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第54話 最強の番犬ポチと、迷子のふわふわな珍客

 魔鉱石ドレスの計画が動き出してから、オルステッド城の地下にある広い作業室は、一種独特な熱気に包まれていた。


 城全体が活気づく中、オルステッド城の広大な庭では、今日も最強の番犬(※伝説の魔獣)がパトロールに励んでいた。


「ワフッ、ワフッ!(異常なし! 今日も俺の庭は平和だ!)」


 銀色の美しい毛並みを揺らしながら、フェンリルのポチが胸を張って歩いている。

 その後ろを、庭師のガイルさんが大きなジョウロを持って「おうポチ、そこ水撒くからどいてくれよー」と追いかけていく。すっかりお馴染みになった平和な光景だ。


『上空も異常なしッス! カラスのフン爆撃も完全ブロックしたッス!』


 屋根の上からは、ガーゴイルたちが敬礼しながら報告してくれている。

 彼らの鉄壁の警備ネットワークのおかげで、この城の安全(と景観)は完璧に保たれていた。


「クゥン……?(ん? なんだこの匂い)」


 突然、ポチが足を止め、鼻をヒクヒクとさせた。

 視線の先は、領地の森と隣接する、背の高い茂みの奥だ。


『痛い痛い! なんか根っこの下でモゾモゾしてる! くすぐったいよぉ!』


 茂みの植物たちが、ザワザワと葉を揺らして訴えている。


「グルルッ……!(何者だ! 俺の縄張りに不法侵入する奴は!)」


 ポチが警戒態勢に入り、低く唸りながら茂みへと近づく。

 そして、前足でガサッと葉っぱを掻き分けた。


 そこにいたのは――。


『きゅぅぅ……。ママー、どこぉ……?』


 両手で包み込めるほど小さな、真っ白でふわふわの毛玉だった。

 よく見ると、ピンと立った耳と、ふさふさの尻尾がある。北の大地にしか生息しない希少な魔物、『白雪狐スノーフォックス』の赤ん坊だ。

 まだ目も開いたばかりなのか、よろよろと震えながら、小さな声で泣いている。


「…………ワゥ?(…………なんだ、子供か)」


 拍子抜けしたポチが鼻先を近づけると、白雪狐の赤ちゃんはビクッと体を震わせ、ポチの大きな鼻にすりすりと擦り寄ってきた。


『あったかい……。パパ?』


「ワオォン!?(ち、違う! 俺は狼で、お前は狐だ! 種族が違うぞ!)」


 慌てるポチだったが、赤ちゃん狐はすっかり安心したのか、ポチの前足の間に潜り込んで丸くなってしまった。


『おいおいポチ、お前いつの間に隠し子を……』

『変な冗談言ってる場合じゃないッス! 迷子ッスよ!』


 屋根の上のガーゴイルたちが慌てて飛び降りてくる。

 ポチは困ったように赤ちゃん狐を見下ろし、そして、そっと首根っこを優しく咥え上げた。


「ワフッ!(とりあえず、俺の群れのボス(コーデリア)のところへ連れて行くぞ!)」


 ◇


 その頃。

 私とジークハルト様は、仕事の合間の休憩として、陽の当たるテラスでティータイムを楽しんでいた。


「……あーん、だ」


「えっ……あの、ジークハルト様、恥ずかしいのですが……」


「……誰も見ていない。さあ」


 ジークハルト様が、ジャンさん特製のクッキーを私の口元に差し出している。

 その顔は真剣そのものだが、耳はうっすらと赤い。最近、彼は二人きりになると、こういう甘いスキンシップを不器用に求めてくるようになった。


『ヒュー! ご主人様、攻めるねぇ! 「コーデリアの小さな口がクッキーを食べる姿、小動物みたいで可愛い……俺の手から食べてくれる喜びたるや!」って、脳内で大興奮だぜ!』


