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第92話 初めてのかくれんぼと、完璧なる隠密行動

 よちよち歩きをマスターしたテオドールは、毎日元気にお城の中を探検している。

 好奇心旺盛な彼にとって、もこもこに要塞化された公爵邸は、どこへ行っても面白い遊び場なのだ。


「……はーい、もういいかーい?」


 ぽかぽかとした昼下がり。私は両手で顔を覆い、サンルームの入り口でゆっくりと数を数えていた。


「もーいーよー!」


 ぽてぽてとした足音と共に、舌足らずで可愛らしい声が返ってくる。

 私はゆっくりと目を開け、わざとらしくキョロキョロと周囲を見回した。


「あれ〜? テオはどこに隠れたのかな〜?」


 今日は、テオにとって人生で初めての『かくれんぼ』だ。

 声のした方へ歩いていくと、大きな窓を覆う分厚いベルベットのカーテンさんが、自らの裾を不自然にモコッと膨らませていた。


『ふふふ! 奥様、ここよ! アタシの立派なドレープで、若君を完璧に包み込んであげているわ!』

『我ら銀甲冑隊の背後も、完璧な死角となっておりますぞ!』

『若君、いいぞ! そのまま息を潜めるんだぜ!』


 カーテンさんや、廊下に並ぶ甲冑さん、そして壁際に立てかけられたままのグラムさんが、こぞって大声でテオの隠密行動をサポートしている。

 当のテオは、カーテンの裾から小さな靴を丸出しにして隠れているつもりらしい。あまりの可愛らしさに、私は吹き出しそうになるのを必死に堪えた。


「うーん、見つからないわ。テオ、どこかな〜?」


 私が少しだけ大げさに探すフリをしていると。


「……何事だ。コーデリア、テオの姿が見えないが」


 執務の合間に私たちの様子を見に来たのか、ジークハルト様が少し不思議そうな顔でサンルームに足を踏み入れた。その後ろには、いつものように完璧な姿勢のセバスチャンさんが控えている。


「ふふっ、お仕事お疲れ様です。実は今、テオとかくれんぼの真っ最中なんですわ」


「かくれんぼ……?」


 ジークハルト様は反芻した後、ふっと口元に笑みを浮かべた。


「なるほど、敵の索敵から逃れ、気配を断つ隠密行動の基礎訓練だな。素晴らしい情操教育だ」


「えっと、情操教育というか、ただの遊びですけれど……」


「いや、遊びの中にこそ真理は潜むものだ。どれ、俺も仮想敵として索敵に参加しよう。……むっ」


 ジークハルト様は鋭い眼光で部屋中を見渡し——カーテンから丸見えになっている小さな靴を、瞬時に視界に捉えた。

 しかし、それを野暮に指摘するような真似はせず、あえて真剣な声色を作って足を止める。


「……気配がない。俺の探知にも引っかからないとは、空間に溶け込む極意を身につけているようだな」


「きゃうっ!」


 パパの言葉をどう受け取ったのか、カーテンの裏から嬉しそうな声が漏れた。

 同時に、丸見えになっていた小さな足がばたばたと動き、カーテンがバサッとめくられる。


「ばぁ!」


 テオドールが満面の笑みで飛び出してきた。

 紫色の大きな瞳をキラキラと輝かせ、両手を広げてパパを見上げている。


「あーう! ぱぱ、ばぁ!」


「くっ……!」


 ジークハルト様は目にも留まらぬ速さでテオをふわりと抱き上げると、たまらないといった様子で目元を緩ませた。


「見事な奇襲だ、テオ。相手を油断させ、この愛らしさで完全に敵の思考を奪うとは……将来は末恐ろしい戦術家になるかもしれんな」


「はっ」


 背後に控えていたセバスチャンさんが、すかさず一歩前に出る。


「若君の隠密技術をさらに磨くため、次回の訓練(かくれんぼ)には、我が騎士団の精鋭斥候部隊を仮想敵として手配いたしましょう」


「待ってください、セバスチャンさん。ただのかくれんぼですから、騎士団の皆様を巻き込まないでくださいな!」


 私が慌てて止めに入ると、テオはジークハルト様の腕の中で「えへへ」と笑い、彼の首にぎゅっと抱きついた。


「ぱぱ、だっこ! ちゅー!」


「ああっ、天才で可愛い俺の天使め」


『ヒューヒュー! 最強の公爵様も、若君の可愛さには完全降伏だな!』

『もう、旦那様ったら本当にテオ坊ちゃんにメロメロなんだから!』


 モノたちの賑やかな笑い声がサンルームに響き渡る。

 私は呆れながらも、そのあまりにも幸せな光景に自然と笑みがこぼれてしまった。


「ふふっ。旦那様、せっかくですから、次は旦那様が隠れる番にしてみませんか?」


 私が提案すると、ジークハルト様はテオをそっと絨毯に降ろし、真面目な顔で頷いた。


「よかろう。テオに本物の気配遮断というものを実演して見せよう。……コーデリア、十秒数えてくれ」


 そう言うと、彼は風のように音もなく身を翻し、サッと姿を消した。

 私が手で目を覆って十秒数え終えると、サンルームからはジークハルト様の気配が完全に消え去っていた。


「あれ……? 本当にどこに隠れたのかしら」


 旦那様が本気を出したせいで、私にはまったく見つけられない。

 キョロキョロと周囲を見回していると、テオがぽてぽてと部屋の中央へ歩き出した。


『若君! パパ公爵なら、あの大きな観葉植物の裏の死角に張り付いてるぜ!』

『ええ、あんなに大きな体を小さく丸めて……くすくすっ』


 グラムさんや観葉植物さんの的確すぎるタレコミを受け、テオは迷うことなく一直線に観葉植物の裏へと向かった。

 そして、大きな葉っぱをかき分けて。


「ぱぱ、みっけ!」


「なっ……!?」


 見事に発見されたジークハルト様は、驚愕の表情で立ち上がった。


「俺の完璧な気配遮断を、こうもあっさりと見破るとは……! やはりテオの索敵能力は計り知れん!」


「あーう!」


「素晴らしいぞ、テオ! もう一度だ、次はもっと本気で隠れよう!」


 完全にモノたちのタレコミのおかげなのだが、ジークハルト様は大真面目に感動している。セバスチャンさんも「さすがは若君」と深く頷いていた。


「もう、旦那様ったら……」


 私はクスクスと笑いながら、むきになって二回戦の隠れ場所を探す最強の旦那様と、お城中の情報網を駆使して無双する我が子の姿を見守った。

 お城のドタバタで騒がしい日常は、今日も平和で温かい家族の笑い声で満ち溢れていた。

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