答えのない問い
「俺たち、どこに行けばいいんだろうな。」
答えは出なかった。
この世界に、見る人間の居場所はない。
正確すぎる時間の中では、迷うこと自体が罪になる。
それでも、僕は。画面から、目を離すことはなかった。
それでも僕は、目をそらさなかった。そらしたくなかった。
見ることを、やめなかった。やめたくなかった。
疑問を持つ限り、僕はここにいられないのかもしれない。
それでも、ズレを感じることを、ミスを犯すことを、焦りを抱えることを、無駄だと切り捨てられる世界に、完全に染まれなかった。
それが、僕たちがズレた理由であり、僕たちがまだ人間でいる証だった。
『みんなロボットみたいだ。これって、人間である必要があるのかな。』
みんな、正確で、早くて、ミスがなくて、迷わない。
言われた通りに動いて、通知で動いて、記録で安心する。
それは確かに、間違えない存在ではある。ミスもなくなっていいし、遅刻だってなくなる。
でもさ、人間って、
「正しく動くため」に生まれてきたわけじゃない。
人間である必要があるのは、
迷うから、ズレるから、ミスをするから、考え直すから、成長するから、時間を長く感じたり、短く感じたりするから
「なんか変だな」って立ち止まってしまうから。
もしそれが全部いらないなら、たしかに、人間である必要はない。
でも。だとしても。
この世界で一番いらないものとして扱われている、
その数秒のためらいや一つのミス、理由のない不安こそが、
本当は、本当は本当は本当は、
誰かを傷つけないようにすること、簡単な答えを選ばないこと、答えを見つけ出すこと
そういう行為を生んできた。
確かにロボットみたいな世界は優しくはある。
責めないし。間違えないし。遅れもしないし、正しくもある。
ただ、期待はないし。褒めてもくれないし。信じてもくれない。
一番優しくて、一番冷たいんだ。
時間に正確になったからこそ、一番冷たくなって、一番心を暗くさせている。
だから、この世界では、
「人間である意味は何か」を声だかに叫ぶ話じゃない。
ただ静かに、こう問い続ける。
何時。何分、何秒、地球が何回、回った日?
って。
気にしてしまう僕たちは間違いなのか。
って。
この問いを持ってしまった時点で、僕はもう、ロボットにはなれない。
そして、これを見ている君も。
僕は今日も、時間を確認する。
それが人間らしいのか。
それとも、ただの適応していないだけなのか。
僕にはわからない。
きっと、君にもわからないだろう。




