第13話好きだから、想いを伝えないと決めた
【登場人物】
鈴音→主人公の背の高い可愛らしい女の子
楓→鈴音の同僚。スタイル抜群。
霜月→影屋敷の影武者候補の少年。橙次と仲が良い。中性的な美少年。
橙次→影屋敷の影武者候補の少年。霜月と仲が良い。背の高いがっしりしたイケメン。
香風→鈴音の大先輩。おっとりしている。
長月豪→香風の夫
瑛真は一度席を外していたが、新しいお茶を持って戻ってきた。
「よかったら、おかわりどうぞ」
「ありがとう。……二人とも、傷のこと聞かないのね?」
諒も瑛真も、静かに頷いた。
誰にも話さないつもりだったのに――鈴音の気持ちは変わった。
「あはは、君たち優しいね。これはね……」
話し始めた瞬間、胸がぎゅっと締めつけられる。
とっさに右手を胸に当てる。
(だめ……)
これでは、余計に心配させてしまう。
視線が揺れる。
すると、二人がそっと手を握った。
諒は一瞬瑛真を見てから、静かに言う。
「無理して話さなくていいよ。鈴音さんの辛い顔、見たくない」
その言葉に、胸が少し軽くなる。
「……じゃあ、話せるところだけ。霜月のことだけね」
温かな手に背中を押されるように、言葉を選ぶ。
「私と霜月は、同じくらいの時期に影屋敷に入ったの。八年くらい前かな。まだ右も左も分からない新米で……」
ふっと、懐かしさがこぼれる。
「初めて会ったとき、彼、泥だらけでね。私が持っていた布を渡したの」
少し笑う。
「洗って返すって言うから、その代わりにお互いの情報を共有することになって……それがきっかけで話すようになったの」
その頃の光景が、はっきりと浮かぶ。
鈴音は一瞬、口元が緩んだことに気づき、軽く咳払いをして話を戻した。
「それで、この傷なんだけど……」
できるだけ感情を抑えて続ける。
「霜月が縫ってくれたの。近くに適任者がいなかったみたいで。初めてだったみたいだけど、ちゃんと縫えてたって」
小さく笑う。
「今はもう塞がってるんだけど……さっきみたいに急に痛むと、怖くなってしまうの。体が勝手に震えちゃって……」
少しだけ目を伏せる。
「……半年以上経つのにね。あっ、霜月には内緒よ?」
話し終えると、静かな安堵が広がった。
諒が口を開く。
「お節介かもしれないけど、霜月さんは鈴音さんのこと、大事に思ってるよ」
「ありがとう。……私は大丈夫」
そう言いながらも、背中の違和感とともに鄧骨の顔がちらつく。
二人は手を握り直す。
鈴音はその温もりに、顔を上げた。
何度振り払っても浮かぶ恐怖。
それでも、言い聞かせる。
「ありがとう。大丈夫……大丈夫」
トントントン。
扉が叩かれる。
振り返ると、霜月が立っていた。
(こんな弱い自分……見られたくない)
諒と瑛真は、そっと手を離した。
鈴音は少し上の空だった。
「霜月さんの思ってるようなことは起きてないから」
「僕の思ってることが分かるんだ? 諒はすごいね。どんなことか教えてくれるかな?」
「言ったら後悔すると思うけど、一言一句説明しようか?」
鈴音は我に返る。
(えっ、ケンカ?)
瑛真がこっそり耳打ちする。
「これ、いつものことなんで安心してください」
「ふふ……霜月、橙次さん以外にも心許してる相手いるのね」
霜月がちらりと瑛真を見る。
「鈴音と、楽しそうな話をしていたのかな?」
諒はあっかんべーをする。瑛真も真似する。
「気になるなら直接聞けばいいじゃん。じゃあね!」
諒と瑛真はそのまま去っていった。
鈴音は霜月と二人きりになる。
途端に、空気が変わる。
鈴音は思わず髪に触れた。
「……座ってもいいか?」
「うん」
沈黙。
重くはない。
でも、逃げ場のない沈黙。
そのとき。
ふいに手に温もりが触れる。
霜月の手だった。
(……また私の手、震えてたのね)
「……大丈夫よ。古傷が疼いただけ。本当にそれだけ」
強がる。
霜月は一呼吸置いて、まっすぐ言った。
「鄧骨は、俺が必ず仕留める」
その言葉が、胸の奥まで届く。
「……うん、ありがとう」
それ以上は言えなかった。
部屋を出た瞬間、感情があふれた。
息が苦しい。
気づけば走っていた。
外へ出て、洗濯干し場まで来てしまう。
「あれ……楓いない……まあ、いいか」
「おい、鈴音」
その声の主は橙次だった。
顔を見られた瞬間、限界を超えた。
涙がこぼれる。
「またひどい顔してるって言う気でしょ?」
「バレたか」
その軽さに、安心してしまう。
堰を切ったように、涙があふれた。
「……橙次さん、私……好きみたい」
「はぁっ!?」
「霜月が好きなの。どうしようもなく」
止まらない。
「それでね……決めたの」
顔を上げる。
「伝えない」
「はっ? ……逆じゃないのか?」
「いいの。そばにいられれば、それでいい」
声が震える。
手も震える。
それでも言い切る。
橙次は少しだけ黙ってから言った。
「それがお前の答えなんだろ」
否定しない。
ただ受け止める。
「……ありがとう」
鈴音は小さく笑った。
少しだけ、心が軽くなった気がした。




