魔に抗い、屈服させる6
「さあ……手に取れ。さすれば目の前の敵を討ち果たす力を得られるだろう」
黒い剣から声が聞こえる。
不思議と黒い天使は襲ってこず、イースラの様子を窺っているようだった。
「本当に……アイツらを倒せるのか?」
「もちろんだ……どんな敵だって倒すことができる」
魅惑的な誘い。
イースラは回帰前、黒い天使にやられた。
やられたのはイースラだけではない。
残っていた数少ない仲間たちも倒され、そして黒い天使を倒すためにもユリアナを始めとした多くの人が自らを犠牲にした。
仮に黒い天使を倒せるのなら魂だって捧げてみせる覚悟はある。
「そんな剣を捨て、私を手に取れ……」
「アイツらを倒せるならお前を手に取ってやるよ」
「そうするのだ。そうすれば……」
「…………ただ本当に倒せるならな」
「へっ?」
イースラは捨てろと言われた剣を高く振り上げる。
そして黒い剣をためらいもなく切りつけた。
剣同士がぶつかる甲高い音が響き渡る。
「くっ! 何をする!」
黒い剣が地面に叩きつけられた。
「なっ! この……不敬な!」
イースラは怒りの表情を浮かべて、黒い剣のことを踏みつける。
「不敬だと……? お前の方が今踏みにじってるもんの方がでかいんだよ!」
「ぬっ……」
イースラの目に浮かぶ、あまりにも強い怒りの炎の剣幕に黒い剣は押される。
(私が……こんな若造の圧に…………恐怖を感じている?)
黒い剣はわずかに震える。
もはや精神が落ちて支配されるのも後一歩だったはず。
なのにイースラは強い怒りで心地よい誘いを跳ね除けてみせた。
そんなに何が怒りを抱かせたのか。
「お前みたいな、ナマクラで、変わるぐらいなら、誰も死ななかった!」
イースラは黒い剣を何回も踏みつける。
「お前を手にすればアイツらに勝てるだと? そんなことならみんなが……ユリアナが犠牲になんてならなくてもよかったんだよ!」
「ええい! やめんか!」
怒りに任せて踏みつけられて、黒い剣も恐怖を忘れて怒りを覚え始めた。
「ただ……俺に力が必要なことは本当だ」
「ならば……」
「だからお前の力を俺によこせ」
「なんだと?」
「二度と言わせるなよ? 俺に服従しろ」
グリグリと刃を踏みつけながらイースラは黒い剣に要求を伝える。
「……ふざけるなよ! 貴様、私が誰だと思っている! 従えというだけならまだしも、こんなふうに踏みつけておいて……」
「うるさい」
「ぐあっ!?」
冷たい目をしてイースラは剣を黒い剣に突き立てた。
流石に剣に剣は刺さらない。
イースラの白いオーラが剣を包み込む。
そしてまた黒い剣に対して刺すように振り下ろす。
ガンガンと音が鳴り響く。
「協力関係でもなければ、お前が俺に力を貸してくれるわけでもない。お前が俺に従って、力を与えさせてやるんだよ」
「ふざけ……ぎゃああっ!」
「ふざけてなんかないさ」
イースラが振り下ろした剣が黒い剣の刃に軽く傷をつけた。
「大真面目だ。お前が従わないなら俺はお前なんていらない。このまま……真っ二つにしてやるよ」
先ほどまでの怒りなど感じられないような無感情の目をしたイースラは、また剣を振り下ろし始める。
黒い天使が見守る中、金属同士がぶつかる無慈悲な音だけが一定のリズムで響き渡っている。
イースラは自分の持つ剣の先が折れようとも、オーラを込めて黒い剣に振り下ろし続けた。
「や……やめろ!」
わずかに音が変化した。
イースラは傷を正確に攻撃し続けていて、とうとう黒い剣の刃に大きなヒビが走った。
「従うか?」
「な、なぜお前はそこまでする……そもそもお前は何者なのだ! 剣を持つお前は子供のはず……それに周りの化け物は何なんだ!」
「今更そんなこと聞くのかよ?」
「ここはお前の心象世界……その姿はお前を映す鏡……そしてこの光景はお前が最も後悔しているものだ。お前は一体何なのだ!」
イースラは顔を上げて周りを見る。
黒い天使はただ翼を動かしてその場に止まっている。
最初は黒い天使の姿に怒りを覚えたが、よく見ると違っている。
姿たちはイースラの記憶を元に作られたからそのまんまであるのだが、人を殺してしまいそうな威圧感や頭を下げてしまいそうになるような気持ちの悪い神々しさもない。
もしかしたらイースラ自身がそんなもの認めたくないと思っているせいで再現されたくなかったのかもしれない。
「何者……か。分からない。ただ俺は、二回目のチャンスを与えられたんだ。次こそは愛しの人を救う。世界を救う。悲しい結末を変える」
「何を言っている……」
「お前だって、この世界が無くなると困るだろ?」
「それは困るが……」
「俺は世界を救おうとしてるんだよ。それは俺のためでも世界のためでもあり……そしてお前のためにもなるんだよ」
次こそは倒してみせる。
そんな強い決意を込めて黒い天使を睨む。
「それに……」
「くっ!?」
イースラは足で黒い剣を蹴り上げて手に掴む。
しめた! と黒い剣は思ったが、イースラは平然と笑う。
「なんだと…………」
「普通にしててもお前に抵抗ぐらいできるんだよ」
精神力で黒い剣の誘惑に耐えねばならないのが本来の流れだった。
耐え抜くと黒い剣と契約して力を得ることができるのだが、代償は寿命という馬鹿げたものである。
イースラはそんなものに寿命を支払うつもりはない。
だから屈服させようと思った。
回帰前のある時点で、黒い剣はある人に力づくで屈服させられた。
その後の戦いである人と黒い剣は帰らなかったので、あまり詳しくは知らないが屈服させられることは知っていたのである。
「従え。無償で俺に力を貸してくれ」
「傲慢だな。力の代償を無くせというのか?」
「そうだよ。これからもっとハードなことが待ち受けてるんだ。わがままばっかり言ってると世界が無くなるぞ」
傲慢だろうがなんだろうが、世界を救うためならとことん傲慢になってやるつもりだってある。
「……ふむ、その世界が無くなるということに興味を持った。なぜなのか教えてくれ。それを代償にしてやろう」
「……長くなるぞ?」
「構わん。どうせここは外と時間の流れが違うんだ」
「分かったよ。でもせめて場所は変えられないか?」
黒い天使に見つめられながらだと落ち着かない。
たとえ偽物でもだ。
「わがままめ」
一瞬世界が黒くなった。
そして気づいたら部屋にいた。
なんてことはない、ベッドが一つ置いてあるだけのような質素な部屋。
しかしそこはイースラにとって見慣れた場所だった。
なんてことはないベッドだが、そこではユリアナと肌を重ねたこともある。
「ここならいいか?」
「ああ」
イースラは黒い剣を持ったままベッドに腰掛ける。
「話す前に聞かせてくれ」
「なんだ?」
「お前の名前を聞かせてくれ。剣って呼ぶのもなんか変だろ」
「…………いいだろう。私はアルドッグ。誇り高き魔剣だ」
「そうか。じゃあ……話すよ、アルドッグ」
そうしてイースラはゆっくりと一度目の人生に話し始めた。
不思議と、色んなことを覚えている。
悪くない人生だったが、悪いこともたくさんあった。
今度は少しでも悪いことを減らしていきたいものだと、話しながら思ったのだった。




