数奇なる運命1
「大司教セルメス」
イシュタハン教大本山、イシュタハンの神殿にある地下牢に背神者たちは捕らえられている。
聖騎士として教会に所属し、叩き上げで大司教の座にまで上り詰めたセルメスもまた地下牢に繋がれていた。
バナーバーとディルキン、そしてもう一人若い女性が鉄格子を挟んでセルメスと対峙する。
名前を呼ばれて顔を上げるセルメスの目には、いまだに反抗的な光が宿っている。
「このようなことになって残念です」
バナーバーは悲しそうな顔をする。
セルメスとは大親友というわけではないが、交流はあった間柄である。
言ってしまえば、聖職者らしさは少し薄い人であった。
聖騎士というよりも傭兵などに近いような気性の荒さもありながら面倒見は良く、豪快で漢気があってリーダーシップにも優れていた。
聖騎士にはなかなかいないタイプで、実力も伴っていたのでバナーバーも一目置いていた。
「そうだな。お前らのことを殺せなくて残念だよ」
セルメスは吐き捨てるように言って、深いため息をついた。
「機会があれば、私にも凶刃突き立てたいと思っていたのですか?」
「もちろんだよ。首を斬り落として、ここの門に掛けておきたいぐらいだ、エリンデア」
「セルメス! 言葉が過ぎるぞ!」
「そいつはお前らにとっての教皇であるかもしれないが、俺にとっては違う。バナーバー、お前もその女も俺にとっては等しく同じ敵でしかない」
もう一人の女性の正体、それはイシュタハン教の教皇であった。
聖者も神に愛されていると言われているが、それを上回って神の寵児と呼ばれるエリンデアは若くして教皇の座についた。
いわばイシュタハン教のトップである。
本来ならば敬意を払うべき相手でも、セルメスは態度を崩さない。
「なぜこのようなことをしたのですか?」
エリンデアはセルメスの態度にも不快になった様子を見せず言葉を続ける。
「お前らは教会がどれだけ腐ってるのか分かっているか? 俺はこうして大司教になったが、それが容易い道だと思うか? 互いに足を引っ張り、舌先で人を騙し、腹を肥やす」
セルメスはあざけるような薄い笑みを浮かべている。
「お前らはきっと綺麗なもんだろうな。だが下がどれだけ腐ってるのか見ようともしない時点で、俺から見れば変わらないんだ」
「……何が言いたいのですか?」
「俺が手を広げても救いを求める連中は指の間からこぼれ落ちていった。そいつらを救うのは……力だ。信仰心でも、金で膨れ上がった腹でもない、力なんだよ!」
セルメスが立ち上がり鉄格子に寄る。
しかし繋がれた鎖の短さに、指の先も鉄格子には届かない。
それでもディルキンはエリンデアとバナーバーを守るように前に出た。
「お前らはまだ知らない……これから先に力がどれだけ必要となるか。腐り切ったマヌケどもはただ足枷にしかならず、時がくればお前たちは後悔することになるだろう」
セルメスは本気だとバナーバーは感じた。
何がセルメスをそこまで駆り立てるのか、全てを聞き出しても分かり合うことはできない壁をそこに見て、悲しい気持ちになった。
「…………あなたと議論するつもりはありません」
「そうやって切り捨てるんだろう?」
「なんとでも。力のためだろうと、何のためだろうと罪もない人を傷つけようとしたのはあなたたちですから」
「永遠に平行線だな」
「そうですね。あなたが暴れたおかげで死なずに制圧できたお仲間たちも死んでしまいました。ぜひともあなたから情報を引き出したいものです」
背神者は最後に操蟲で死んでしまうので情報を得ることが極めて難しい。
今回は操蟲を吐き出させたので、チャンスだと思っていた。
けれどもセルメスは殺さずに制圧された他の背神者を殺して回った。
おかげで捕えられた背神者は、セルメスを含めてごく一部となっている。
「俺から何かを引き出す……? それは無理だな」
「無理だと思いますか? あなたなら知っているはずですよ。我々がどうやって口を割らせるか」
「知ってるさ……」
教会もただ綺麗な組織というわけではない。
背神者を含めて、教会にも敵は多い。
時には薄ら暗い手だって用いることがある。
「だがそれでも俺は……口を割らない」
「なっ……!」
セルメスの口からドロリと血が垂れる。
「口を割るってのは……生きてればこそ。死人は口無しだからな」
歪んだ笑みを浮かべて目からも血を流す。
「いけません!」
「ダメです、教皇様! 近づいては危険です!」
エリンデアが鉄格子に駆け寄る。
ディルキンが止めようとするのも構わず、エリンデアはセルメスに向かって手を伸ばす。
「くっ!?」
セルメスを治療しようと力を送り込むと、ほんの一瞬セルメスが淡く光る。
しかし光がセルメスの体から拡散して、エリンデアは反動で弾かれる。
「お怪我ありませんか?」
「え、ええ……」
ディルキンがエリンデアを受け止めた。
「くはは……無駄だよ。俺は命と引き換えに力を使った……聖者と似たようなものだ……グホッ……」
セルメスが塊のように血を吐き出す。
「あばよ……こんな終わりだとは思ってなかったが……最後まで…………クソくらえだったな」
セルメスが後ろに倒れる。
頭を強く打ち付けるような無抵抗の倒れ方を見るに、倒れる前に事切れていたことが三人には分かった。
「…………誰かに処理させなさい」
エリンデアは険しい顔をして首を振る。
「教皇様……大丈夫でしょうか?」
「……今回のことを手伝ってくれた子たちも来ているのですよね? その子たちに会うことにしましょう」
ディルキンの質問にも答えず、エリンデアは牢屋に背を向ける。
「これだから背神者は……」
深いため息を漏らし、エリンデアは地下牢を後にするのだった。
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