【最終回 】あなたの名前を呼んで
鈴音が目を開けると、光が差し込んできた。慌てて辺りを見渡す。
「⋯⋯朝?」
大切な人が目を覚まさないかもしれないのに、そんな一刻を争うような時に寝てしまうなんて⋯⋯。
鈴音は眠ってしまった自分を呪った。自分の頬を両手でぱちんと叩いて反省する。
「鈴音のばか」
そうつぶやいて布団に顔をこすりつけた。黒い気持ちが滲む。
そんな事をしている場合ではない。
顔を上げると急いで手櫛で整え、服の皺を伸ばす。服の乱れがないかもう一度見てから、すぐに部屋を出た。
隣の病室を覗き込んでみると霜月の姿があった。
瞼を閉じた霜月を見ると、鈴音の胸は大きな音を立て始める。
足が震えて、中へ入れない。
あの姿は本当に寝ているだけなのだろうか。
「にゃ〜ん」
鈴音の脚の間をすり抜けて、だてまきは
部屋から出ていった。
「⋯⋯!」
だてまきがいたことも気が付かなかったなんて⋯⋯。
だてまきを見送ると視線を部屋へと戻す。すると霜月と目が合った。
頭がフル回転するが、霜月が生きていて、自分と目が合っていることに頭が追いつかない。
鈴音が口を開けたまま、ぼんやりそうしていると霜月は、ちょいちょいと手招きしている。
「鈴音、来て。僕はもう大丈夫だよ」
鈴音は胸が苦しくなって下を向いた。溢れそうになる気持ちをぎゅっと抑え込む。
深呼吸。
そして一歩踏み出した。
鈴音は肩を強張りながら、霜月の隣へ座る。するとずっと聞きたかった優しい声がした。
「鈴音が縫ってくれたんだって? ありがとう。僕は死ぬと思ってたんだ」
あの時の出来事が頭の中で広がった。
霜月を失うかもしれないと思った瞬間から色んな思いが錯綜した。
もし、もう一度、霜月に会えたら⋯⋯そんな気持ちで溢れていたはずなのに、何ひとつ言葉が出てこない。
自分の不器用さに嫌になったが、本能に従うことにした。
鈴音は霜月に手を伸ばして霜月の手をそっと包む。
温かい。
霜月は垂れていた頭を上げる。
鈴音も顔をゆっくりと上げて、霜月の瞳を覗き込む。
感情が込み上げてくる。
胸が熱い。
鈴音の震える唇からは、予想しないほど、大きな声が出た。
「霜月、どこにも行かないでとは言わないわ。ただこんな形で私の目の前から居なくならないで!」
霜月に伝わったのか不安が募る。
鈴音は怖くて目を背けたいのに、背けたら目の前から居なくなったら、どうしよう。そんな気持ちで霜月を見続ける。
霜月に聞こえそうなほど、鈴音の心臓がうるさく鳴る。
苦しい。
何か言って欲しいと鈴音は願い続ける。
「白狼」
霜月から短い言葉が告げられた。
鈴音は少しでも言葉の意味を理解しようと目を見開いた。
「鈴音、俺の名前を呼んで。もう自分の気持ちは隠さない、好きだ」
出会った頃の少年のようなあどけない笑顔。あの頃は相棒のだてまきに向けられていた。
だが、今は自分に向けられている。
それは秘密を打ち明けるように、霜月の頬に紅が差す。鈴音の喉はぎゅっと締まった。
それは鈴音がずっと想っていたのと同じ気持ちだった。それを霜月から告げられたことが嬉しくて、でも嬉しすぎて苦しい。
今まで不安だった。ただ横にいられるだけでよかった。そう思い込んでいた。
目の前から消えてなくなるくらいなら、見えないほうがいい。そう自分の気持ちに蓋をしていた。その小さく丸まっている自分自身を心の奥からそっと連れ出した。
名前を呼びたい。
「白狼」
「ん」
鈴音が呼ぶと、霜月は短く返事をした。心に温かなものが流れ込んでくる。
もう隠さなくてもいい。
そのことが苦しかった気持ちを慰めてくれる。
すると手に感触があった。鈴音は視線を落とすと、霜月の手が握り返してきた。
今はただ気の向くままに⋯⋯。
鈴音は心からの笑顔を霜月に向ける。
「白狼」
「ん」
「白狼」
「ん」
鈴音が呼ぶと霜月が返事をする。
ただそれだけのことが、飛び上がるほど嬉しく感じる。
