第十五話 発見
ひとしきり泣いた私は止まらない嗚咽を無理矢理抑え込み、本来の目的を思い出しました。
「ごめんねジュードくん、ほら、ご両親を探しに……」
ジュードの方に顔を動かしたのですが、そこには誰もいませんでした。私は辺りを見回しましたが、少年の姿はどこにもありません。
「イブマリー様? どなたかをお探しですか? 」
「ええ、ここまで一緒に来た男の子の姿が見えないの」
すると、クレハが怪訝そうに首を傾げます。
「男の子? いえ、私はイブマリー様しか見ていませんが」
「え? 」
そんなはずはありません。確かに私はジュードという名の少年と行動を共にしていました。
しかし、他の人々もクレハに同意し、うんうんと頷いています。
まるで狐にでも化かされた気分です。ではあの少年は何者……? 私が見た幻覚なのでしょうか。
「分かりました。でしたら金髪で青い瞳をした男の子を見たらこう伝えて貰えますか? 『宝物庫に向かっています』と」
「承知しました」
「後ここの鍵は怪しまれるといけないので閉めておきますね。でも必ず助けに来ます。ですからそれまで……」
「分かっています。どうかお気を付けて。この国を救ってくださいませ」
クレハが以前のような明るい笑顔を向けてくれます。
私はまた溢れてくる涙を乱暴に拭うと、無理矢理口角を上げ、その場を離れて宝物庫に向かうことにしました。
◇◇◇
宝物庫は監獄のすぐ上の階にあります。しかしここは王族しか入れない特殊な魔法がかけられているので並の泥棒ではそう簡単に侵入出来ないようになっています。
お父様は大事なものはすぐここにしまいますので、おそらくカイウスの首はここにあるでしょう。
宝物庫にしては質素な鉄の扉に私はそっと手を当てました。すると一瞬だけ眩い光が瞬いたかと思うと、鉄の扉がゆっくりと開き始めました。
「早く……カイウスの首を見つけて、アルベルトたちと合流しなきゃ」
辺りに誰もいないことを確認した私は忍び足で宝物庫に侵入します。
相変わらず整理整頓されていないそこは、色々な宝物が乱雑に置かれていました。
「首は一体どこかしら……」
見張りが来る前にと焦れば焦るほど検討違いの場所を探している気がします。すると、一つだけ古びた箱の異質さが目に留まりました。
「こんなものあったかしら……?」
私がお城にいた頃はこんなもの見た記憶がありません。私はその箱をそっと手に取ると、蓋を開けました。
「……あっ! 」
案の定、そこにはカイウスの首が静かに眠っていました。黒い髪が印象的な端正な顔立ちの青年は安らかに目を閉じています。
「見つけました……! どうしましょう、急いでアルベルトたちに知らせたいのだけど……」
心の中で強く念じますが、彼らが現れる気配はありません。
こうなっては仕方がありません、あまりここに長居するのは危険なので、さっさと脱出することを目標にしましょう。
私は念のため顔がバレないように深くフードを被り直すと、足音を立てずに宝物庫を出ることにしました。胸にはしっかりとカイウスの首が入った箱を抱き締めながら。
そのとき
「あら、王国の宝物庫に侵入するなんて良い度胸じゃないー? 」
ねちっこい女の声が背中越しに響きます。この聞いたことある声は……ミリア様です。
「ふふふ、国の混乱に乗じて宝物ごっそり頂くって腹だったんだろうけどそうはいかないわよ、ここにはあたしの魔法が張り巡らされているんですからね」
芝居ががった口調で彼女は言葉を紡ぐ。
「ネズミ一匹の侵入さえ感知できるんだから、ま、運がなかったわね」
後ろにミリア様はいる。表情は見えないのですが、きっと笑っているのでしょう。
私は何も言えず、ただガクガクと震える膝を無理無理押さえつけようと必死でした。
出口まであと少し……アルベルトやカイウスの助けはない……。
「どうしたの? 感銘でも受けすぎて声も出ないかしら?」
ここしかない!!
私は振り向き様に彼女に向かって炎の塊を打ち出しました。
魔法は直撃はせず、彼女の肩を掠める程度でしたが、不意を突くには十分でした。
「きゃっ……!! 」
尻餅をついたミリア様を尻目に、私は一気に出口から飛び出しました。どうしよう、どうしよう、お城には身を隠せるような場所はありません。そもそもあのミリア様の口ぶりから言って何らかの感知魔法がかかっていてもおかしくないのです。
「くそっ! 待ちなさいこの泥棒!! ぶち殺してやる! 」
体勢を立て直したであろうミリア様が後ろから追いかけてくるのが分かりました。
彼女の手のひらから雷の矢が放たれ、私は間一髪でそれを避けます。
しかし、その弾みでフードがぱさりと脱げてしまいました。
「しまった……!!」
私は思わず口を開いてしまいました。露になった私の顔を、ミリア様はしばらくお化けでも見たかのような表情で見つめます。
「お前は……イブマリー? そんな……死んだはずじゃ……」
私はそれに答えず、ただひたすら彼女と距離を引き離そうと駆け出します。
すると、ミリア様は心底おかしそうにクスクスと笑い出しました。
「まさかお前がここに帰ってくるとはね……ふふふふ……面白いじゃない。いいわ、あたしもまだ虐めたりないと思ってたところなの。……今度こそぐちゃぐちゃにしてやる、泣いて懇願したって許してやらないんだから」
どす黒いオーラに、私の背中を冷や汗が伝うのが分かりました。
捕まったら殺される、いやそれどころか散々玩具にされた挙げ句、ゴミのように扱われるのが目に見えています。
「もうここはあたしのお城、どこに隠れてたって必ず引きずり出してやる、精々足掻くが良いわ」
どこに逃げよう……どこに逃げよう……。私の脳みそが目まぐるしく動いてるのが分かります。
私はまるで引っ張られるかのように城で一番高いところ、屋上へと駆け出していました。