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【書籍化】燃費が悪い聖女ですが、公爵様に拾われて幸せです!(ごはん的に♪)  作者: 狭山ひびき
燃費悪聖女、婚約解消のピンチです!?

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カンナベル枢機卿からの相談 5

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「生前退位、ですか……、またそれは……」


 リヒャルト様が何に驚いているのかよくわからないでいたら、わたしの視線に気づいてか、カンナベル枢機卿が苦笑した。


「神殿にいた時に説明したと思うんだけどねえ」


 そう困ったように前置きして、カンナベル枢機卿が「教皇猊下」について教えてくれる。

 神殿――正確には、教皇庁というのだそうだけど、そこは、教皇を頂点として、権力がピラミッドのような形になっている。


 教皇は一人。その下に現在八十二人の枢機卿がいて、大司教、司教、司祭と続く。

 枢機卿の中にもいろいろあるらしい。カンナベル枢機卿のように大聖堂でお仕事をしている枢機卿もいたら、各地に散らばっている枢機卿もいる。


 枢機卿には司教枢機卿、司祭枢機卿、助祭枢機卿というのがあって、司教枢機卿が一番偉い。カンナベル枢機卿は司教枢機卿で、司教枢機卿は六人しかいない。

 司教枢機卿は全員大聖堂でお仕事をしていて、主に教皇の補佐をしている。


 なんかこの辺の構造は聞いてもすぐに忘れそうだね。もう頭の中が混乱しているよ。というか、たぶん、神殿で生活するようになった時に説明されている気もする。覚えてないけど。


 で、カンナベル枢機卿がいう「生前退位」だけど、これはとっても珍しいことらしい。

 というのも、教皇という地位は終身制で、一度就いたら死ぬまで教皇であり続けるのが基本なんだって。

 病気や怪我でお仕事ができない状況で、特例として生前退位をした教皇様はいるみたいだけど、そうでなければ途中で代わることはない。


 それに、今の教皇様は権力が大好きな方みたいだから、自分から退位するなんて言い出すのもおかしい。

 リヒャルト様も怪訝そうな顔をしているし、何かとんでもなくおかしな事態になっているのは理解できた。


「教皇庁内部は、今、どのような状況なのでしょう?」


 教皇庁はアルムガルド国にありながら、ある意味独立した集団だ。

 一応、国王陛下の下に教皇猊下がいるという構造を取っているけど、聖女を抱えた神殿の権力は絶大で、国は聖職者を政治に参加させない代わりに彼らの独立性を認めている。つまり、教皇庁の運営に国は口出しできない。

 そのため、公爵様で王弟殿下という高い地位にありながら、リヒャルト様でも教皇庁の内部の状況について情報を仕入れるのは至難の業なのだそうだ。


 ……なんか、国の中に、もう一つのちっちゃな国があるみたい。変なの~。


 これらについても、わたしが神殿に引き取られた時に説明があったみたいだけど、興味がないことはすぐに忘れる特技を持つわたしは、今日まできれいさっぱり忘れていた。そしてたぶん明日になったらまた忘れそう。


「それについては、まず、聖女のストライキにからご説明した方がよさそうですね。今回のこのごたごたも、それが大きく関係しているのですよ」


 カンナベル枢機卿はわたしをちらりと見て、困ったような、それでいてちょっとおかしそうな、そんな顔で笑った。


「聖女たちのストライキについては陛下も頭を抱えていました。私としても詳細を教えていただけるのでしたら助かります」

「そうでしょうね。ご迷惑をおかけして申し訳ありません。ただ、状況が状況ですので、直接お詫びに伺えないことを教皇猊下に代わり謝罪申し上げます」

「それはいいのですけど……、あの、改めてお伺いしますが、このような状況で、私に事情を伝えて大丈夫なものでしょうか。カンナベル枢機卿のお立場は……」

「構いませんよ。というより、閣下とスカーレットにはお伝えしておいた方がいいと思うのです。聖女たちのストライキには、スカーレットも関わるので」

「え⁉」


 寝耳に水とはこのことだよ。

 わたしが関係あるってどういうこと? 

 聖女仲間たちは一体何が原因でストライキしているの?


 リヒャルト様も、なんかちょっと嫌そうな顔になった。

 まるでわたしが何かしでかしたみたいな顔だ。わたし、何もしてないのに!


