第95話 一歳の選び取りと、完璧すぎる覇王の采配
テオドールが無事に一歳を迎えたお祝いとして、今日は私の故郷の風習である選び取りを行うことになった。
赤ちゃんの前にさまざまな品物を並べ、どれを最初に手に取るかで将来の職業や才能を占うという、ささやかで可愛らしい行事だ。
「……なるほど。自らの手で未来の運命を掴み取る、神聖なる儀式というわけだな」
ただの遊びですよ、と事前に念を押したはずなのだが。
サンルームの中心で腕を組むジークハルト様は、まるでこれから国運を懸けた軍議でも始めるかのような、恐ろしく真剣な顔つきをしていた。
「さあ、皆の者! 若君の未来を占う至高の品々を、ここに並べるのだ!」
セバスチャンさんの号令と共に、使用人たちが次々とテオの前に品物を並べていく。
しかし、そのラインナップがどう見てもささやかな占いの域を逸脱していた。
「私からは、この純金製の特注フライパンです! これを選べば、若君は将来、食で世界を支配する究極の美食王になること間違いなし!」
「私はミスリル製のハイスペックはたきですわ! これで領内の悪しき埃を根こそぎ一掃する、美しき粛清者となっていただきます!」
ジャンさんとリリィさんが、目をギラギラさせながら物騒な品を置く。
「私からは、これをご用意いたしました。オルステッド領・全権委任状(サイン済み)でございます。これを選ばれましたら、明日から私が若君の専属秘書として実務を叩き込みます」
「セバスチャンさん!? さすがに一歳児に領地を丸投げしないでください!」
私が慌てて突っ込むと、大トリとばかりにジークハルト様が一歩前に出た。
「ふっ、どれも小粒だな。俺が用意したのはこれだ」
ドンッ! と重々しい音を立てて置かれたのは、なんと隣国ラムール領を含めた、周辺諸国の精密な軍事ジオラマ模型だった。
「これを選べば、テオは必ずや大陸を統一する無敗の覇王となるだろう」
「なりませんし、させません! どうして皆さん、極端なものばかり置くんですか!」
私はため息をつきながら、自分が用意した安全な手作りの布絵本と木のオカリナをそっと端の方に置いた。
『おおっ! いよいよ俺様の出番だな! さあ若君、この輝く鞘を真っ先に握りしめて、俺様と一緒に伝説の剣聖になろうぜ!』
ちゃっかり列に並んでいたグラムさんも、鞘をガタガタと鳴らして猛アピールを始めている。
『俺を選んでくれ若君! 最高の焼き加減を約束するぜ!』
『私よ! 私のフサフサで王都をピカピカにするのよ!』
モノたちの凄まじい自己主張が入り乱れる中、絨毯の上にぽつんと座らされたテオドールが、紫色の大きな瞳をぱちくりと瞬かせた。
「さあ、テオ。どれでも好きなものを取っていいのよ」
私が優しく声をかけると、テオは「あーう!」と元気にお返事をして、よちよちと品物の列へと歩き出した。
ゴクリ、と。
ジークハルト様と使用人たちが、息を呑んでその一歩一歩を見守る。
テオはまず、一番手前にあったジャンさんの純金フライパンの前で立ち止まった。小さな手でフライパンの柄をペチペチと叩き、何かを確認するように頷く。
「おおっ!? フライパンに触れられました! やはり美食の――」
しかしテオはフライパンを持ち上げることはせず、そのまま隣のジークハルト様の軍事ジオラマへと移動した。
そして、ジオラマの上に置かれていた騎兵隊の小さな駒をヒョイとつまみ上げると、それをトコトコと運んで、先ほどの純金フライパンの中へとポイッと放り込んだ。
「えっ?」
皆が呆気にとられる中、テオの行動は止まらない。
今度はリリィさんのミスリルのはたきを両手でよいしょと持ち上げると、それをセバスチャンさんの元へよちよちと運び、「どーぞ」と手渡したのだ。
そして最後に、セバスチャンさんが置いた全権委任状の紙に向き合うと、小さな手で紙の表面を優しくトントンと撫でた。
「かみしゃん、ねんね」
『ふおお……っ! 若君の撫で心地、最高ですぅ……おやすみなさい……』
とろけるような声を出す委任状さんをそっと隅へよけると、テオは「きゃはは!」と笑い、私の作った布絵本を抱きしめて戻ってきた。
「ままー、えほん、よんでー!」
「あ……うん、いいわよ、テオ」
私はテオを抱き上げながら、ポカンと固まっているジークハルト様たちを振り返った。
おもちゃで遊んで、いらないものを人に渡して、最後に絵本を持ってきただけ。一歳児としてはごく自然な行動だ。
しかし、数秒の沈黙の後。
ジークハルト様が、額に手を当てて深く息を吐き出した。
「……軍の駒を資金(フライパン)に投じて兵站を確保し、道具(はたき)は適材適所で側近へ。そして自らは権力(委任状)に執着せず、教養(絵本)を重んじる姿勢を見せるとは」
「はい?」
「見事だ。ただの武将ではなく、国を動かす統治者としての完璧な采配。やはりテオは、人の上に立つ器か……!」
「流石は若君! このセバスチャン、感動で胸が震えております!」
「天才ですわ! 私の粛清はたきが、適材適所に配置されました!」
大真面目な顔で戦慄する旦那様に、使用人たちまでが涙を流して同調し始めた。
テオはただ、駒をお鍋に入れておままごとをして、危ない棒を大人に返し、紙さんを撫でてあげただけなのに。
『ギャハハハ! 若君、ただ遊んでただけなのに皇帝になっちまったぜ! 俺様は見向きもされなかったけどな!』
グラムさんが床で爆笑しているのを横目に、私は呆れながらも、テオの頭を優しく撫でた。
「もう……統治者でも皇帝でもありません。テオは私の可愛い天使ですわ」
私がクスクスと笑うと、興奮冷めやらぬジークハルト様が歩み寄り、テオごと私を大きな腕でふわりと包み込んだ。
「あーう! ぱぱ、おひげ、ちくちく!」
「ははっ、すまないテオ。……だが、お前がどんな道を選ぼうとも、俺のすべてを懸けてお前とコーデリアの未来を守り抜く。それだけは誓おう」
ジークハルト様はテオの額に愛おしそうにキスをして、それから私に向かって、これ以上ないほど優しく微笑んだ。
そのアイスブルーの瞳には、軍議の時の鋭さなど微塵もなく、ただただ家族への深く温かい愛情だけが溢れている。
『ヒュー! パパ公爵、今日も家族にメロメロだぜ!』
「うふふ、若君の未来も、ご家族の絆も安泰ですわね!」
モノたちの賑やかな冷やかしと、使用人たちの温かい眼差しに包まれて。
一歳の選び取りの儀式は、最強の家族たちの勘違いと深い愛の中で、騒がしくも幸せに幕を閉じたのだった。




