これは里帰りっていうやつですね! 3
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リヒャルト視点。
「ちょっとスカーレット、元気にしてたの⁉」
中央神殿に入って、カンナベル枢機卿の案内で廊下を進んでいたら、突然、甲高い声がして、あっという間にスカーレットが四人の聖女たちに取り囲まれた。
全員、スカーレットより少し年上だろうか。
聖女たちから口々に質問されたスカーレットが、あわあわしながら全部に答えて回る姿が微笑ましいが……それにしても、聖女たちの勢いがすごい。
リヒャルトの知る聖女は、貴族の令嬢か夫人、それとスカーレットだけだ。
中央神殿に来たことは一度もないし、聖女たちとも会ったことはない。
ゆえに、リヒャルトの知る聖女と、目の前の四人の聖女たちがあまりにも違いすぎて、声をかけることはおろか、近づくのも難しかった。
(なるほど、スカーレットはこの環境で育ったのか。……スカーレットが、たまにぶっ飛んだ発言をする理由がわかった気がする……)
先日であれば、子供は何人ほしいですか、というあの質問だろうか。
まさか公衆の面前で、堂々とそんな質問をされるとは思わなかった。
それもこれも、ここにいる聖女たちの影響と考えるのが正しそうだ。まったく、余計なことを教えてくれる。
イケメンイケメンと騒いでいる聖女たちに、護衛としてついてきている騎士たちも顔が引きつっていた。今回の護衛は未婚の騎士が多い。聖女を娶るのは出世にもつながるので彼らにとってはステータスにもなるだろうが……さすがにこう堂々と男を紹介しろと騒がれると、ひるんでしまうのは仕方がないだろう。
それにしても、会話を聞いていると、ここが外の世界と隔絶された場所だと言うのがよくわかる。
スカーレットの常識のなさはこうして形成されたのかと感慨深くもあった。
この狭い世界で生きていたら、世の中のことに疎くなっても仕方がないだろう。
手土産がどうとか言いだした聖女たちに、ベティーナが困惑しながら応じている。
ベティーナが気を利かせて、食べ物からリボンやブローチなどの小物類まで王都で買い求めていたが、持って来て正解だった。
リヒャルトも、まさかストライキについての話し合いをする場に手土産が必要だとは思わなかった。何故なら仕事の一環と考えていたからだ。ベティーナは慧眼である。
「……出会いから今日まで、全部話してもらうわよ」
「そうよ、来なさい! 今日は寝かせないわ」
「あんたの部屋はそのまま残してあるから、そこに行くわよ」
「え? お部屋、残ってるんですか?」
「ベアタが神殿長……ああ、前神殿長ね。そいつをぶん殴って残させたのよ。あんたがいつ帰って来てもいいように掃除もちゃんとしてるわよ」
スカーレットを構い倒している聖女たちが、そう言ってスカーレットを連行しようとしはじめた。
さすがに慌てて止めに入ろうとするが、声をかけた瞬間にこちらに向いた視線にうっと言葉に詰まる。聖女たちが、まるで、ひな鳥を守ろうとする親鳥のような鋭い視線をしていたからだ。
すると、すかさずカンナベル枢機卿がフォローに入ってくれた。
長らく中央神殿の神殿長を務めていたカンナベル枢機卿は、彼女たちとも既知の間柄だ。聖女たちもカンナベル枢機卿の言葉に渋々頷いていた。
(というか、ベアタという聖女は、前神殿長を殴ったのか。それはすごい……)
そして、今はスカーレットへの暴挙に怒り、ストライキを決行している。スカーレットがどれだけ大切にされて来たのか、彼女たちの様子を少し見ただけでも手に取るようだ。
この様子だと、交渉は簡単には進むまい。
聖女たちがスカーレットを連れて会議室へ向かう。
そのあとをカンナベル枢機卿とともについて行きながら、リヒャルトは改めて神殿の中を見渡した。
廊下も壁も、基本的には無機質な白い壁だ。
絨毯が敷かれていないので、カツンカツンと靴音が響く。
装飾品は少ない。
ところどころ、シンプルな花瓶に数輪の花が生けられているのを見かけるくらいだ。
質素倹約。これだけ見れば、神殿の清貧の精神が見て取れるが、神殿の内情を知っているだけに違和感が大きかった。
(つまるところ、神殿の利益は一部のものたちだけが享受しているということだろうな)
スカーレットも、中央神殿の食事は質素だったと言っていた。お菓子もほとんど口にできなかったし、たまに行商人が持ってくる商品から好きなものを選ぶときが唯一の贅沢だったようだ。
聖女たちで金儲けをしているのに、聖女たちには利益は還元されない。
聖女の力を金儲けに使うのも問題だが――なんというか、理不尽さを感じる。
だからだろうか。聖女たちが教皇の生前退位を望むのは、むしろ歓迎すべきことではないかとすら思えてきた。
とはいえ、ストライキを続けられると困るのも事実なのだが。
「さ、ここの会議室よ」
アデーレという聖女が、会議室の扉を開けてくるりとこちらに向き直る。
スカーレットに見せていた親しみやすい笑顔は消え、その瞳には油断ならない光が見えた。
妥協は一切しない。
そんな強い意志を感じる。