 ……わたし、聖女仲間たちはてっきり「結婚させろ!」とか「出会いがない!」とかで怒っているんだと思ってたよ。


「簡単に説明するとだね、スカーレット。聖女たちは、スカーレットの命が狙われたことについて怒っているんだよ」

「え?」


 カンナベル枢機卿によると、わたしは、カンナベル枢機卿の後任の神殿長――もうやめさせられたから前神殿長になるんだけど、その人に命を狙われていた。

 わたしはなんか規格外の聖女らしくて、その聖女を神殿から追い出したことで前神殿長は責任を追及されるのを恐れて、わたしの規格外さが露見する前に始末してしまおうと考えたんだって。

 一部の、リヒャルト様を王にしたい貴族たちも巻き込んでの騒動になったから、わたしもちらりとは聞いていたけど、その件は全部解決したんだと思ってた。


「ええっと、聖女たちがわたしが命を狙われたことについて怒ってるって言っても、もう何か月も前に片付いた問題なんじゃないですか?」

「そうだね。問題は片付いた。でも、聖女たちは納得していなかったんだよ、スカーレット。聖女たちの要望は、教皇猊下の退位だ。スカーレットを狙った前神殿長は今の教皇猊下の派閥だからね。前神殿長の行いを通して、聖女たちの怒りが教皇猊下に向いている」


 ……そ、そんなことになっていたなんて、びっくりです!


「もともと、聖女たちはスカーレットを神殿から追い出したことについてかなり怒っていたからね。私の元にも怒りの手紙が何通も送られてきた。その上、さらにスカーレットの命まで狙ったとあっては、聖女たちも堪忍袋の緒が切れたんだろうねえ」

「……そういうことですか。なかなかストライキが収まらないから、何か大きな問題があるのだとは思っていましたが」


 リヒャルト様が額を抑えて呻く。

 そ、そうだよね。まさか教皇様の退位を迫っているなんて、それは簡単に片付かないわけだよ。

 聖女たちは教会で保護されているけれど、国が「保護対象」としている聖女たちには、教皇様と言えど強くは出られない。


 というか、今の神殿の大きな権力は聖女たちが築き上げたものだ。

 聖女が全員そっぽを向いたら、神殿も立ち行かなくなる。

 教皇様も枢機卿以下の聖職者の皆様も、何とかして聖女たちの怒りを鎮めようと、あの手この手で頑張ったらしい。


 だけど、聖女たちはどうあっても教皇様の退位を望む。

 退位しなければ働かない。それどころか聖女をやめるとまで言い出しているそうだ。

 今の教皇庁では教皇様の派閥が一番大きいから、教皇様を退位させるのは並大抵のことではない。

 だけど聖女たちは、教皇様の退位と、それから次期教皇様には今の教皇様の派閥以外の人間がつくことを求めていると言うから、教皇庁はてんやわんやの大騒ぎなんだって。


 教皇様が退位しても、教皇選挙は教皇庁内の枢機卿たちで行われる。

 枢機卿の中から、選挙を経て次の教皇様が選ばれるんだけど、そこから教皇様の派閥の人間を除外しろと言うのはかなり厳しい問題だ。

 選挙は公正に、枢機卿たちの意思以外が反映されてはならないとされているのに、そこに聖女の希望が反映されるのもおかしなものなのである。


 だが、教皇選挙で教皇様の派閥の人が上がったら、聖女たちはストライキをやめない可能性が高い。

 だから、教皇様が辞任するだけで丸く収まる問題でもなく、カンナベル枢機卿も頭を抱えているらしい。


 ……聖女仲間たちも、またとんでもない要望を上げるね。


 わたしには難しい話だけど、ここで聖女たちの要望をあっさり通すのもまた問題なんだって。

 一度前例を作ると、聖女たちは自分の希望を通すためにまたストライキを起こすかもしれない。

 そうなると、教皇様を頂点としたピラミッド構造が変化して、聖女たちが教皇様の上に立つような構造になってしまう。

 それは絶対に避けたいけれど、だからと言って、聖女たちにもストライキをやめてもらいたい。

 ゆえに、なんとか落としどころを見つけたいのだそうだ。


「ご心労、察するに余りありますね……」

「いやはや、私はまだいいのですけどね、猊下の派閥の枢機卿たちは大騒ぎですよ。かといって、派閥を簡単に変更することはできませんからね。猊下は猊下で、何とか退位を避けようと画策なさっていますが……おそらく無理かと」

「猊下の退位はほぼ決定ということですね。では落としどころは……」

「なんとか、聖女たちが猊下の退位までで納得してくれないかと、交渉中です」

「でも、交渉は難航している、と」

「ええ……」


 なんか、リヒャルト様とカンナベル枢機卿の二人だけでわかりあっているね。

 わたしにはさっぱりわからなくなってきたから……そうだ、ケーキを食べよう!


 話を聞くのに集中していて、ケーキはまだ二口しか食べてない。

 わたしは食べかけていたレモンのチーズタルトを口に運ぶ。

 チーズクリームふわふわ! レモンの香りと程よい酸味が爽やかで、大変美味しい! 何個でも食べられる美味しさだ。


 わたしがケーキに舌鼓を打っていると、いつの間にか二人の視線がわたしに向いていた。


 ……まずい。ケーキに夢中で話を聞いていなかったことがばれた⁉


 ここは急いで聞いていたふりを……。


「スカーレット、わかったような顔で頷かなくてもいいよ」


 聞いていたふり失敗!