 グラムの実況に顔を赤くしながらも、私はそっと口を開き、クッキーを齧った。


「……美味しいです」


「……そうか。なら、もう一つ……」


 彼がさらに身を乗り出し、甘い空気が最高潮に達しようとした、その時。


「ワオォォォン!!(ボス! 大変だ! 毛玉が落ちてたぞ!)」


 テラスの柵を軽々と飛び越えて、巨大な銀色の狼が乱入してきた。

 空からはガーゴイルたちもバサバサと舞い降りてくる。


「っ……!!」


 ジークハルト様が、ビキィッと青筋を立ててクッキーを持つ手を止めた。

 せっかくの甘い時間を台無しにされ、背後には魔王のような黒いオーラが立ち昇っている。


『うおおおお! ポチ、逃げて! ご主人様の「妻といちゃつく時間を邪魔する奴は万死に値する」モードが発動しちまった!』


「グゥン……!?(ひぃっ!? なんか今日のボス夫、殺気が凄い!?)」


 ポチが悲鳴を上げて後ずさるが、その口元に咥えられている白い毛玉を見て、私は弾かれたように立ち上がった。


「ポチ! その子はどうしたの?」


 ポチがそっと床に下ろしたのは、震える白雪狐の赤ちゃんだった。


『きゅぅぅ……。ママー……』


「まあ! 迷子なのね、可哀想に……」


 私が駆け寄って抱き上げると、赤ちゃん狐は私の腕の中で安心したように身をすり寄せてきた。

 冷え切っていた小さな体が、少しずつ温かさを取り戻していく。


「……狐の魔物か」


 ジークハルト様が、不機嫌そうな(というか、完全に拗ねている)顔で近づいてきた。


「はい。白雪狐の赤ちゃんのようです。まだお母さんが近くにいるはずですわ」


『空から探してみるッス! 親狐なら目立つはずッスよ!』


 ガーゴイルたちがバサッと羽を広げ、上空へと飛び立っていく。

 ポチも「ワフッ!(俺の鼻に任せろ!)」と得意げに胸を張った。


「ありがとう、みんな。ジークハルト様、私たちも一緒に探しに行きましょう?」


「……俺もか?」


「ええ。この子、とても不安がっていますし。それに……あなたがいれば、森に入っても百人力ですから」


 私が上目遣いで彼を見上げると、ジークハルト様は「っ……」と息を呑み、目に見えてオーラを丸くした。


「……お前がそう言うなら、仕方ないな。俺が護衛してやる」


『ちょろい! ご主人様、奥様の「頼りにしてます」アピールに弱すぎる! 尻尾があったらブンブン振ってるぜ!』


 グラムの言う通り、彼の足取りは先ほどまでの不機嫌さが嘘のように軽やかだった。


 ◇


 ポチの優れた嗅覚と、空からのガーゴイルたちの連携プレイにより、捜索はあっという間に終わった。

 森の少し奥で、ガーゴイルが『発見ッス! パニックになって走り回ってるッス!』と合図を送ってきたのだ。


 ポチが先導し、茂みを抜けると、そこには必死に地面の匂いを嗅ぎ回っている大きな白雪狐の姿があった。


『私の子! 私の子がいないの! 誰か助けて!』


 親狐の悲痛な声が聞こえる。

 私が腕の中の赤ちゃん狐を下ろすと、赤ちゃんは『きゅんっ!』と鳴いて、よちよちと駆け出した。


『ママ!』

『ああ……! よかった、無事だったのね!』


 親狐が涙ぐむように鼻先を擦り寄せ、赤ちゃんをしっかりと抱きしめる。

 感動的な親子の再会に、私はホッと胸を撫で下ろした。


「ワオーン!(へっ、俺にかかれば迷子探しなんて朝飯前だぜ!)」


 ポチが誇らしげに遠吠えを上げる。

 親狐はポチと私たちに向かって、深く頭を下げるように何度もお辞儀をして、森の奥へと帰っていった。


「よかったですね、ポチ、ガーゴイルさんたち。お手柄ですよ」


 私がしゃがみ込んでポチの頭をワシャワシャと撫でると、ポチは「グルル〜」と嬉しそうに喉を鳴らして、私にすりすりと甘えてきた。


「……おい」


 頭上から、ドス低い声が降ってきた。


 見上げると、ジークハルト様が氷点下の瞳で、ポチをジッと睨み下ろしていた。


「……いつまで俺の妻に甘えている。いい加減に離れろ」


「ワウッ!?(な、なんだよ! ちょっと褒められてるだけだろ!)」


『出たー! ご主人様の「俺の妻に触れていいのは俺だけだ(動物も不可)」の理不尽な嫉妬! ポチ、命が惜しかったら早く逃げろ!』


 ポチは危険を察知し、脱兎のごとく城の方へと駆け出していった。ガーゴイルたちも『巻き込まれる前に撤退ッス!』と空の彼方へ消えていく。


「もう、ジークハルト様。ポチにまで嫉妬しないでください。あの子たちのおかげで、助かったんですから」


 私が苦笑して立ち上がると、ジークハルト様は不満そうに口元を曲げた。


「……お前が、あいつらを撫でるからだ。……俺には、してくれないくせに」


 ボソリと呟かれたその言葉は、まるで拗ねた子供のようで。

 私は思わず吹き出し、背伸びをして、彼の銀色の髪をそっと撫でた。


「よくできました。私の頼もしい旦那様」


 ジークハルト様は一瞬目を見開き、そして顔を真っ赤にして、私の手をギュッと握りしめた。


「……反則だ、それは」


 春の訪れを感じる森の中。

 賑やかな家族(魔物含む)と、不器用で愛おしい夫のおかげで、私のスローライフは今日も笑顔に満ちていた。

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