5分のズレって重大なことだよな
“こちら側”
その意味が分かったのは古書堂の外に出てからだった。
「……なんすか、これ」
「外」
「いや、そういうんじゃなくて……なんでこんなに薄暗いんっすか?あと、色々飛んでるし。」
薄暗い空には尾ひれの長い魚のようなモノから人型のようなモノまで、様々な“異形”が飛び交っている。
それだけじゃない。町の様子も違う。
一般的な住宅が並ぶ町ではなく、時代劇で見るような和風の店がひしめき合っている。
客引きの威勢の良い声、若い娘の笑い声、親子の他愛めない会話
これだけ語れば時代劇に出る江戸の町並みだ。
しかし
行き交う人々の半数が『異形』であった。
獣頭に魚類系頭、羽根やら鱗。
奇妙な刺青を入れた者や現代の服装の者。
江戸の町並みに色々な物が混ざり合った奇妙で歪な光景。
「ようこそ、こちら側・境目へ」
「境目……」
「あの世とこの世の境界線。妖達が行き交う場所であり、市場ダヨ。」
七辻さんの説明を要約すると。
ここは人混じりや人ならぬ者の住む場所であり、
月読命が治める『夜の国』
これでも民俗学を学ぶ大学生だから。一応、古事記は読んでいる。
月読命
三貴紳の一人であり『夜の国』を治める神様。
天照大御神の弟であり、須佐之男命の兄にあたる神様
七辻さんが教えてくれたが、遠くに見える城っぽい建物は月読屋敷で、あの花火って人は月読命の部下らしい。
つまり境目はあの世とこの世の境界線であり、妖や神様達の行き交う休憩所 兼 住処と言った所らしい。
「で…………なんで俺はここにいるんすか?」
「公園を通らないとここには来れないからネ。」
「公園?」
古書堂の正面にある、公園の名前が刻まれたブロンズ製のプレートを白い指先で示す。
「あの名前、なんて呼ぶか知っテル?」
「え……蛇目、です」
「ブッブー」
七辻さんは胸の前で両腕をクロスさせてバツを作る。
くっ…………地味にムカつく。
「蛇目公園」
「鏡?」
「鏡の古い語源。ヤマタノオロチの目を『赤かがちのような……』って言うデショ?
その他諸々の説もあり、蛇は鏡の専門家ナンダヨ。
合わせ鏡をすると、霊が写るって噂、あれはあながち嘘でもないんダヨ。
人じゃない者と霊の通り道だからネ。
鏡は境目を行き来するモノでもある。いい例が雲外鏡ダネ。
鏡だけじゃない、橋や川も昔はあの世とこの世の境目と言われた事に由来する。
この公園は雲外鏡のような、空間移動の役割を果たしているんダヨ。」
「えー……つまり、この公園が……こちら側に行くためのワープポイントってことですか?」
「妖か神様の血を引く者なら姿見とか、全身が通れる物。あるいは全身を写す物なら使用して行き来可能ダヨ」
そう言いながら、七辻さんは公園に1歩踏み出す。
それに釣られて踏み込むと、
公園に足を踏み入れた時と同じ感覚。
そうか、これがワープしたってことか。
でも一つ疑問が……
「帰るヨ。縁くんが夕ご飯作って待ってるカラ。」
「…………今、午後四時っすよね?」
「違うヨ。午後五時半。境目は時間感覚が5分ズレているんダ。」
「………………なんでそんな微妙なズレなんだよぉぉぉぉ!!!!」
夕暮れの町の中、本日3回目の大シャウト。




