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ルディア戦記  作者: 足立葵
第一話「戦場の青き薔薇」
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第一章 三つ首の番犬要塞攻略戦 6

 一時の休息の終わり、流血の再開を告げる銅鑼の音が日の高い青空に鳴り響く。

 その音自体は幽かにしか聞こえなかったが、直後に轟く雄叫びははっきりと三つ首の番犬要塞ドライ・ハルス・ヴァハフントブルク第一の首(エアスターハルス)にて指揮をとっていたリスティッヒ元帥の耳にも届いていた。

 見るからに血の気の少ない青白い肌と細身な体つきはとても軍人とは思えない。切れ長の目つきは冷たく感情というものを持たないと思えるほどで、事実彼のやり口は完全合理主義で情を挟むことなど一切ない。

 しかし、そんな彼の声が今はわずかにささくれ立っていた。

「懲りることなく攻めてくるとは……無茶な進軍など続かんということがわからんのか。全くおろかな指揮官だな」

 城壁が見えるテラスへと移動して戦況を眺めて呟く。

 リスティッヒ元帥の予想ではルディア軍はあと一日は兵馬を休め、英気を養ってから開戦してくるはずだった。しかし、兵のことを気遣わないヴェニティー将軍の行軍は元帥の目算を突き崩した。

 城壁での攻防戦は見たところわずかにブルトルマン帝国軍が優勢だった。

 被害を省みない猛攻で一挙に攻め落とそうとするルディア王国軍は勢いでも数でもブルトルマン帝国に勝っていた。地の利を含めても厳しい戦いだった。それを考えれば良く持ちこたえているとさえ言えるだろう。

「敵は我らに倍する兵力ですが、何とか持ちそうでございます」

 それでも帝国軍四元帥の一角リスティッヒ元帥に喜色は浮かばなかった。

「もちそうではない、何としてももたせろ!それが軍人としての職責である」

 自ら声がめずらしく感情的になっていることに気がついて、一度深呼吸して落ち着きを取り戻してから側近に問う。

「グロスマンは?」

「まだ、なんとも……」

 リスティッヒ元帥が軽く舌打ちする。

 切れ者のリスティッヒ元帥はルディア軍が休息に一日を当てると考えて反攻の策を巡らせていた。その策を実行に移すために二旅団五千の兵を割いて別動隊として動かしていたことが仇になった。

「予定ではもうそろそろ可能だったはずだが?」

「すでに合図は送っていますので準備ができ……」

 側近が答える声が叫喚に遮られた。

「何事か!?」

 室内に控えていた側近が慌てて確認しようと扉を開けたところに伝達の兵士が駈け込んできて状況を報告する。

「申し上げます!第二の首(ツヴァルスターハルス)がルディア軍に攻め込こまれ、陥落いたしました!」

「何ッ!?」

 ただでさえ血の気の少ないリスティッヒ元帥の青白い顔が土気色に変わる。

 第一の首(エアスターハルス)は前からの攻撃には堅牢だが後ろの防御は考えられていない。大河と絶壁、そして三重の城塞が後背からの襲撃の憂いを断っている。

 しかし、第二の首(ツヴァルスターハルス)が落とされたとなると話は全く変わってくる。

 慌ただしく城の後方へと向かうと大橋の中間、川に聳える橋桁を土台とした城塞から騒乱が聞こえてくる。おそらく数はそれほどでもない。しかし、攻められるはずがないと油断していたところを攻め込まれて味方は浮足立っている。

「バカな!?一体どうやって……」

 口にした疑問に報告した部下が答える。

「敵は川から奇襲を仕掛けてきました」

「川……だと!?」

 ただでさえ流れの緩やかな大河が乾季でさらに緩やかになっている。たしかに今なら川からの奇襲は不可能ではない。しかし、

「歩哨は何をしていたッ!?」

 城塞には歩哨がいる。昼日中に城を落とせるほどの人数を見逃すとは怠慢もいいところだ。

「敵は大船ではなく、小舟で一挙に仕掛けてきました」

 蒸気機関の無い他国の大船ならば川の流れと風が推力源だが、小舟ならば人力で漕ぐことで推力をあげることができる。

「数は?」

「およそ千」

 意識的な死角。完全に意表を突かれた。敵は正面からくるものという先入観が思考の幅を狭めて側面攻撃などという単純な事象を見落とした。

 これがただの砦ならばこんな失敗はなかっただろう。しかし、百年以上の永きに渡り帝国を守り抜いてきた三つ首の番犬要塞ドライ・ハルス・ヴァハフントブルクの不落神話が落とし穴となった。