「白狼、白狼っ!」
鈴音は嬉しさに気持ちを抑えられない。
すると霜月は頬を紅潮させながら、少し困ったような顔をする。
「そんなに呼ばれたら困っちゃうよ?」
鈴音は霜月が照れていることに気が付いた。大好きな人の愛らしい姿に胸が鷲掴みされた気分だ。
「だって目の前にいるんだから呼びたいじゃない」
すると急に霜月は真剣な顔つきになる。
「鈴音、今までもこれからもずっと誰よりも愛おしい⋯⋯」
「白狼、私も大好きよ⋯⋯」
霜月の大きな手に華奢な鈴音の腕を引かれた。そのまま抗うことなく、ゆっくりと、ゆっくりと近づいていく。
鈴音は霜月に自分の顔を寄せていく。すると霜月の温かで大きな手は鈴音の顔を愛おしそうに包んだ。
二人の鼻がそっと触れ合う。お互いにまぶたを閉じると柔らかな唇が触れ合った。
鈴音の心は爆発しそうになった。頭は何も考えられない。霜月の唇がすっと引いた。それと入れ違いにおでこをくっつけて下から鈴音の目を覗いてくる。
「もう1回」
鈴音は考える前にもう一度、口づけをした。温かで甘美な時間。霜月の瞳を見たくて、唇を離すと鈴音は覗き込んだ。
霜月は鈴音の手を取り、手の甲にそっと口づけをした。
それはまるで楓に話した大好きな恋の物語の主人公のよう。鈴音は頬に熱を感じた。こちらを見た霜月は楽しそうに笑っている。
「ふふ、今、赤くなるの?」
今までこんなことはなかった。手を上げられることは何度もあったが、その逆はなかった。それが現実になっているとは、鈴音の頭では理解しがたい。
それでも鈴音は、拗ねた子どものように口を尖らせながら、霜月に伝える。
「だってあなたにすごく大事にされているように感じて⋯⋯」
「大事にされているようでじゃなくて、大事なんだよ。誰よりも⋯⋯」
鈴音の頬に添えた左手と反対側に、霜月の柔らかな唇が触れる。
「一番大事だ」
鈴音の目を覗き込んだ霜月は少年のような顔をしていた。
「鈴音、もっとしていい?」
「うん」
鈴音が頷くと霜月は唇を重ねると──。
霜月の舌が鈴音の口をこじ開けた。優しく舌の端をなぞる霜月の舌に、
「ぁ⋯⋯!」
鈴音は思わず声を上げる。鈴音は頭が真っ白になった。恥ずかしいけど心地よい。
霜月は唇を離すと鈴音を抱きしめた。 鈴音は霜月の胸の鼓動が速いことに気がついた。霜月は鈴音の顔を覗き込むと照れながら笑った。
「好きな人が目の前にいるんだもん。俺だってドキドキしてるんだよ?」
鈴音はその言葉を頭の中で何度も反芻させながら、幸せを噛み締めた。
「好きな人が目の前にいるんだもん。俺だってドキドキしてるんだよ?」
そう言った後、霜月は鈴音の胸に顔を埋めた。
(わー!!!)
鈴音は混乱した。
しどろもどろに声をあげる。
「はっ白狼? まだ傷がくっついてもいないのに⋯⋯」
鈴音は顔を真っ赤にしながら霜月を見ると霜月は気を失っていた。鈴音はよく考えたら霜月の顔がすごく熱いのに気がついた。そっと横に寝かせると息を苦しそうにしながら汗をかいている。鈴音は水で濡らした布を霜月のおでこに乗せた。
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締まらない最終回でした(^_^;)
お話の中で大きな伏線となっていた霜月と鄧骨の闘いは『暗殺の瞬』の
ep.94-5第47話 霜月と鄧骨の闘いのあと(前編)(後編)を読んでいだければと思います。ガチンコバトルをしております。
それから闘いのあとに二人は再会しますが、それについては【一心と瞬の対決】の章をお読みください。
また橙次について、気になる方がいらっしゃいましたら、
ep.130第60-5話(番外編) 橙次の独白をお読みいただけると、橙次の謎が明らかになります。
恋愛編としてはここが最高潮ですので、最終回もいたしました。
ここまでお読みいただき本当にありがとうございました!




