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第56話 古代遺跡の迷宮と、寂しがり屋の番人

 馬を飛ばすこと数十分。

 私とジークハルト様は、息を切らして北の鉱山の採掘現場へと到着した。


 そこには、いつもは豪快に笑っているガイルさんが、見たこともないほど青い顔をして立ち尽くしていた。


「旦那様、奥方様! 申し訳ねぇ、俺がついていながら……!」


「状況を説明しろ、ガイル」


 ジークハルト様が、馬から飛び降りながら鋭い声で問う。


「俺が休憩の準備で少し目を離した隙に、ポチの野郎たちが坑道のずっと奥まで掘り進めちまったみたいで……。突然、地響きみたいなでけぇ音がしたんです。慌てて駆けつけたら、見たこともねぇこの巨大な扉が、ガシャン!って完全に閉ざされるところで……!」


 ガイルさんが、血の気の引いた顔で拳を握りしめる。


「扉の向こうから、ポチの鳴き声が聞こえました。間違いなく、この中に閉じ込められてます。俺がいくら叩いても、魔法をぶつけても、傷一つ付きゃしねぇ……!」


「……ポチたちが、中に」


 私は胸が締め付けられる思いで、ガイルさんが指差す坑道の奥を見つめた。


 普段なら岩や土の『喉が渇いた』とか『ここを掘って』というのんびりとした声が聞こえるはずの鉱山が、今は異様な沈黙に包まれている。


 坑道の最奥。

 そこには、ガイルさんの言う通り、禍々しいほどの魔力を放つ巨大な石の扉が鎮座していた。


 扉には、複雑に絡み合う蔦のような紋様が刻まれ、その中心には大きな瞳のような意匠がある。


『……だれ……? また、きたの……?』


 扉そのものが、微かに震えながら呟いた。

 その声は、やはり寂しさに震える子供のもののようで、私の心に直接響いてくる。


「ジークハルト様、この扉……生きています。いえ、遺跡全体が意思を持っているみたいです」


「……意思を持つ遺跡か。厄介だな」


 ジークハルト様は腰のグラムを抜き放ち、扉の前に立った。

 紫色の魔力が刀身を駆け抜け、威圧感が増していく。


『おいおい、ご主人様! 「ポチは大事な家族だ。あいつに何かあったら、この遺跡ごと塵にしてやる」って、瞳の奥がガチだぞ! 怖ぇよ!』


 グラムの念話を聞きながら、私は扉にそっと手を触れた。


「扉さん、お願い。中に入れて。……あの子たちを、返して」


『……あそんで……くれる……? ずっと……いっしょに……いてくれる……?』


「あの子たちは私の大切な家族なの。……寂しいなら、私がお話を聞くわ。だから、お願い」


 私が魔力を込めて語りかけると、扉の紋様がカチリ、と音を立てて組み変わった。


 ゴゴゴゴゴ……!


 再び巨大な扉が開き、奥へと続く長い回廊が姿を現した。

 壁には魔石のランプが灯っているが、その光はどこか頼りなく揺れている。


「……行くぞ、コーデリア。俺の側を離れるな」


 ジークハルト様が私の手を力強く握り、私たちは遺跡の中へと足を踏み入れた。


 ◇


 遺跡の内部は、まるで巨大な迷路のようだった。

 左右対称の美しい廊下が続き、角を曲がるたびに景色が変わる。


 そして、そこかしこから『物』たちの囁きが聞こえてくる。


『あはは! あたらしい、おもちゃ!』

『今度は、逃がさないよ?』


「ジークハルト様、気をつけて。……何か来ます!」


 私の叫びと同時に、壁に飾られていた数百本の古びた槍が一斉に浮き上がり、私たちに向かって飛来した。


「……下がれ!」


 ジークハルト様が私の前に立ち、グラムを一閃させる。

 紫の閃光が空を裂き、迫り来る槍の雨を次々と叩き落としていく。


 ガガガガンッ!


 本来なら鉄が砕ける凄まじい音が響くはずだが、落ちた槍たちはキャッキャと笑い声を上げた。


『あー、おもしろい! もっと、遊んで!』


「ジークハルト様、この槍たち……私たちと遊んでいるつもりのようです!」


「……遊び、だと?」


 ジークハルト様が不快そうに眉を寄せる。


『「こっちは遊びじゃないんだ。ポチをどこへやった。俺の怒りを買う前に吐け」ってさ! ご主人様、血管切れそうだぜ!』


 私は、散らばった槍たちに語りかけた。


「槍さん、お願い。私たちは遊びに来たんじゃないの。大きな白い狼さんと、小さな羽の生えた子たちを見なかった?」


『狼さん? あの子なら、奥の王の間で鬼に追いかけ回されてるよ!』

『捕まったら、ずっとお人形にならなきゃいけないんだ!』


「お人形……!?」


 嫌な予感がして、私はジークハルト様の腕を引いた。


「ジークハルト様、急ぎましょう! ポチたちが危ないです!」


「……わかった。力技で道を切り開く」


 ジークハルト様はグラムを構え直し、奥へと続く扉を睨みつけた。


『よしきた! ご主人様、「コーデリアの不安な顔は見たくない。一刻も早くポチを救い出し、彼女を安心させてやる」って、出力全開だぜ! 遺跡ごと真っ二つにしてやるよ!』


 ジークハルト様の凄まじい魔力が、遺跡の冷たい空気を震わせる。

 不気味な迷宮に、辺境の猛将の咆哮が響き渡った。


「道を空けろ、無機物ども……! 俺の家族を、返してもらおうか!」


 ◇


 一方、遺跡の最奥『王の間』。


「ワオォォォン!?(待て待て待て! そんなデカい石像に追いかけられたら死ぬわ!)」


 ポチは、自分よりも数倍大きい、複数の腕を持つ古代の石造守護者に追いかけ回されていた。

 床からはトゲが飛び出し、天井からは重りが降ってくる。


『アニキ、ここの床が「右に曲がるッス!」って言ってるッス!』

『いや、左ッス! 左の方が「フカフカの落とし穴があるッス!」って言ってるッス!』


 ガーゴイルたちは必死に床の意思を聞き取って(?)ポチを誘導しているが、もはや限界寸前だ。


『……つかまえた……!』


 巨大な石造守護者の腕が、ポチの尻尾を掠めた、その時。


 ――ズバァァァァンッ!!


 爆音と共に、広間の巨大な扉が粉々に粉砕された。

 土煙の中から現れたのは、漆黒の外套をなびかせ、紫の魔剣を構えた魔王――ではなく、ジークハルト様だった。


「ワ、ワンッ!(ボス!)」


「……ポチ。無事か」


 ジークハルト様の背後から、私が駆け寄る。


「ポチ! ガーゴイルさん! よかった……!」


『ボス! 助かったッス! ここの石像、全然話が通じないッス!』


 再会を喜ぶ私たち。

 だが、遺跡の主は、まだ遊びを諦めてはいなかった。


『……ずるい……。みんなで……あそぶって……いったのに……!』


 部屋全体が激しく揺れ、中央のクリスタル石柱が赤黒い光を放ち始める。

 遺跡そのものが、駄々をこねる子供のような怒りを爆発させようとしていた。


 どうやら、本当の遊びはここから始まるようだった。

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