたい」
「そう?」
「うん、これから本当の私として過ごしていくの。最速なんて置いていくくらいに」
どういう意味かよくわからなかったけど、とりあえず速道さんがキャラクターの力じゃなくて、自分の力でいろんなことに挑戦しようとしているのは伝わってきた。
「よ、綾瀬」
「田向君、おはよ」
「なあ聞いてくれよ、今度テストだろ? それでわかんないとこがあって……」
速道さんとの雑談の合間、田向君が話しかけてきた。なんてことない日常会話だけど、速道さんはだれかわからなさそうにぽかんとしている。
「速道さん、同じクラスの田向君だよ」
「し、知ってるし」
「よろしく。っつっても半年以上たってるし自己紹介はいらないよな」
言われるまで名前が出てこなかったようにも見えたけど、まあそれは気にしない方向で行こう。
「速道さんってさ」
びくっと肩を震わせているのが見えた。ほかの人と話すときは緊張してあのキャラになってしまうようだけど、今回からはどうだ。
「足めっちゃ速いよな、どうやって走ってるんだ? コツとかある?」
「えっと……」
心配そうにこっちを見ている。それを察して、僕はがんばれという視線を送ることしかできない。
「あ、足で地面を蹴るっていうよりかはこうトランポリンみたいなイメージ……かな」
「なるほどな、その発想はなかったよ。参考にする!」
そう言って田向君はどこかへ行ってしまった。
速道さんを見てみると、緊張が一気に解けたのか机にへたり込んでいる。
「どう? 私できてた?」
「うん、すごく良かったよ」
「引かれてなかった? 急にキャラ変えたりして」
「大丈夫だよ。変なところは見当たらなかったし」
これは瞬ちゃんにとって大きな一歩目だ。長年の苦手を克服するチャンスだから、僕は最後まで応援しよう。




