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第58話 公爵様の甘い嫉妬と、独占欲の充電タイム

 寂しがり屋の古代遺跡を無事に(?)仲間に加え、私たちはオルステッド城へと帰還した。


 エントランスでは、完璧執事のセバスチャンさんが、安堵と少しの疲労を滲ませた表情で出迎えてくれた。その後ろには、ジャンさんやリリィさんたち新人使用人の姿もある。


「おかえりなさいませ、旦那様、奥方様。……鉱山の奥で大規模な魔力反応があったと報告を受け、肝を冷やしておりました。ご無事で何よりでございます」


「……ああ。心配をかけたな」


 ジークハルト様がマントを脱ぎながら短く応える。


 私の足元では、すっかり元気を取り戻したポチが「ワオォォン!(俺がボスたちを守ったんだぜ!)」と得意げに胸を張り、上空ではガーゴイルたちが『アニキの武勇伝、後でゆっくり聞かせるッス!』とガッツポーズを決めている。


『おかえりなさーい!』

『奥様が無事でよかったわ!』

『旦那様の魔力が一瞬爆発したから、ヒヤヒヤしたよ!』


 玄関ホールのシャンデリアや甲冑たちが、口々に安堵の声を上げていた。


「ただいま、みんな。お留守番ありがとう」


 私が微笑みかけると、城中の空気がふわりと温かくなるのを感じた。


「さて、旦那様。さっそくで申し訳ございませんが、鉱山での出来事について詳しいご報告を……」


 セバスチャンさんが文官の顔になって手帳を開きかけた、その時だ。


「……報告は、後だ」


 ジークハルト様が、ピシャリとそれを遮った。


「……妻が疲れている。まずは休ませる。……セバスチャン、一時間ほど誰も執務室に入れるな」


「は……? しかし旦那様、鉱山の安全確認の書類が……」


「……入・れ・る・な」


 有無を言わさぬ、というより、物理的な冷気を伴うプレッシャー。


 セバスチャンさんは一瞬ポカンとしたが、すぐに何かを察したように、深く、深ーくお辞儀をした。


「……かしこまりました。誰一人として近づけさせません。どうぞ、ごゆぅっくりとお休みくださいませ」


 完璧執事の眼鏡が、キラリと意味深な光を放った気がした。


 ◇


 ジークハルト様に半ば強引に手を引かれ、私たちは執務室の奥にある休憩スペースへとやってきた。


 ここは、来客用ではなく、彼が私的に使うためのふかふかのソファと低いテーブルが置かれた、こぢんまりとした空間だ。

 ガチャリと鍵をかけられ、部屋には二人きり。壁に立てかけられたグラムが、リュックの中からカタカタと震え出した。


『ヒュー! 密室! 二人きり! ご主人様、ついに理性のタガが外れたか!? 俺様は布被ってるから何も見えないぜ! さあ、いけ!』


 グラムの余計な野次に私が吹き出しそうになっていると、ジークハルト様はグラムをリュックごと少し乱暴に床に置いた。

 そして、深くため息をつき、長い足を投げ出して天を仰ぐ。


「あの……ジークハルト様?」


 遺跡での帰り道、彼が言っていた『帰ったら、話がある』という言葉。

 てっきり、意思を持つ遺跡の管理方法や、鉱山の安全対策についての真面目な領地経営の話だと思っていた私は、少し身構えていた。


「……話、というのは……」


 私が恐る恐る切り出すと、ジークハルト様はゆっくりと顔をこちらに向けた。

 そのアイスブルーの瞳は、遺跡で戦っていた時の鋭さは微塵もなく、どこか捨てられた仔犬のように潤んでいる。


「……俺は、心が狭い」


「えっ?」


「……器の小さい、嫉妬深い男だ。……自分でも嫌になる」


 彼はギリッと自分の膝を握りしめ、ひどく苦しそうに懺悔を始めた。


『翻訳するぜ、奥様! ご主人様、遺跡で奥様がポチを撫で回してたのが、ずっと気に食わなかったんだよ!』


 グラムの念話が、部屋に響き渡る。


『「あいつ、ただの狼のくせにコーデリアの胸に顔を埋めやがって……! 俺だってまだあんなに甘えられたことないのに! 無事だったのは嬉しいが、イチャイチャしすぎだ! ずるい! 犬になりたい!」……って、帰り道ずっと脳内でハンカチ噛みちぎりながら嫉妬してたんだぜ!』


