怒られるって幸せなこと
「さてと。まずはアパートの決まり事を確認してネ」
そう言うと、七辻はルールが記入してある紙を凛太郎に渡す。
なになに……
一つ、他の住人と仲良くすべし。
二つ、風呂・トイレ掃除の当番を守るべし。
三つ、住人同士は助け合うべし。
四つ、部屋はなるべく綺麗にすべし。
五つ、力による揉め事厳禁。話し合いで解決すべし。
六つ、大家の頼み事は聞くべし。
「力って……俺みたいな体質の事ですか?」
「体質、ネェ…………」
チラリと四ツ谷に視線を向け、すぐに凛太郎に視線を戻す。
「君さ、真実を知るって事について、どう思ウ?」
「は?」
「真実を知る事で自身に何があると思うのか、って聞いているんダヨ」
「真実…………それが、今の俺に関係あるわけ……」
「関係あるンダヨ」
凛太郎の言葉を遮る。
「君のソレは体質なんて、曖昧で都合の良いものじゃ無いヨ。
立派な遺伝。高貴で力強い、彼女の血サ。
四ツ谷君の話からすると、君の従姉には遺伝していないらしいけど…………君も含めて、何代か後に先祖返りが起こる可能性はあるンダヨネー。」
「さっきから何の話を……!」
「凛太郎君、落ち着いて」
「火車」
「は?」
「聞いた事はあるダロ?民俗学を学んでいるなら、嫌でも耳に入るサ。」
火車って確か…………
文献だと、遺体を攫う猫妖怪で亡者を地獄に連れて行くって説がある妖怪。
「火車って妖怪がどうしたんだよ。」
「まだ分からないのカイ?」
七辻の低い声と冷ややかな視線に背筋が凍る。
「君は火車・珠代の孫ダヨ」
七辻の言葉を理解するまで数秒。
「は?…………何、言ってんだよ。ばーちゃんは人間に決まってんだろ!妖怪扱いすんな!!」
バンッと机を叩く。
「だから言ったデショ?真実を知る事についてどう思うか……ッテ」
「真実も何も妖怪なんて、いるわけないだろ!馬鹿にすんな!!四ツ谷さん、この人何っすか!?妖怪だな、ん…………て……」
隣にいる四ツ谷さんに助けを求めた。
しかし、四ツ谷さんは両手を堅く握りしめて正座していた。
その表情は険しく暗く、忌まわしい事を思い出しているような…………。
流石にそんな表情を見たら、怒りが治まる。
「よ、四ツ谷さん……?」
「っ……ああ、すまない。気にしないでくれ。」
「あーあー…………」
七辻は小学生のようにわざとらしくため息を吐く。
「話を戻してもいいカナ?」
「ぐっ……」
渋々と座布団に座り直す。
「信じないなら、証拠でもあればいいのカイ?」
「証拠?」
「縁君ー。ちょっと来てー」
食堂にいる百目鬼さんを呼ぶ。居間と食堂を繋ぐ戸が乱暴に開く。
「おい、俊は大丈夫か!?」
「煩い、大丈夫だ」
ヤベェ…………さっき大声出したから、聞こえてた……
「話の流れ、“見てた”?」
「まあ…………凛太郎の大声が聞こえたからな」
「そんな訳だから、証拠。見せてあげてヨ」
百目鬼さんが証拠を見せる?
厳しい表情で百目鬼は凛太郎に話しかける。
「凛太郎。良く見とけよ。後な……」
「?」
「話し合いが終わったら、俊に謝れ。」
「は、はい…………?」
え、俺、四ツ谷さんに何か言ったか?
呆然とする凛太郎を他所に、百目鬼は腕の包帯を外し始めた。
何故、包帯を?そんな凛太郎の疑問はすぐに吹き飛んだ。
何故なら
「ひっ!?」
腕に巻かれているのだから、包帯の下には腕がある。
当たり前だ。
でも、
腕に無数の目が着いていたら、どう思う?
「ど、百目鬼さん…………う、腕に…………め、目が…………!」
「俺もお前と同じでな。俺のじいさんは“百目”っつー妖怪なんだよ」
「よ、妖怪……」
自身の目を疑った。
低く、怒気を含んだ百目鬼さんの声
「お前、何にも知らねぇんだな。黎と俊の側にいたクセに。
分からねぇクセに、軽々しく妖怪馬鹿にすんじゃねぇぞ!!」
「き、教授と四ツ谷さん……っ?」
「彼らも妖怪の血を受け継ぐからサ」
「え……」
「黎湘君は鵺の孫で、四ツ谷君は悟の子孫なんダヨ」
「あ……」
[妖怪なんているわけない]
それは否定の言葉。
今、目の前にいる妖怪の血を引く二人にとっては、自分の存在だけでなく、血を繋いでくれた人をバカにされたようなものだ。
それを今しがた、妖怪の孫と言われ、信じなかった俺に言われたら…………
四ツ谷さんは静かに怒っていた。
百目鬼さんは怒鳴って教えてくれた。
「っ…………ごめんなさい」
謝るべきだ。
謝らないといけない。
彼らの存在を否定したのだから。
「ふん…………分かりゃいいんだよ。」
百目鬼さんは包帯を巻きなおしながら、居間から出ていった。
「コレで分かったカナ?」
「……分かりました」
「ココには純粋な妖怪も居るから頑張ってネー」
マジかよ!!!!??
相手が百目鬼さんで良かった!!命拾いした!
「ん?ってことは、人は居ないんですか?」
恐る恐る聞いてみる。
「居るヨ。全国放浪修行中の霊能者が」
「…………マジですか」
「大マジ」
「えっと…………それじゃあ、俺の体質は治らないって事、すか?」
「治りはしないけど、封じることは、出来るヨ。でも…………」
「でも?」
「封じると君の地味さが増すネ」
「ほっとけコンチクショぉぉぉぉー!!」
最後の最後で俺の心をへし折る大家であった。
「これからよろしくネ。新人君♪」
「アンタとはよろしく、したくねぇー……」




