第57話 暴走する寂しがり屋と、聖女の抱擁
広間全体が、耳を劈くような轟音と共に激しく揺れ動く。
中央にそびえ立つクリスタルの石柱は、今や禍々しい赤黒い光を放ち、遺跡内の魔力を一箇所に集束させていた。
『ずるい……! ずるいずるいずるい! せっかく、おともだちが……あそびにきてくれたのに!』
遺跡の声は、もはや涙声に近い叫びとなって私の脳内に響き渡る。
その感情の激しさに呼応するように、天井からは巨大な鍾乳石が槍のように降り注ぎ、床からは魔法陣がいくつも浮き上がった。
「……下がれ!」
ジークハルト様が鋭く叫び、私とポチ、そして震えるガーゴイルたちを自身の背後に庇うようにして前に出た。
シュッ、と。
彼が魔剣グラムを正眼に構えると、その刀身から溢れ出す紫の魔力が、降り注ぐ岩石を粉々に粉砕していく。
『おーおー! ここの主様は相当な寂しがり屋だな! ご主人様、このままじゃ遺跡ごと生き埋めだぜ! いっそこの石柱、俺様がぶった斬ってやろうか!?』
グラムが鞘の中で興奮気味に叫ぶが、私はジークハルト様の服の裾をギュッと掴んだ。
「待ってください、ジークハルト様! 斬ってはだめです!」
「……だが、このままでは押し潰されるぞ。……こいつは、俺たちを逃がす気がない」
ジークハルト様のアイスブルーの瞳が、冷徹な戦士の光を宿す。
彼には聞こえない遺跡の悲痛な叫び。でも、私にはわかる。
この遺跡は、私たちを傷つけたいのではない。ただ、あまりにも長く一人でいすぎて、繋ぎ止める方法がこれしか分からなくなっているのだ。
『ずっと……ずっと、暗いところで……ひとりでいたんだ……! もう、ひとりは……いやだぁぁ!』
ドォォォォン!!
遺跡の咆哮と共に、四方の壁から巨大な石の腕が何本も伸び、私たちを握りつぶそうと迫り来る。
「ジークハルト様、私に任せてください。……この子と、お話しさせて」
「……何?」
「お願いします!」
私の必死の訴えに、ジークハルト様は一瞬躊躇ったが、すぐに剣を収める代わりに、私の周囲に鉄壁の魔力障壁を張り巡らせた。
「……わかった。俺がお前を守る。……好きにしろ」
「ありがとうございます!」
私は障壁の中から一歩踏み出し、赤黒く光り輝くクリスタルの石柱へと歩み寄った。
周囲では岩が砕け、土煙が舞っているけれど、私の目にはその中心で震える小さな光だけが見えていた。
「遺跡さん! 聞こえる!? 私はコーデリア! あなたを壊しに来たんじゃないわ!」
『……うそだ……! みんな……ぼくをわすれて……いっちゃうんだ……!』
「忘れないわ! だって、こんなに綺麗な場所を見つけたんですもの!」
私は石柱のすぐ前まで辿り着くと、熱を帯びたその表面に、そっと両手を添えた。
バチバチと弾けるような魔力の衝撃が走るが、私は構わずに、包み込むように力を込めた。
「怖くないわ。……あなたは、ここでずっと、誰かが来るのを待っていたのね。一人で、冷たい土の中で……。寂しかったわね。頑張ったわね」
私の万物の代弁者の力が、石柱を通じて遺跡の核へと流れ込む。
私の慈しみ、そしてオルステッド領で愛されて過ごしている今の幸せな記憶を、そのまま伝えた。
『……あったかい……。なに……これ……?』
「これが、お友達の声よ。……大丈夫、私たちはどこにも行かないわ。この鉱山は、私たちの領地の一部。あなたはもう、一人じゃない」
私が優しく語りかけ続けると、石柱の赤黒い光が、徐々に穏やかな青色へと戻っていった。
あれほど激しかった振動が収まり、崩れかけていた天井の岩がピタリと止まる。
『……ほんとうに……? また……あいにきてくれる……?』
「ええ。お約束するわ。それに、あなたともっと楽しく遊べるように、ここを綺麗にしてあげたいの」
私の言葉に、遺跡はふぅ……と安堵のため息をつくように、全ての仕掛けを解除した。
しんと、静まり返る王の間。
「……止まったのか」
ジークハルト様が慎重に障壁を解き、私の隣に並んだ。
石柱は今や、淡い星空のような光を放ちながら、私の手にすりすりと擦り寄るように魔力を揺らしている。
『このおねえさん……すき。きらきらしてる……』
「ふふ、ありがとう」
「ワ、ワォン……(死ぬかと思ったぜ……)」
ポチが腰を抜かしたようにその場に座り込み、ガーゴイルたちも『奥様、マジ聖女ッス……』と涙目で拝んでいる。
「ジークハルト様。この遺跡、とっても寂しがっていただけなんです。……これからは、私たちの新しい仲間として、ここで一緒に過ごせませんか?」
ジークハルト様は、穏やかになったクリスタルの石柱を見つめ、やれやれといった様子で肩をすくめた。
「……お前がそう言うなら、拒む理由はな。……ただし、ポチを追い回すのはほどほどにしろ」
「ワフッ!?(そうだぞ! 心臓に悪いんだからな!)」
『あはは! あそぼー! またあそぼー!』
遺跡が嬉しそうに床のタイルをパタパタと鳴らす。
こうして、鉱山の奥深くに眠っていた古代遺跡は、私たちの領地に加わることになった。
寂しがり屋の遺跡という、なんとも賑やかで、かつての自分とどこか似ている新しい友達。
この出会いが、後に領地を揺るがす巨大地下アトラクション計画へと繋がっていくのだが……それはもう少し先のお話。
「さて、戻りましょうか。セバスチャンさんも、ガイルさんも心配していますわ」
「……ああ。……帰ったら、お前に少し……話がある」
ジークハルト様が私の手を繋ぎ、不器用に指を絡めてきた。
その耳が少し赤いのは、きっと、無事に危機を乗り越えた安堵のせいだけではないのだろう。
私たちは、新しいお友達に見送られながら、光の射す地上へと歩き出した。