第三の首(ドリッターハルス)へ連絡しろ第二の首(ツヴァルスターハルス)に攻め込んだ敵部隊は第一の首(エアスターハルス)へ押し寄せてくる。挟撃を狙う敵をさらに挟み撃ちこれを殲滅させろ!」

 三つ首の番犬要塞ドライ・ハルス・ヴァハフントブルクでは指揮官がどの砦にいても指揮がとれるように三つの首は伝声管によって繋がっている。

 めずらしく余裕を失い、焦りの色濃く声を荒げるリスティッヒ元帥にたじろいだ部下が敬礼も忘れて扉から駆け出す。

 

 しかし、余裕がないのはローズの連隊も同じことだった。

 わずか千名で敵が犇めく要塞に奇襲を仕掛けたのだ。通常の奇襲ならば一撃離脱で構わない。しかし、この奇襲の目的は第一の首(エアスターハルス)を孤立させ、挟撃することにある。

「ジル!お前の隊でここを死守しろ!」

 思ったより敵が少なかったな、と内心で分析しながらローズが命令を飛ばす。第二の首(ツヴァルスターハルス)はすでにほぼ制圧した。第三の首(ドリッターハルス)から敵が来たとしても足場の限られる橋の上のこと一隊でも当分は持ちこたえられるだろう。

「俺の隊って……お前の隊だけで第一の首(エアスターハルス)を攻める気か!?」

「それ以上を割くわけにはいかない」

 第二の首(ツヴァルスターハルス)は思ったよりかなり手薄だった。

 だとすればここにいるはずだった敵兵はどこへ消えて失せたか?

 希望的に考えれば後背に備えて第三の首(ドリッターハルス)に配されているか、増援として第一の首(エアスターハルス)に配置されている。前者ならば、後背にはそれなりの備えをしておく必要があるし、後者ならばこれから奇襲は困難になるだろうが、いざとなったら第二の首(ツヴァルスターハルス)に立て籠もればいいだけのことだ。

 しかし、絶望的に予想すれば昨夜の杞憂の通り、敵には――リスティッヒ元帥には――やはり何か策があり、消えた兵はその策を実行するために別働していると考えられる。

 急がなければならない。

 杞憂が確信に変わることを自覚して焦りを覚える。

 遠目にしか見えない第一の首(エアスターハルス)、正確にはその先の城壁での攻防戦はローズの立つ場所からは土煙しか見えず、咆哮しか聞こえない。しかし、どちらかが圧倒的優位というわけではないことだけはわかる。

 昨日の会議で周囲に伏兵なしということは確認済みだ。斥候が見落とした可能性はゼロではないが味方の報告をいちいち疑う理由もない。なのに、要塞にいる敵兵の数は少ない。消えた兵はおそらくルディア軍の背後に回ろうとしている。直接の挟撃なのか兵站を崩壊させるための作戦なのかは別にしてこのままではルディア軍は退路を断たれて一気に不利になる。

 打開策は一つしかない。

 敵の別動隊が仕掛ける前に第一の首も落とす!

 麾下を率いて南の橋へむかって駆け出す。

「敵は背後を突かれて動揺している。数で劣れど士気で勝る!怯むな!」

 ローズの激に部下が雄叫びで応え、一斉に突撃する。物資の搬入や兵の往復のために開かれたままになっている第一の首の北門へ向かって。

 大半の兵を城壁の攻防戦に割かれているとはいっても第一の首(エアスターハルス)には一旅団二千五百近い兵がいただろう。対して攻め込んできた兵はわずか五百、いくら精鋭とはいえ一騎等五の働きをするのは難しい。

 冷静に考えれば負けるはずがない。しかし、恐怖や不安は伝播するものだ。それこそ伝染病のように人々の心を蝕み、必要のない硬直と混乱、動揺、憶測をもたらし、兵の動きを鈍らせ、指揮系統を破壊していく。

