これは里帰りっていうやつですね! 4
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「あんたが元気なのはわかったけど、いきなりどうしたの」
アデーレが、唖然とした顔でわたしに訊ねて来る。
……うん? 何か間違えた?
確か、カンナベル枢機卿のお願いでは、わたしが元気だってことを伝えてストライキをやめるように説得する予定――だったような、違ったような?
カンナベル枢機卿のお話では、アデーレたちはわたしが命を狙われたから怒っているんだよね?
わたしの命を狙ったのが、「燃費が悪い」ってわたしを神殿から追い出した前神殿長で、その前神殿長は教皇様と派閥が一緒。
もっと言えば、教皇様の口利きで中央神殿の神殿長――カンナベル枢機卿の後釜に座ることができた。
リヒャルト様が前神殿長と協力者たちを徹底的に糾弾して潰したけど、今回の件は前神殿長が失脚を恐れて画策したことで、教皇様は知らなかった。
だけど、聖女仲間はそんなことは関係ない。派閥のトップが知らないではすまされないと言って、責任を取れと迫っている。
これが、ストライキが起こっている真相だ。
だから、わたしはもう大丈夫で、どこも怪我をしていなくて、元気だって伝えて、ストライキをやめてもらおうという作戦だった……はず。たぶん。
落としどころがどうとか言っていたけど、このあたりの難しい問題はカンナベル枢機卿が何とかするんだろうし、わたしの役目はとにかくアデーレたちを説得することである。
「アデーレ、わたし、元気ですよ。リヒャルト様も守ってくださるし、誰も、わたしの命なんて狙ってないので、ストライキ、やめましょう!」
「なるほど、そう言えって言われたのね」
「え? ちちち違いますよ! アデーレを説得する役に任命されましたけど、わたし、元気じゃなかったら元気じゃないって言います!」
「別にそこを疑っているわけじゃないわよ」
「ほらほら、スカーレットが口を挟むとややこしくなるから、こっちでわたしたちとお菓子を食べましょうね。美味しいわね、このクッキー」
ザスキアに、はいってクッキーを渡されてわたしは反射的に受け取って口に入れた。
もぐもぐもぐもぐ……って、そうじゃなーい!
任務! 任務を遂行しなくては! 少し前のケーキ選びの任務は失敗したけど、今回は食べ物を選ぶわけじゃないから失敗しないはずです。きっと!
「アデーレ、アデーレ! アデーレたちの要望を全部飲むのは、とっても難しいんだそうですよ! わたしも元気だし、もういいんじゃないですか? 王都では聖女のお薬がもっと高くなって、手に入りにくくなって、みんながとっても大変そうです」
「スカーレット、あんたは知らないでしょうけど、薬はまだ中央神殿の倉庫の中に大量にあるわよ。ただ単に、神殿の連中が出し渋っているだけよ。教皇猊下の指示でね!」
「え?」
そうなの?
「どうせ、このストライキを利用して値段を吊り上げて大儲けするつもりなのよ。もっと言えば、ストライキをやめたところで吊り上げた値段を戻すとも思えないわ。あいつらは根っこから腐っているのよ。そしてわたしたちも、道具みたいな扱いをされるのはもうたくさん。あんたが狙われたことで目が覚めたの。あいつらは、聖女様聖女様とわたしたちを敬っているふりをしておいて、その聖女であるあんたをあっさりここから追い出して命まで狙ったのよ」
……あぅ、思っていた以上にアデーレが怒っていますよ……。
そして、聖女の薬の在庫がまだまだあったなんてびっくりです。
カンナベル枢機卿を見ると、カンナベル枢機卿も知らなかったのか目を丸くしている。
この様子だと、教皇猊下が自分の派閥の人間たちを使ってこそこそと画策していたようですね。
リヒャルト様も難しい顔で眉を寄せちゃった。
「そのあたりの話が詳しく知りたい。もしそれが本当ならば大問題だ。……カンナベル枢機卿もご存じなかったんですよね」
「え、ええ……。だけど、アデーレ、確か聖女の薬が少なくなったと中央神殿から報告が来たとき、大聖堂の人間が状況確認に出向いたはずだよ。確かに数は少なかったと聞いたけどねえ……」
「カンナベル様が神殿長ではなくなった後に、隠し倉庫が作られたんですよ。薬の在庫はほとんどそちらに移動されています。……ほかの神殿が全部同じかどうかは知りませんけど、同じように隠し倉庫が作られているところはあるんじゃないですか?」
「そんなことが……」
こ、これは想定外の事態と言うやつですね。
アデーレたちの怒りも想定以上に激しいようだし、わたしが元気だって言っても、矛を収めてくれないかもしれませんよ。どうしよう……。
「教皇が変わったところで、同じ派閥の人間が上に立てば結局同じことになる。だから派閥ごと権力の上層部から遠ざけたいんです。スカーレットのことに怒ったのも本当ですし、今も腹が立っていますけどね……わたしたちはお人形じゃない。考えることは考えています。これは、聖女の地位を守る戦いです」
うぅ、話がちょっと難しいけど、ここまでの話を聞く限り、アデーレたちが間違っているとも言えなくなってきましたよ。
でも、このままにしておけば大勢の人が困るわけで……。
早くも任務失敗の予感しかしなくて、わたしは助けを求めてリヒャルト様を見る。
リヒャルト様は悩むように視線を落として、それからわたしに向かって小さく微笑んでくれた。
……あ、大丈夫そう。
リヒャルト様が笑ってくれると、それだけで大丈夫な気がする。
わたしはホッとして、フロランタンに手を伸ばした。あとはもう、わたしの出番があるまでお任せしよう。出番があるかどうかはわからないけど。
「アデーレ、と言ったかな。君たちの要望について確認がしたい。……そう警戒しなくても、私は神殿関係者ではなく、王族の代表だ。ゆえに神殿内部のことについて決定権はない。ただ意見がもらいたいだけだ」
「アデーレ、リヒャルト様はすごいんですよ! 優しいし賢いし有能だしとってもとってもいい方です! わたし、リヒャルト様と結婚できてしあわ――」
「はいはい、のろけはいいから、あんたはお菓子を食べてなさい。はい、マドレーヌよ~」
「むぐっ」
アデーレに言ったのに、ザスキアに口にお菓子が突っ込まれてしまった。
もちろん食べますけどね。話している途中で口にお菓子を入れるなんて、ひどいですよザスキア!