 リヒャルト様に看破されて、わたしはフォークを口に入れたままうぐぅと唸る。


「スカーレットが途中で話に飽きるのはいつものことだからねえ。興味があることはきちんと聞くんだけどねえ」


 うぅ、カンナベル枢機卿まで……。

 でも、一点だけ修正させてください。わたしは話に飽きるんじゃなくて、聞いてもよくわからないから諦めるだけですよ。決して面倒くさくなって話を聞くのをやめようなんて思ってません! ちょっとしか!


「スカーレット、カンナベル枢機卿は君に助けを求めていらっしゃったんだよ」

「むぐ?」

「とりあえず、フォークを口から出そうか」


 おっと、フォークをくわえたままでしたね。

 わたしはフォークを口から出して、ついつい癖でケーキにぶすりと突き立てる。

 そのままケーキを口に運ぼうとして、はた、と首をひねった。


 ……あれ? カンナベル枢機卿がわたしに助けを求めているって言った?


 聞き間違いだろうか。

 わたしよりずっと賢い、そして昔からわたしがご迷惑ばかりかけてきたカンナベル枢機卿が?


 ……わたし、意見を求められても、さっきのお話ですらついていけなかったのに?


 いったい何を助けてほしいんだろうかと不安に思っていると、カンナベル枢機卿が笑う。


「スカーレット、そんなに警戒しなくても、難しいことは言わないよ」

「お薬作りですか!」

「難しくないことイコール薬作りになるスカーレットはある意味すごいね」


 え、だって、わたしができることって他に思いつかないし……。


「スカーレットの薬は、いよいよ困った時にお願いすることもあるかもしれないけど、今回は違うんだよ。さっきの話を……あー、聞いていないかもしれないけどね。聖女たちはスカーレットを危険な目に遭わせたとして怒っているんだ。だからね、スカーレットから、その、大丈夫だからストライキをやめるように言ってほしいんだよ。命を狙われたスカーレットにこういうことを頼むのも心苦しいんだけどね、このままだと、聖女の助けを必要としている人がとても困るからね」


 なるほど、それならわたしにもできそうだね!

 問題はわたしの説得に聖女仲間が応じるかどうかだけど。


「もちろん、聖女たちの代表に会う時は私も同行しよう。その上で、落としどころをね、決めたいんだよ。彼女たちの要望を全部飲むのは難しいからね」


 んーっと、それならわたしがついて行かなくても、カンナベル枢機卿だけで何とかなりそうなのにね。

 だって、カンナベル枢機卿が神殿長だった時は前神殿長のときよりずっと楽しかったし、聖女仲間もカンナベル枢機卿と仲良しだったし。

 でも、カンナベル枢機卿にはとってもお世話になったから、そんなことでいいならお役に立ちたい。


「リヒャルト様、いいですか?」

「構わないよ。ただし、私も同行するのが条件だが……構いませんか?」

「本来であれば、教皇庁の問題に王族や貴族の方が関わるのは何かと問題になるのですが、そのあたりは、閣下がスカーレットの婚約者であることを盾に私の方が押し切っておきますよ」

「助かります。……目を離すと、気づいたら行き倒れていそうで心配で」

「そのお気持ちはわかりますよ」


 ぐぅ、否定できない自分が悲しい。

 現に、リヒャルト様に拾われたのも、お腹がすいて動けなくなっていたからだもんね。


「スカーレットもありがとう。日程の調整もあるからすぐとはいかないが、できるだけ早く調整をつけて連絡するよ。……それから閣下、教皇猊下の生前退位の可能性については、どうかご内密にお願いいたします」

「ええ、わかっています。さすがに公にすれば大騒ぎになりそうですからね」

「はい。正式に退位なさる方向で決まれば、こちらが時期を見て発表いたします」


 カンナベル枢機卿は、そこで一息ついて、口をつけていなかったケーキを口に運んだ。


「これは美味しいねえ、スカーレット」

「そうでしょう? そのクリームにはヨーグルトが混ぜられているんですよ!」


 ケーキ屋さんで効いた情報を披露すると、カンナベル枢機卿はくすくす笑う。

 カンナベル枢機卿と笑いあっていると、リヒャルト様が紅茶で喉を潤してから、声のトーンを落として「もう一ついいですか」と訊ねる。


「なんですかな?」

「教皇猊下が退位なさって教皇選挙が行われる場合……、カンナベル枢機卿が教皇猊下になられる可能性はいかほどでしょう。候補には上がっていらっしゃいますよね」


 カンナベル枢機卿は、髭にクリームがつかないように慎重にケーキを口に運びながら、少し悩んだ末に、「秘密ですよ」と前置きして口を開く。


「猊下の派閥の勢いが抑えられればですが……そうなれば、おそらく」


 リヒャルト様はふっと笑って、小声で「そうなることを祈っております」と答えた。


 ……ふむ。なんのことだろう?






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