「ふふっ……あはははっ!」


 グラムの容赦ない暴露と、そのあまりの可愛らしさに、私は思わず声を上げて笑い出してしまった。


 突然笑い出した私を見て、事態を完全に察したジークハルト様の顔がボッ! と音を立てて真っ赤に沸騰した。


「…………ッ!!」


 彼は顔を覆い、耳まで真っ赤に染めながらバツが悪そうにそっぽを向いてしまった。

 普段の威厳はどこへやら、犬相手に本気で拗ねる不器用なこの人が、私はたまらなく愛おしかった。


「……笑うな。……俺は真剣だ」


 顔を隠したまま呻くように言う彼に、私は笑いを収めて向き直った。

 そして、自分の膝をポンポンと軽く叩いた。


「……ジークハルト様」


「……ん?」


「疲れたのでしょう? ……充電、しませんか」


 彼がハッと目を見開く。


 私は彼を真っ直ぐに見つめ、優しく微笑んだ。


「ポチには内緒です。……私を、独り占めしてください」


 数秒の、完全な沈黙。

 そして。


「……っ!」


 ジークハルト様は、まるで重力が崩壊したかのように、私の膝の上へと崩れ落ちた。


 彼の大きな体が縮こまり、私の膝に顔を埋める。


 ごつごつとした腕が私の腰に回り、ギュウッと力強く、けれど壊れ物を扱うような優しさでしがみついてきた。


「……いいのか」


 こもった声が、膝から伝わってくる。


「はい。……重くないですよ」


 私が彼の銀色の髪に指を梳き入れ、優しく撫でると、彼は「ふぅ……」と、心の底からの安堵の吐息を漏らした。

 サラサラとした銀髪は、見た目よりもずっと柔らかく、触れている私の方まで心地よくなってくる。


『きゃーっ! ご馳走様です!』

『ちょっと重いけど、二人の愛の重さなら私のスプリングも本気出すわよ! しっかり支えるわ!』


 私たちが座っているソファが、興奮気味にキュッキュッと音を立てた。


『うははは! ご主人様、完全に骨抜きだな! 「ああ……コーデリアの匂いだ……柔らかい……世界で一番幸せだ……もう一生ここから動きたくない……」って、完全に脳内お花畑モードだぜ!』


 グラムの実況通り、ジークハルト様の全身から力が抜け、ドクン、ドクンという彼の力強い心音が、私にも伝わってくる。

 彼にとって、私の膝枕は最強の回復魔法なのだ。


「……なぁ、コーデリア」


 しばらく無言で撫でられ続けていた彼が、不意に口を開いた。


「はい」


「……あの遺跡のことだが」


 急に真面目なトーンになった彼に、私は髪を撫でる手を止めずに耳を傾けた。


「……お前が望むなら、壊さずにこのまま残してやってもいい。……ただの岩の塊だが、お前が仲間だと言うなら、信じよう」


 それは、彼なりの最大限の歩み寄りだった。

 未知の古代遺跡など、領地の安全を考えればすぐに封印するか破壊するのが当然だ。それでも、私の言葉を信じて、残すという決断をしてくれたのだ。


「ありがとうございます、ジークハルト様。……あの子、本当にただ寂しかっただけなんです」


「……ああ。だが、あんな危険な仕掛けが動いたままでは、採掘作業に支障が出る」


「それなら、いい考えがありますわ」


 私は、帰り道でずっと考えていたアイデアを口にした。


「あの遺跡の仕掛けを利用して……領民や観光客向けの巨大地下アトラクション(お化け屋敷)にしてしまうのはいかがでしょう?」


「……アトラクション?」


 ジークハルト様が、不思議そうに顔を少しだけ上げる。


「ええ! あの子も遊びたいと言っていましたし、ガーゴイルさんたちを案内役や脅かし役として配置すれば、安全に管理できます。……それに、スリル満点の地下迷宮なんて、王都の貴族たちもこぞって遊びに来ると思いませんか?」


「……なるほど」


 ジークハルト様が、私の膝の上で感心したように唸った。


「お前は……相変わらず、とんでもないことを思いつく。……だが、悪くない。安全が確保できるなら、新しい観光資源になるな」


「はい! セバスチャンさんたちにも相談して、計画を練ってみますね!」


 私が弾んだ声で答えると、彼は再び私の膝に顔を埋めた。


「……お前が楽しそうなら、それでいい。……好きにしろ」


 その甘やかすような声に、私は胸がくすぐったくなるのを感じた。


『ヒュー! 「俺の妻の商才と優しさは世界一だ……いや宇宙一だ……!」って、また褒め称えモードに入ったぜ! ご主人様、奥様に全幅の信頼を寄せてるな!』


 私は彼を撫で続けながら、窓の外の青空を眺めた。


 次から次へと舞い込むトラブルも、この愛おしい夫と、騒がしい仲間たちがいれば、すべて楽しい冒険に変わっていく。

 私たちの極上の充電タイムは、セバスチャンさんが「一時間経ちましたよ」と容赦なく扉を叩くまで、甘く、静かに続いたのだった。

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