物騒な訪問者
*大変お待たせしました。短めですが、UPします。
「……ったあ! ……ったく、もうちっと優しくできねーのかよ、シスター」
顔をしかめる若い男に、にっこりとシスター・アンが微笑み、足に巻いた包帯の巻き終わりをびちっと音を立てて叩いた。
「うげっ」
ベッドに腰掛け、上半身を折って悶える男を見ながら、シスター・アンは救急箱を抱えて立ち上がった。
「……その身体は神から与えられし祝福ですよ? それを粗末に扱うなど、言語道断です。少しぐらい痛い思いも我慢なさい」
「相変わらず手厳しいぜ……」
ぶつぶつ言う男を背に、リンは椅子に座った別の男の右腕に包帯を巻いていた。丁寧に巻き終わりを止め、「終わりました」と男に声を掛けた。先程の男よりは年上に見える黒髪の男は、まじまじとリンを見た。
「ありがとな、お嬢ちゃん」
リンはぺこりとお辞儀をして立ち上がり、救急箱を棚へ仕舞いに行った。
「なあ、シスター・アン。この嬢ちゃん、手当てうまいな」
後ろからの声に、ぴくり、とリンの肩が震えた。シスター・アンが笑いながら答えた。
「リンは、ストリート・チルドレン保護プログラム適用者ですよ? 手当ぐらい簡単でしょう」
「な……る……」
無精ひげの生えた顎を、男は擦った。リンはさりげなく、棚に救急箱を置き、ほっと溜息をついた。
ストリート・チルドレンは、金がない。怪我をしても、医者に行く事も少ない。だから基本的な手当ては、自分達でする。……リンが怪我を見ても冷静だったのも、そのせいだ、と男は思ったらしい。
「――!」
リンははっと顔を上げた。礼拝堂の方から物音がした。人の声も。シスター・アンが眉を顰めた後、医務室の扉へと向かった。
「あなた方はここにいて下さいね。リン、あなたも」
そう言って、シスターは出て行った。黄色の半そでシャツを着た、若い男が顔をしかめて、黒髪の男を見た。年かさの男も、緊張した面持ちで、頷いた。
「ちっ……やっかいな奴が来やがった」
「……アニキ。今、ここに神父サン、いねえんですよね?」
「ああ……不味いな。シスターに手を出すかもしれん」
「えっ」
リンは思わず息を呑んだ。そんなリンを見た男は、少しいたわる様な表情を向けた。
「すまねえな、嬢ちゃん。……多分、あれは俺達の追っ手だ。ドン・カペリの……幹部達だ」
ドン・カペリ。このリヴォルヴァ・シティを二分するマフィアの一派。若い男の口元が歪んだ。
「俺らが捕まったばかりに……ウィンダムの親父にも迷惑をっ……アニキっ」
やはり、この男達はウィンダム派か。くっと悔しそうに呻く若い男の茶色の髪を、リンは黙って見下ろしていた。
どくん、と心臓が嫌な音を立てる。……この教会の殉職者は多い。いくら耐レーザ―光の制服でも……刃物を出されたら、弱い。
(シスター・アン……!)
「……いざとなったら、俺達が出る。心配するな、嬢ちゃん」
若い男に目で合図を送った男が、ゆらり、と立ち上がった。若い男も立ち上がり、右足に体重を掛けて、顔を少し歪めた。
「……でも、その怪我、じゃ」
利き腕を動かせない。それがどれだけ不利な事か、リンにもよく判っていた。
「この教会はな、怪我人ってだけで、誰でも手当てしてもらえるんだ。もちろん、ドン・カペリの奴らだってそうだ。それを忘れて、シスターに危害を加えようっていうなら……俺達も黙っちゃおれねえ」
「そうですよね、アニキ。シスターを見捨てちゃ、ウィンダムの名が泣きますぜ!」
いてて、としかめっ面をしながらも、若い男は拳を振り上げた。リンは溜息をつき、若い男の傍に行き――左手を差し出した。
「……手を貸します。その足じゃ、歩くの大変でしょうから」
一瞬目を見張った若い男は……にやり、と共犯者の笑みを浮かべた。年かさの男も、足を一歩踏み出した。
「んじゃ、ちょっと付き合って貰おうか、お嬢ちゃん。……礼拝堂までな」
「はい」
リンは立ち上がった若い男の右腕を取り、先に医務室を出た年かさの男の後を追った。
***
「……だからよ、シスター。アンタが匿った、二人組引き渡してもらえねえかな。あれは、俺達の獲物なんだよ」
シスター・アンは冷静な眼差しで、目の前の男を見た。……黒のスーツ姿にサングラス。艶やかな金色の髪にブランド物の金時計が、男が裕福に育った事を現していた。懐を見ると……どうやら銃を保持しているのだろう、と彼女は思った。
「ここにいるのは、教会の庇護を求めた哀れな子羊だけですわ。……どうぞお引き取りを」
男の後ろに控えていた男達がざわめいた。
「……っ、この女っ、この御方を誰だと思ってる! リック・ドン・カペリ……一族の若様だぞ!?」
まあまあ、と男達を抑えたリックが、シスター・アンに向き直った。
「この教会には、俺達も世話になってる。できれば手荒な真似はしたくねえんだがな」
「……先程も申し上げたでしょう。この教会には、『あなたたちの獲物などいない』と」
リックが一歩前に出て、シスター・アンを見下ろす。シスター・アンの表情は……変わらなかった。
「あんたがいくら強がっても……今神父はここにいねえんだろう? ……スラム街を見回ってるって聞いたからな」
「……」
「助けを呼んでも無駄だぜ? 俺達に逆らおうなんて奴は、そうそういねえ」
「……」
「……もう一度聞く。あの二人を引き渡せ」
シスター・アンはふふっと微笑み、リックを見上げて言った。
「……先程も申し上げましたわよね? ……ここにいるのは、哀れな子羊だけだと」
……リックの瞳が、妖しく光った。
***
「!! 何!?」
礼拝堂から、何かが倒れる様な音が聞こえた。ちっ、と男が舌打ちをする。
「シスターが危ねえ!」
三人は、急いで廊下を進み……礼拝堂へと続くドアを勢いよく開けた。
「シスター・アン!」
リンの声が礼拝堂に響いた時……再び何かが床に倒れる音が、した。