閑話:前夜
いろいろ練習してみたつもりだけど、一週間で成長するわけがなかった。
「母さん、どうしよ」
「別に大丈夫でしょ。浮き輪持ってったって何とも思わないって」
母さんの言い分だと、最近外に出てない人たちばっかりだからそういう人がいても何の問題もない。ということらしい。
「それでも気になるものは気になるんだよ」
「思春期って面倒よね……じゃあはい、特大のやつ」
母さんがめったに開くことのない押し入れから取り出したものは、プールで貸し出しているような大きめの浮き輪だった。
まあ、確かにこれだったら浮き輪を使っていようとも何も気にならない。
「これで妥協しなさい」
「そうするしかないか……」
「というか誰と行くの? それを全く聞いてないけど」
女子と二人で行くとか言ったら、母さんはとんでもない速度で食いついてくるからあんまり言いたくないんだよな。
「速道さんって子と行く」
「えなに、二人で行くの」
「そうだけど」
少し母さんの目が輝きを増した気がする。いい年してまだ他人の恋愛事情に足を突っ込もうとしている。僕は将来こういう人にならないよにしたい。
「彼女?」
「違うよ、友達だよ」
彼女と行くならそう前もって言ってるし、そもそももっと前から練習しようとしてるよ。瞬ちゃんはそういうタイプじゃないだろうし、全然そういう関係にはならない。
「つまんないな~男ならもっとがつがつ行けよ」
「母さんみたいになりたくはない」
「ま、あんたの人生だから任せるけど」
そうしてくれると本当にありがたい。母さんに関与されたが最後、僕のする恋愛は終わってしまいそうだ。
「あ、そうだお金。これで足りる?」
差し出してきたのは二万円。別に自分のバイト代でなんとかできるから、こういうのは基本的に受け取らない。だけど、めったに母さんからの施しはないため、受け取っておいた方がいい気がする。
「なんで急に」
「あんたがちょっとかわいそうに見えたからね、私から渡すのなんて珍しいぞ~」
かわいそうだからってどういうことだ。まあ、もらえるものはもらっておくべきの精神でいよう。
とにかく明日に備えて今日はもう寝よう。水着と……浮き輪は不覚だけど持っていくしかない。
ふとスマホを見ると、瞬ちゃんから連絡が来ていた。
『明日、楽しみだね』
『そうだね、初めて行くところだし』
『そうなの? じゃあ私が案内してあげるよ』
『じゃあ、よろしく。僕はもう寝るよ』
簡単にやり取りをして、眠りにつく。このメッセージのおかげなのか、はたまた元からなのかわからないけど、より一層明日が楽しみになった気がする。




