↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
91/98

第91話 初めてのおしゃべりと、覇王の誕生

 テオドールが初めてのつかまり立ちを披露してから、さらに数ヶ月。

 一歳のお誕生日を迎えた我が子は、よちよちと頼りない足取りながらも、自力で歩き回れるようになっていた。

 ぽかぽかとした昼下がり。今日も要塞化されたもこもこのサンルームで、テオドールは元気いっぱいに探検をしている。


「テオ、転ばないように気をつけてね」


「あーい!」


 お返事も上手にできるようになったテオに、私は長椅子から目を細めた。

 最近の私の密かな関心事は、「もしかしてテオにも、私と同じようにモノの声が聞こえているのではないか?」という疑問だった。


 それを確信に変える出来事は、不意に訪れた。


『若君〜! こっちだこっち! 俺様の輝く鞘を目指して歩いてこい!』


 壁に立てかけられたグラムさんが、大声で張り切ってテオを呼んでいる。


 テオはお気に入りのウサギのぬいぐるみを片手に引きずりながら、グラムさんの方へとよちよち歩いていった。

 しかしその途中で、テオの手からウサギのぬいぐるみがぽろりと滑り落ち、床に鼻からダイブしてしまったのだ。


『あいたっ! お鼻がペシャンコになっちゃったわ!』


 ウサギのぬいぐるみさんが、少し痛そうな声を上げる。

 すると、テオはピタリと足を止め、床に落ちたぬいぐるみをじっと見つめた。そして、よっこらせとしゃがみ込んでぬいぐるみを拾い上げると、そのお鼻を小さな手で優しく撫でたのだ。


「うさたん、いたいた、とんでけー」


『きゅんっ! 若君、優しい! アタシのお鼻、すっかり治ったわ!』


 カチャンッ!

 私は思わず、手に持っていたティーカップをソーサーに落としてしまった。


「え……? 今、テオがおしゃべりを……?」


 初めての、明確な言葉。それだけでも心臓が飛び出そうなほど驚いたのに、理由はそれだけじゃない。

 偶然じゃない。テオは今、明確にぬいぐるみさんの声に反応して、慰めの言葉をかけてあげたのだ。


『おおっ! 若君は部下想いで立派だなぁ! でも俺様のことも撫でてくれよ! 最近手入れされてなくて退屈なんだぜ! ねえ若君ってば!』


 グラムさんが構ってほしそうに、さらに大げさに騒ぎ立てる。


 するとテオは、ウサギのぬいぐるみを抱きしめたまま、グラムさんの方を振り返った。

 そして、小さな人差し指を自分の口元に当てて、はっきりと言い放った。


「ぐらむ、しーっ!」


『ガーン!? 若君に静かにしろって言われたぁぁっ!?』


 ショックのあまり大げさに嘆くグラムさんを見て、テオは「きゃっきゃっ」と楽しそうに笑っている。


「しゃ、喋ったわ……! しかも、グラムさんと会話をしている……っ!?」


 初めてのおしゃべりと、力の覚醒。二重の衝撃に私が慌てて立ち上がった、まさにその時だった。


 バーーーンッ!!