リヒャルトたちが会議室に入ると、中央神殿で働く下働きの人間がお茶を運んで来た。
スカーレットはこちら側なのでリヒャルトの隣に座らせようとしたのだが、聖女たちがいち早く自分たちの間に座らせてしまう。
テーブルを挟んで、何故かスカーレットと向き合う形になってしまって、リヒャルトは頭を抱えたくなった。
これではスカーレットが聖女側のようではないか。聖女たちを説得に来たと言うのに、どうしてこうなった。
そしてスカーレットはスカーレットで、呑気にお菓子が詰まったバスケットを開いて、聖女仲間たちにお勧めと言ってお菓子を配りはじめている。
(まさかここに来た目的を忘れてはいないだろうな……)
リヒャルトは不安になって来た。
何と言ってもスカーレットだ。いつ、うっかりが発動するかわからなかった。隣にいたら指摘もできたが、聖女たちに囲まれていたら下手なことは言えない。
ベティーナに目配せすると、ベティーナがすっとスカーレットの背後に立った。
聖女たちが少しばかりベティーナを気にしたようだが、女性と言うこともあってリヒャルトたちに向けるほど警戒してはいないようである。スカーレットの世話係として認識されているのかもしれない。
ひとまず、ベティーナがスカーレットの側にいるだけ良しとしよう。
もぐもぐと、さっそくお菓子を食べはじめたスカーレットは楽しそうににこにこ笑っている。
(久しぶりに聖女仲間に会えて嬉しいんだろうが、君はここでも平常運転なんだな)
どこにいても、どんな場合でも、スカーレットはスカーレットらしい。リヒャルトはちょっとだけおかしくなったが、会議室でお菓子を食べて終わりました、という状況だけは避けたい。
「それで、ストライキについての話し合いと訊きましたけど、教皇猊下の退位と、次期教皇をどうするか決まったんですか?」
アデーレが代表してカンナベル枢機卿に訊ねた。
カンナベル枢機卿は好々爺然とした微笑みをたたえて、アデーレに答える。
「そのことだけどね。まだ決定はしていないけど、恐らく、教皇猊下は退位なさることになるだろう」
「推測とか可能性とかのお話には応じないと言ったと思いますけど」
「うーん、そうなんだけどね、猊下の退位というのは簡単じゃないんだよ。今すぐ退位してくださいと言われてすぐに退位できるものでもない。生前退位……しかも、お元気であられるときの生前退位は前例がないからね。どのように進めるのかも手探りだ。従来のようにまず教皇代理が立って教皇選挙に移るのか、代理を立てず、次の教皇猊下が決まってから今の教皇猊下が退位なさるのか、それすらも幾度となる話し合いが必要だ」
「教皇庁の事情などわたしたちは知りません。わたしたちは、わたしたちの要望が通るまでストライキを続けるだけです」
「アデーレ、大勢の人がね、とっても困っているんだ」
「大勢の人って言いますけど、これまでだってお金がある人にしか手を差し伸べなかったじゃないですか。だから大勢じゃなくて、一部の人でしょう?」
痛いところを突かれて、カンナベル枢機卿が眉尻を下げる。
教皇庁の権力を大きくすることに苦心する今の教皇の方針では、確かにそうだ。聖女に力を使ってもらうには莫大な寄付金を積み上げなくてはならないし、聖女の薬も高額で取引されている。
だが、カンナベル枢機卿は今の教皇の考えに同意していない少数派である。
救いは平等に。その考えのもと、神殿のあり方を変えようと日夜苦心している側の人間だ。
「アデーレ、今の教皇猊下には何とか退位していただくから、それで手を打ってもらえないかい?」
「いくらカンナベル様の頼みでもお断りしますわ」
やはり、交渉は簡単ではない。
リヒャルトがスカーレットを見れば、スカーレットはすっかりお菓子に夢中になっていた。
(スカーレット、本来の目的を思い出せ……)
リヒャルトが目配せしても、スカーレットはこてんと首をひねっている。
これはだめだ、と額を抑えたくなった時、ベティーナがこそっとスカーレットの耳元で何かを囁いた。スカーレットがハッとしたように食べかけのマドレーヌを口に入れ、
「むぐぐぐぐぐぐっ」
口にマドレーヌを詰め込んだまま、何かを言う。
何故わざわざ口に詰め込んでから喋ろうとするのかは謎だったが、スカーレットが謎な行動を取るのは今にはじまったことではない。そしてたぶん本人は真面目なのだ。
「…………ちょっと、何してるのスカーレット」
アデーレが虚を突かれたような顔になった。
「お菓子が喉に詰まったとか言わないでよ?」
「ほら、お茶を飲みなさい」
「まったく、今は重要な話をしているんだから邪魔したらダメじゃないの」
ベアタ達他の聖女たちが、スカーレットにお茶を飲ませている。
スカーレットはごくごくとお茶で口の中のものを胃の中に押し込んで、キリっとした顔を――たぶん、したつもりなんだろう。
「アデーレ、わたし、元気です‼」
だが、真面目な顔で発した言葉に、その場にいた全員が、ぽかんとした顔になった。
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