「ヤベェぞ、挟み撃ちされたら勝てっこねえ」

「背後から攻めてきた……ってことは敵は後ろの二つの砦を落としたんだ」

「このままじゃ皆殺しにされちまう」

 石造りの城内にブルトルマン軍の恐怖の叫喚、ローズ隊の雄叫びが木霊する。

 人は常に退路を考えているものである。少なくとも兵卒の多くにそれは当てはまる。それ故に背後からの奇襲は必要以上の動揺と恐怖をもたらす。

 第一の首(エアスターハルス)の城壁内に躍り込んだローズ隊は混乱と動揺で浮足立つブルトルマン軍を圧倒した。

「ローズ、ここは私たちに任せて貴女はリスティッヒを探して!」

「しかし……」

「大丈夫ですよ、隊長」

 部下に足止めを任せることに躊躇うローズに麾下の兵が発破をかける。

「そうですよ、自分の部下を信用してくださいって」

 口々に発せられる言葉を信頼して背を向ける。

「二中隊ついてこい!残りは全員ここを死守しろッ!」

 了解、オオォ、などと応じる野太い声を背に受けて敵将リスティッヒ元帥のいるであろう上層階に向かう階段を駆け上がる。

 螺旋を描く階段の先に全身一部の隙もなくプレートアーマーに身を包み、ハルバードを携えた重武装の兵士が立ちはだかる。

「ウオオオオォォォォォッ!」

 フルフェイスヘルムの呼吸穴ブレスから反響した独特の金属質な野太い雄叫びを発し、ハルバードを振り上げ突進してくる。

「邪魔だッ!どけぇぇぇええッ!」

 振り下ろされるハルバードの間合いに飛び込む形で長柄武器の弱点である間合いの内側に飛び込み、ブレストプレートとバックプレートの繋ぎ目から剣を突き入れる。

 疾風の如き身のこなしと雷光さながらの鋭い剣閃はペールブルーの髪と相まって紫電の一閃となって敵を貫いた。

 貫かれた重騎士の手から握力が抜け、すっぽ抜けたハルバードがクルクルと回転しながら弧を描いて下にいる部下たちへと飛ぶ。部下たちが割れるようにそれを避ける。

「すまない。大丈夫か」

「平気ッス」

 そんなやり取りをしている間にも階段の先からはガチャガチャという金属のぶつかり合う音が響いてくる。

「ローズ隊長に後れをとるなッ!」

 麾下の中隊長の一人が鼓舞すると、オオォ、と一層士気揚がる声が返ってくる。ルディア軍の雄叫びは味方に力を与え、敵に更なる恐怖と焦燥をもたらす。

 

「マズいですな」

 元帥執務室にいる側近が通路から響いてくる鬨の声にたじろぎ呻く。

「クソッ!グロスマン奴らはまだか」

 冷静なリスティッヒ元帥の声にも焦りの響きが混じり、すがるように窓へと視線を向けた。

 

 リスティッヒ元帥が別動隊を縋るように視線を向けた窓の外、市街を取り囲む城壁の攻防戦でも変化が起こっていた。

 第一の首(エアスターハルス)が背後から奇襲を受けた、という情報は戦乱の中にあって信じられないほど早く正確に城壁守備部隊へと伝わった。恐怖と動揺が憶測を呼び、戦意を喪失させる。ブルトルマン軍にとっての悪循環、ルディア軍にとっての好循環が戦況を塗り替えていった。

「敵は乱れている!この機を逃すなッ!」

 僅かな足並みの乱れ、応戦の遅れをクレマン将軍は見逃さなかった。防戦の隙を突いて歩兵が雲梯をかけて城壁を登りはじめる。城壁の上の敵兵の攻撃が直下の歩兵に傾いたところを飛竜ヴイーヴル部隊が上から襲う。防戦の薄くなった一瞬に攻城塔ベルフリーが城壁に着き、それを足掛かりにして一気に雪崩れ込む。

 堅牢な堤防に開いた蟻の一穴は瞬く間に堤防を決壊させる亀裂へと繋がる。

 一つ目の攻城塔ベルフリーが取りつき、城壁の上の敵兵が前だけでなく横からの攻撃にも応戦しなければならなくなると途端に前面への応戦が薄くなった。一つ目の攻城塔ベルフリーの左右から第二第三の攻城塔ベルフリーが取りつくともはや城壁の上の防御は崩壊し、突入した兵が城壁を駆け下りて城門を内側から開いくと城壁攻防戦の趨勢は決した。

 城門が開かれ重点的な迎撃で苦戦していた中央の第一、第二旅団が市街に雪崩れ込む。丘陵に広がる市街をつづら折りに貫抜く第一の首(エアスターハルス)へと繋がる街道を進むルディア軍と迎撃するブルトルマン軍の市街戦へと切り替わる。

 少しずつ後退しながら上から弾丸と矢の雨を降らし、ときには岩や樽、丸太を転がして下から登ってくるルディア軍に見舞う。

「進めぇッ!」

 ヒッポグリフに跨り、宙を舞うヴェニティー将軍は地を進む部下の苦難など意に介さずに剣を振って進軍の号令をかける。しかし、その冷酷な命令にも優勢に転じ、勢いづくルディア軍は忠実に従う。

 転がり落ちてくる丸太や岩を脇道に飛び込んで躱し、建物を迂回して進む。当然、ブルトルマン軍もそれを理解しているから街角のいたるところで剣戟による直接戦闘が始まった。

 地の利は崩れなくとも士気、数、勢い他のあらゆる点で勝るルディア軍はじわじわと第一の首(エアスターハルス)へと近づいていく。

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