【番外編】 氷鬼と呼ばれる男
鈴音は霜月が目を覚ましてから、何度も霜月の病室を訪れた。
もちろん往診だ。
治療・治癒室に鈴音は戻ると往診記録を確認している。それをしたり顔で楓は見ていたのだ。
鈴音は楓の視線に気がついた。楓からの視線に鈴音は頬を少し赤くさせる。
「楓、なんでそんなに見てくるの?」
「ふふっ、最近の鈴音は幸せそうだなって思って」
「⋯⋯ありがとう。今が一番幸せよ!」
しかしそんな日々も長くは続かなかった。
■
鈴音が霜月の往診に行こうとすると、もう往診済みになっていたのだ。
「あれっ白狼の往診はもう終わっているのね⋯⋯」
その日から霜月には、避けられるように往診から外されてしまったのだ。
最近、香風のところへ来たみさきが霜月の担当になったようなのだ。みさきも鈴音のことを気にしているみたいで声をかけてきた。
「鈴音さん、すみません。私が最近ずっと霜月さんの往診に行っていて」
「いや、いいのよ。⋯⋯白狼が望んでいるならそれでいいの⋯⋯」
その言葉とは裏腹に悲しさを抱え始めたのだ。みさきは同情するかのような顔をした後、霜月の往診に行ってしまった。
(何よ、白狼は釣った魚には餌をあげないタイプなのかしら。私は白狼にもっと会いたいのに⋯⋯)
鈴音は机におでこをつけた。そうしていると頭の上から声をかけられた。
「あら、鈴音ちゃん大丈夫かしら? どこか痛いの?」
顔を上げると香風が心配そうに鈴音を見ていた。鈴音は慌てて空元気をみせた。
「そんなことないですよ。元気です!」
「そうなの。それは良かったわ。今日はもう霜月さんの往診に行ったのかしら? それが終わったら頼みたいことがあるんだけど」
「えっ? 白狼の往診はみさきに変わったんじゃないんですか?」
「そんなことないわよ。まさかあの子嘘ついて霜月さんの往診に行っているのかしら⋯⋯」
鈴音が口を開いた時、部屋の外がざわざわとうるさくなった。
■
霜月の病室ではみさきが往診している。その様子を見て霜月は、にこりとみさきに声をかけた。
「最近よく来てくれるね。鈴音は忙しいのかな?」
「ふふ、嬉しいです。鈴音さんの仕事は前とあまり変わっていません。⋯⋯ただ最近鈴音さん、浮かないような顔をしていて、ここにはあまり来たくないようで⋯⋯」
「⋯⋯そうなんだ」
「あっ大丈夫ですよ! 私はここに来るのはすごく嬉しいので」
みさきは頬を赤らめながら霜月を見ている。霜月はみさきの視線に気がつくとにこりとした。
「そうか。君は僕が八傑なのを知ってる?」
「もちろんです! 十代で八傑になられた実力派ですもんね」
「そうなんだよ。八傑は実力がある。だから往診の相手も指名できるんだよ」
霜月はみさきに顔をぐいっと近づけた。みさきは頬をさらに高揚させている。
「あっあの霜月さん、私⋯⋯」
「⋯⋯だから僕は嘘をつかれるのが大嫌いなんだ。⋯⋯往診には二度と来るな」
霜月は背すじも凍りそうな冷たい視線をみさきに向けると、立ち上がって部屋を出て行った。
その足で霜月は治療・治癒室に向かった。部屋につくと鈴音と香風が話しているのか見えた。
そして治療・治癒室の全員が聞こえるような大きな声で霜月はこう尋ねた。
「ねぇ、僕の往診から鈴音を外したの誰だ?」
皆、霜月の方を見て緊張が走った。それは水を打ったような静けさだった。
鈴音はそれを聞いて立ち上がる。
(白狼がすごく怒っているわ)
「この際だから正式な抗議を出そうか? 僕の往診は鈴音だけだ。鈴音が忙しくもないなら往診に変な女を寄越すな!」
霜月はそう言いながら鈴音に近づいていく。鈴音は慌てて口を開いたが、霜月の方が早かった。
「鈴音は僕の往診に来ない悪い子になっちゃったのかい?」
「そんなことないわ! 私だって往診に行きたかったもの」
「⋯⋯むぐっ」
霜月はひと目も気にせず鈴音を抱きしめると唇を重ねた。鈴音は何か起きているのかさっぱり分からずに顔を赤くした。
それを見た香風がこうつぶやいた。
「まぁ、霜月さんたら情熱的⋯⋯」
霜月は鈴音から顔を離すと香風の方を見た。
「これからも鈴音を僕の往診につけてくれますよね?」
「霜月さん、もちろんです。この度はこちらに不手際があったようで、誠に申し訳ありませんでした」
香風は大きく頭を下げた。それを見て霜月はにこりとする。
「いえ、香風さんのせいではないと思っていたので、大丈夫ですよ。ただ、鈴音を含め何かあった場合はいつでも僕に言って下さい。牽制であろうと、僕は手段を問いません」
「ふふっ、頼もしい限りです」
さすがは八傑の長月の伴侶である。霜月の物々しい雰囲気に当てられた直後というのに、笑顔で対応する香風。それを見た他の者は、絶対、敵にまわさないようにしようと固く決意したのだった。
霜月は鈴音に視線を戻すと鈴音のおでこに自分のおでこをつけた。
「鈴音、毎日往診に来てね?」
「もちろんよ。でもこんなことされたら私、心臓が持たないわ⋯⋯」
「どうして?」
「だってドキドキしちゃって⋯⋯」
「そんな可愛い顔しないで、止められなくなっちゃうよ」
この日から霜月は治療・治癒室の要注意人物とされた。鈴音以外をつけたら恐ろしいことになると皆は心に刻みつけたのだった。
【おまけの後日談】
橙次が変な顔をしながら霜月に近づいてきた。
「おい、お前治療・治癒室で何やらかしたんだ?」
「えっ何変な顔してるの? 僕は何もやってないよ」
「そんなことないだろ。治療・治癒室で暴れ回ったあげくに“鈴音に手を出したら覚悟しておけ”って鬼の形相で言って帰ってったんだろ?」
霜月は事実とあまりに違いすぎて固まってしまった。
「⋯⋯事実と違いすぎるよ⋯⋯。まぁいいか、牽制になるだろうし」
「お前、そういうところ潔いよな。おかげでお前のファンクラブはなくなったけど、氷鬼ってあだ名がついて違うファンクラブが出来てたぞ」
「⋯⋯⋯⋯橙次、それ詳しく教えて?」
その時、橙次は霜月が鬼の形相をしているのをしっかりと見ていた。