『ひぃぃっ! だから開け方が乱暴だって言ってるでしょ旦那様!』


 扉さんの盛大な悲鳴と共に、ジークハルト様がサンルームに飛び込んできた。


「コーデリア! 今、テオがしゃべらなかったか!? 廊下まで声が聞こえたぞ!」


 執務室からすっ飛んできたらしい彼は、少し息を切らしている。

 私は慌ててテオを抱き上げ、興奮も冷めやらぬままジークハルト様に向き直った。


「え、ええ! 初めてのおしゃべりですわ! ぬいぐるみが落ちたのを慰めてあげて、それからグラムさんに『しーっ』って……!」


 声が聞こえないジークハルト様にどう説明しようかと迷っていると、彼は床に転がったグラムと、テオが抱きしめているぬいぐるみを見て、ワナワナと肩を震わせた。


「……なんということだ」


「えっ?」


「自らの不注意で傷ついた配下(ぬいぐるみ)を即座に手当てし、騒ぎ立てる古参の将(グラム)を一喝して場を鎮めたというのか……!? まだ一歳になったばかりだぞ!?」


「ええっと……?」


「我が子ながら、なんという完璧な部隊統率力とカリスマ性! 傷ついた者を慈しむ王の器と、魔剣をも従わせる覇王の素質を併せ持っている! セバスチャン!!」


「はっ! ここに!」


 いつの間にか背後に控えていたセバスチャンさんが、ピシッと直立不動の姿勢をとる。


「直ちに王都の最高級の仕立て屋を呼べ! テオのための小さな軍服と、威厳ある毛皮のマントを発注する! それから騎士団長を呼び、次期総司令官としての軍事教育カリキュラムを直ちに——」


「待ってください旦那様、セバスチャンさんも! テオはただ、おもちゃと遊んでいただけで、覇王の素質なんてありませんわ!」


 私が必死に止めに入ると、腕の中のテオが大声でまくし立てているジークハルト様を見つめ、不思議そうにコテンと首を傾げた。


「……ぱぱ?」


 ピタッ、と。

 覇王の育成計画を熱く語っていたジークハルト様の動きが、完全に停止した。


「……ああっ! い、今、俺をパパと呼んだか!? テオ、もう一度呼んでみてくれ! いや、やはりこの歴史的瞬間を宮廷画家に描かせねば!!」


 完全に親バカが限界突破した旦那様は、テオの愛らしさに一瞬で骨抜きにされ、さっきまでの覇王云々もどこかへ飛んでいってしまったようだ。

 ジークハルト様は私の腕からそっとテオを受け取ると、「パパだぞ、テオ」と愛おしそうに何度も頬ずりをしている。


「ぱぱ! えへへ」


「ああっ、なんて可愛いんだ……俺の天使め……」


『ギャハハハ! ご主人様、すっかりとろけちゃってるぜ! でも若君、俺様にしーっ!だなんてひどいじゃないかー!』


「ぐらむ、めっ!」


『おおっ! 今度は叱られた! 若君に叱られたぜ!』


 声の聞こえない旦那様が大騒ぎして頬ずりをする横で、テオは得意げにグラムさんと会話をしている。

 そのあまりにも平和で騒がしい光景に、私はたまらずクスクスと笑い声をこぼした。


「ふふっ。覇王というより、やっぱりただの可愛い天使ですわね」


 私がそう呟くと、テオを抱きかかえたままのジークハルト様が、ふわりと私の腰に空いた片腕を回してきた。

 グッと引き寄せられ、彼の広い胸板にすっぽりと収まる。


「だ、旦那様?」


「……天使を産んでくれたのは、俺の愛しい女神だ」


 ジークハルト様はそう低く囁くと、テオに見えない角度で、私の唇にちゅっと甘いキスを落とした。


「っ……! もう、セバスチャンさんもモノたちも見ていますのに……!」


「構うものか。お前が愛おしすぎて、とても我慢できそうにない」


 私の抗議など意に介さず、ジークハルト様は私とテオをまとめて腕の中に閉じ込め、熱を帯びた瞳を甘く細めた。


『ヒューヒュー! パパ公爵、奥様にもメロメロだぜ!』

『もう、本当に仲良しなんだから!』


 モノたちの賑やかな冷やかしの声と、パパとママの間で「あうー!」と嬉しそうに笑うテオ。

 私と同じ力を持つ我が子と共に、このお城での生活は、ますます騒がしく、そして甘く愛おしいものになっていくのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
91話のお喋り覇王(笑)が消えて、次の隠れんぼが2話連続で同じ話になってますよ〜(⑉⊙ȏ⊙)
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。