もぐもぐと口を動かしながら、わたしは心の中でリヒャルト様を応援する。
リヒャルト様なら、絶対に悪いようにはしないもん! アデーレたちのことも考えて、何とかしようとしてくれるはずだからね!
リヒャルト様はちらっとわたしを見て、ほんのり耳を赤く染めると、こほんとひとつ咳ばらいをした。
「君たちの要望だが、まず一つ目が、教皇猊下の退位。二つ目が、次期教皇が、現教皇猊下の派閥以外のものが就任すること。三つ目が先ほどの聖女の地位についてだが、こちらは、今の生活に不満があると考えていいのだろうか。希望があるなら教えてほしい」
「希望と言うほどではありませんわ。ただ、神殿のお金儲けに利用されるのも、適当におだててその実道具のように扱われるのも、うんざりしてきたと言うだけ。だからこそ、今の教皇猊下の派閥の勢いをそぎたいんです」
「現教皇猊下は利益主義だ。そういう意味では、君たちの要望も理解できる。だが、たとえ現教皇の派閥以外の方が次の教皇についたところで、根本的な解決には程遠い。君たちの生活は神殿の中だ。今回別の派閥から教皇が選出されたところで長い目で見ればまた同じことが繰り返されるだろう。違うか?」
「……違わないでしょうね。でも、前例を作っておけば――」
「またストライキを起こして聖女の要望を通すことができる? そうなれば、教皇の上に聖女が来ることとなる。現在、聖女は神殿が保護をしているが教皇庁の所属ではない。しかし、教皇庁のあり方に意見し、教皇選挙にまで口出しするようになれば、聖女たちは教皇庁の所属としてみなされるだろう。そして、聖女たちが教皇猊下より権力を持ちはじめたら、今度はどうなるだろうか。祭り上げられ、ちやほやされて、皆が君たちに跪くようになるだろう。今はただ、人々が聖女に求めるのは癒しの力だけだが、君たちが大きな権力を持つと、君たちに求めるものが変わってくるはずだ。教皇は聖女の傀儡となる。君たちはそれを求めているのかな?」
話が難しそうなのでわたしはとりあえずスルーしておくことにしたけど、アデーレたちはリヒャルト様の言うことがわかったみたいで、みんな表情を硬くした。
「権力に口を出すということは、そういうことなんだ。もちろん、君たちの言い分もわかるし、気持ちもわかる。だが、要望すべてを通せば――特に、次の教皇選挙への要望まで通せば、世間は次の教皇が聖女たちの傀儡と見る。一気に君たちの立場が変わるだろう。……そこまでくれば、国としても、聖女の扱いを議論することになって来る。私はそれを避けたい。おそらくだが、権力を持つことで、君たちはより窮屈な世界に身を置くことになるだろうからね」
リヒャルト様はわたしを見て、ラベンダー色の目を柔らかく細める。
「スカーレットにも、そんな窮屈な思いをさせたくない。もちろん、君たち聖女が権力を欲し、教皇庁の頂点に君臨したいと言うのならば話は別だが、聖女全員が教皇庁を支配したいのか?」
「そこまでは、望んでおりません」
アデーレが固い声で答える。
「ならば、君たちの立場が窮屈にならないように、落としどころが必要だ。現状では、恐らく教皇猊下は退位なさるだろう。しかし聖女に迫られたからという形ではなく、他の理由をつけておきたい。そして次期教皇選挙への口出しはやめておいた方がいい。カンナベル枢機卿も、君たちの立場を考えながら落としどころを探っている。その気持ちは汲んで差し上げてほしい」
アデーレたちがカンナベル枢機卿に視線を向ける。
カンナベル枢機卿は困ったような笑みを浮かべていた。
「今、閣下……ここにいらっしゃるリヒャルト・ヴァイアーライヒ公爵様が、聖女たちに神殿以外の居場所を作ろうと動いてくださっている。それが稼働すれば、もう少し状況が変わってくるはずだよ。情報は来ているかな?」
アデーレたちが首を横に振った。
なんと、リヒャルト様が作っている聖女の仕事場について、アデーレたちは知らないらしい。
リヒャルト様とカンナベル枢機卿が顔を見合わせて、互いに肩をすくめる。
「教皇庁が情報規制しているんだろうね。閣下は、聖女たちが神殿以外で働ける場所を作ろうとなさっている。それに伴い、聖女の力について学ぶ場も、神殿のほかに学園内に用意くださるようだよ。聖女は、やはり聖女という立場に縛られてしまうけれど、もう少し自由に生活できるようになるはずだ」
「……詳しくお聞かせいただいても?」
アデーレが表情を緩めて、リヒャルト様に説明を求めた。
頑なに自分たちの意見を曲げないという姿勢だったアデーレたちが、リヒャルト様とカンナベル枢機卿の意見に耳を傾けようとしている。
……やっぱりリヒャルト様はすごい!
難しいことはよくわからないけど、リヒャルト様にお任せすれば全部がうまくいくんだよ。リヒャルト様は優しくて賢くてカッコよくて、とってもすごいでしょう?
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