第83話 はじめてのベビー用品と、公爵様の爆買い宣言
お城の要塞化(もこもこ化)から数日後。
南側の温かいサンルームには、ボルドー商会から派遣された商人によって、色とりどりの品物がずらりと並べられていた。
「公爵閣下、奥方様。本日は王都から、最高級のベビー用品を数多く取り寄せました。どうぞ、お気に召すものをお選びください」
商人が恭しく頭を下げると、並べられた品物たちが一斉に元気な声を上げ始めた。
『アタシの出番ね! 最高級のオーガニックコットンで作られたおくるみよ! ちっちゃなお客様を絶対に冷えさせないわ!』
『俺の音色を聞いてくれ! シャラシャラって、赤ちゃんが絶対に泣き止む魔法のガラガラだぜ!』
見ているだけで心が温かくなるような、小さくて可愛らしいベビー服やおもちゃたち。
私が「どれも可愛らしいですわね」と目を輝かせている横で、ジークハルト様はまるで戦場に臨むかのような険しい顔つきで、ベビー服の一着を手に取った。
「……布の繋ぎ目が少し硬いのではないか。赤子の柔らかな肌を傷つけるようなことがあれば、どう責任を取るつもりだ」
「ひっ!? い、いえ閣下! そちらは職人が手縫いで仕上げておりまして、裏返して着せていただければ肌には一切触れない構造に……っ!」
ジークハルト様の鋭い眼光と容赦ない指摘に、商人が滝のような汗を流して震え上がる。
完全に過保護なパパの顔になっているジークハルト様は、その後もガラガラの塗料の安全性や、ベビーベッドの木材の強度について、ミリ単位で商人を問い詰めていった。
『ひぃぃ! 公爵様のチェックが厳しすぎる! でも、ちっちゃなお客様への愛を感じるぜ……!』
『ええ、私たちも絶対に手を抜かないって誓うわ!』
品物たちも震え上がりながら(しかしどこか嬉しそうに)決意を新たにしている。
一通りの厳しい確認を終えたジークハルト様は、小さく息を吐いて腕を組んだ。
「……なるほど。安全性については理解した。品質も悪くはないようだな」
「は、はいっ! ボルドー商会の名にかけて、すべて一級品でございます!」
「そうか。では、ここからここまで、すべて貰おう」
「……はい?」
商人が間の抜けた声を漏らす。
ジークハルト様が指し示したのは、サンルームに広げられたすべての商品だった。
「すべて……と申しますと?」
「言葉の通りだ。このサンルームに並んでいる品物、いや、貴様が今日持ってきた馬車の中の在庫もすべてだ。王都の店にある同等品も、今すぐすべてこの領地に運ばせろ」
「ひええっ!? そ、それだけの量になりますと、王都に小さな屋敷が丸ごと建つほどの金額に……っ!」
「構わん。俺の子供に与える最初の贈り物だ。安いものだろう」
平然と頷く旦那様に、商人は今度こそ泡を吹いて倒れそうになっている。
サンルームの隅に置かれていた、私よりも大きなフワフワのクマのぬいぐるみさんも『おっ、俺も買ってもらえるのか!? ちっちゃなお客様の最高の背もたれになるぞー!』とバンザイをして喜んでいるし、白馬を模した立派な木馬さんも『ヒヒーン! 最高の乗り心地を約束するぜ!』と張り切っている。
私は山のように積まれたベビー服と、巨大なぬいぐるみたちを交互に見比べて、小さくため息をついた。
「旦那様……お気持ちは嬉しいですが、いくらなんでも多すぎますわ。これでは毎日お着替えしても追いつきませんし、あんなに大きなおもちゃを置く場所も……」
私が困ったように微笑みながら言うと、机の脇に立てかけられたグラムさんが大爆笑しながら声を上げた。
『ギャハハハ! ご主人様、気合入りすぎだぜ! まだ産まれてもねぇのに、城の部屋がベビー服とオモチャで埋まっちまうぞ!』
「……ほら、グラムさんも『まだ産まれてもいないのに、お城がベビー服やオモチャで埋まってしまう』と笑っていますわ」
これ幸いとグラムさんの言葉を借りて、少しだけ窘めるように私が伝えると、ジークハルト様はハッとしたように言葉を詰まらせ、バツの悪そうな顔をした
「……確かに、お前の言う通りだな。城中が物で溢れかえっては、お前が歩く時に転ぶ危険がある。俺としたことが、少し浮かれていたようだ」
あっさりと爆買い宣言を撤回し、反省し始めたジークハルト様に、今度は商人がポカンと口を開けている。
彼は私の隣に腰を下ろしてそっと肩を抱き寄せると、少しだけ懇願するような、熱を帯びた眼差しで私を見つめた。
「だが、男の子か女の子か、まだ分からないだろう? ……せめて、お前が気に入ったものを、各色と各サイズで数着ずつだけでも残させてはくれないだろうか。あの大きなぬいぐるみも、角がないから安全なはずだ」
「旦那様……」
「お前とこの子のためなら、この世界のすべての富を注ぎ込んでも惜しくはないと思っている。……だから、最高のものを与えたいという俺の我儘を、少しだけ許してほしい」
私の意見を尊重した上で、大真面目にそう乞う彼に、私はもう、反論する言葉を見つけられなくなってしまった。
「……ふふっ、分かりました。では、二人で一緒に選びましょうか」
『ヒュー! ご主人様の愛が重たすぎて、俺たちのおくるみじゃ包みきれないわ!』
ベビー服さんが嬉しそうに茶化す声をBGMに、私は火照る頬を隠すように、ジークハルト様の胸元にそっとおでこを預けた。
呆れるほどの過保護と、真っ直ぐで優しい愛情。私たちの騒がしい子育て準備は、まだまだ甘い波乱の予感に満ちているのだった。




