第53話 奥様の閃きと、完璧執事の黒い笑顔
翌日の午後。
オルステッド城の執務室には、私とジークハルト様、そして執事のセバスチャンさんが集まり、丸いテーブルを囲んでいた。
テーブルの上には、ラムール領の特産品である上質な絹糸の束と、我が領で採掘された色とりどりの細かい魔鉱石が並べられている。
「さて、昨日お話ししたラムール領との新しい経済協力の件ですが」
私が切り出すと、セバスチャンさんがスッと眼鏡の位置を直した。
レンズの奥の瞳が、優秀な文官としての鋭い光を放っている。
「はい。ヴァレリオ子爵の個人的な借金により、ラムール領の財政が傾きかけているのは事実です。我が領が資金援助をする代わりに、何か有利な取引を引き出せるとは思いますが……具体的に、奥方様はどのような事業を?」
私はテーブルの上の絹糸と、魔鉱石をそっと指差した。
「この二つを、組み合わせようと思うのです」
「……絹糸と、魔鉱石を?」
ジークハルト様が不思議そうに眉を寄せる。
「はい。ラムール領の織物技術は、王都でも高く評価されています。ただ、彼らには現在、新しい商品を生み出すための素材を買う資金がありません」
あの見栄っ張りな子爵がメッキやガラス玉に頼らざるを得なかったのも、領地の資金難が原因だ。
しかし、職人たちの腕自体は確かなのだ。
「そこで、我が領で採れる魔鉱石を細かく砕き、特殊な製法で彼らの絹糸に練り込んでいただくのです。名付けて『魔鉱石の瞬きドレス』計画ですわ!」
『おおっ! 俺たち、ドレスになるのか!?』
『ずっと洞窟で眠ってたけど、ついに王都の夜会デビューね! 気合い入れて光るわよ!』
テーブルの上の細かい魔鉱石たちが、歓喜の声を上げてキラキラと輝き始めた。
「魔鉱石を織り込んだドレス……。なるほど、光の加減で宝石のように輝く生地ができるというわけですね」
セバスチャンさんが顎に手を当て、感心したように頷く。
「それだけではありませんの。保温効果のある火の魔鉱石を練り込めば冬でも薄着でいられるドレスが、氷の魔鉱石を練り込めば夏でも涼しいドレスが作れます。王都の貴婦人たちは、季節を問わず美しいドレスを着たがりますから、絶対に需要がありますわ」
『最高! 私、お肌に優しいからチクチクさせないわよ!』
『熱のコントロールなら俺に任せな! 極寒の夜会でもぽっかぽかにしてやるぜ!』
魔鉱石たちのやる気は十分だ。
さらに私は、計画の核心を突いた。
「我がオルステッド領が素材を独占提供し、ラムール領に加工を委託する。そして、完成したドレスの販売権は我が領が握る。これなら、ラムール領の職人たちに安定した仕事と資金を提供しつつ、我が領にも莫大な利益が入ります」
しんと、執務室が静まり返った。
数秒後。
「……素晴らしい」
ジークハルト様が、目を見開いて低く唸った。
「戦をすることなく、隣領の経済的な生殺与奪の権を完全に我が領が握るということだな。……お前は、恐ろしいほどの策士だ」
『ヒュー! ご主人様、ドン引きするどころか大興奮だぜ! 「俺の妻は天才か! 美しくて優しくて、その上知略にまで長けているなんて……完璧すぎる! 今すぐ抱きしめて褒めちぎりたい!」って、脳内の称賛の嵐が止まんねぇぞ!』
リュックの中からグラムが嬉しそうに実況する。
ジークハルト様は抱きしめたいという衝動を必死に堪えているのか、テーブルの下でギュッと拳を握りしめ、耳を赤くしていた。
「奥方様。……感服いたしました」
セバスチャンさんが、深々と頭を下げた。
彼が顔を上げた時、その口元には、かつて見たことがないほど黒い笑みが浮かんでいた。
「これで、あの厄介な子爵の首に、真綿で首を絞めるように美しい首輪をはめることができますな。彼も、自領の産業が我が領に依存していると分かれば、二度と奥方様にちょっかいを出すような真似はできなくなるでしょう」
『うわぁ、完璧執事の裏の顔が出たー! セバスチャン、あのキザ野郎のこと相当根に持ってたんだな! 笑顔が怖すぎるぜ!』
確かに、セバスチャンさんの笑顔は少しばかり背筋が凍るような凄みがあった。
領地の平穏を乱す者には容赦しない。それがオルステッド家の流儀らしい。
「では、早速ラムール領へ使者を送りましょう。彼らが飛びつかないはずがありません。……試作品の製作は、ジャンやリリィたちにも手伝わせましょう」
「ええ、よろしくお願いします、セバスチャンさん!」
私が笑顔で頷くと、ジークハルト様が私の頭にそっと大きな手を乗せた。
「……無理はするなよ。お前が倒れたら、元も子もない」
「ふふ、大丈夫です。楽しいですから」
私が彼の手に頬を擦り寄せると、ジークハルト様はたまらないといった様子で目を伏せ、大きく息を吐いた。
『おいおいご主人様、「ああっ、可愛すぎる! 今すぐこのままベッドに……いや、セバスチャンがいる前で何を考えているんだ俺は!」って、また一人で勝手に限界迎えてるぞ!』
グラムのやかましい実況に、私は必死に笑いを堪えた。
こうして、オルステッド領とラムール領を結ぶ、巨大なドレス事業が幕を開けた。
この事業が後に、王都の流行を根底から覆し、私たちに想像以上の富と名声(と、新たなドタバタ)をもたらすことになるのだが……。
今はただ、この新しいワクワクする計画に向けて、城中が一丸となって動き出していた。
私のスローライフは、どうやらのんびりとは程遠い、賑やかで充実した日々になりそうだ。




