第一章 三つ首の番犬要塞攻略戦 5
「かかれぇ!」
翌朝、進軍の銅鑼と号令がまだ群青色の空に響き渡った。
愛騎のヒッポグリフに騎乗したヴェニティー将軍の号令で一挙に一万を超える軍勢が大挙して雪崩かかる。
ヴェニティー将軍麾下の第一旅団が中央に陣取り、その両翼を第三、第四旅団が固める。後ろにドレイファス将軍の部隊が夜通しで造った攻城塔と投石器などの攻城兵器を引いて後に続き、波状攻撃のためのフォンテーヌ将軍の第二旅団が続く。
敵の要塞、その正面の城門目がけて街道を鎧に身を包んだ兵士の濁流が押し寄せる。
要塞からは岩や矢、弾丸が雨霰と降り注ぎ、それに当たって、あるいは衝撃や倒れた兵に巻き込まれて大勢の兵が倒れる。倒れた仲間を避けることもできずに踏み越えて続く兵たちが前進する。
地を駆ける兵士たちを援護するために攻城塔や投石器から矢や岩が城壁の上の敵兵目がけて射出される。
攻城塔は木造の骨格の表面を鉄板や毛皮で覆い、内側に荷運び用の馬を繋いで動かしている。その重量のため歩兵よりも歩みは遅いが彼らへと岩や矢、弾丸を放つ城壁上の敵兵を狙い撃てる。
眼前で駆ける兵士の濁流。その中央に巨石が落下し、数十の仲間の命を押し潰す。凄惨な光景を目の当たりにして兵士たちの足が鈍る。
「怯むなッ!!突撃ィィ!!」
しかし、司令官ヴェニティー将軍は突撃を命じる。
城壁に取りつくまでの過程で矢や鉄砲、投石に当たるかどうかは確率論の問題で数を減じることすら難しい。さらに取りついてからも城壁を登る過程で叩き落とされ、上を行く兵士の落下に巻き込まれて多くの兵士が屍に変わる。その屍を足掛かりにしてさらに上るのが攻城戦である以上被害は避けられない。
しかし、少しでも死傷者を減じる努力をするのが指揮官の器量というものなのだが、出世闘争に気の行く指揮官は仮に才能があったとしても戦場での戦いに手腕を発揮できない。
おそらく、ローズの奇襲作戦がなくともこれと同じ光景が数日以内に起こり、そして、無策に突撃する進軍は今日以上に多くの血を流しただろう。
ヴェニティー将軍の号令で突撃したものの、城門の両脇に建つ塔からの攻撃を集中的に浴びて第一旅団が大きく疲弊する。隊が入り乱れ、崩れて指揮がうまく機能しない。
「第二旅団前へ!第一旅団は後方へ引いて立て直しを図れ!」
ヴェニティーの号令で先行突撃した第一旅団が一度引いて、第五旅団の攻城塔の隊列で入れ替わるように後続の第二旅団が波状攻撃を仕掛ける。
後方に下がり、負傷者が衛生兵に運ばれて陣に戻され、無事な者で隊を編成しなおす。
「冗談じゃねえ」
戦線からそれたところで第一旅団の兵士が愚痴をこぼす。
「まったくだ、敵の鉄砲はこっちの石弓の数倍の射程でも平然と当ててくるんだ。俺たちゃいい的だぜ」
この世界に置いて火薬を使った兵器を開発し、実用化に漕ぎつけているのはブルトルマン帝国と東方の大国クンルンだけ。銃火器は軍事帝国としてブルトルマン帝国が躍進した原動力である。
ここまでの十二の砦では投石器と兵力の差にものを言わせてきたが、この規模の城塞都市に大差ない兵力ではそうもいかない。ルディア軍は屍で階段を築いて敵の城壁を踏み越えるしか勝つ見込みはないのだ。
しかし、踏み台にされる兵士にしてみればたまったものではない。ましてこの戦いが指揮官の私欲のためという噂を聞いている以上指揮が高まるはずもない。
「なあ、バカバカしくならねえか?」
「ああ」
総指揮を執るヴェニティーの麾下で第一旅団の現場指揮を任されている第一旅団第一大隊隊長は森の外れまで来て休息をとり陣形を立て直す中で兵士たちの士気が下がっているのを肌で感じていた。
上官として、今すべきことは彼らを一括してまとめあげることだとわかってはいる。しかし、彼自身も愚痴をこぼす部下たちと同じ心境だった。
二千五百名いた第一旅団は先の突撃で大きく数を減じていた。正確な損耗状況は各連隊長に確認させているところだが、ざっと見た限りでまともに戦いに耐えうる兵卒は二千名弱といったところだろう。
「………ょう」
立て直しが終われば再び突撃しなければならない。
「……長!」
次も生きて帰れるという保証はない。そう思うと彼らを扇動して逃げてしまいたくなる。
「隊長ッ!」
名前を呼ばれて思考に沈んでいた意識が現実へと帰ってきた。
「何か?」
慌てて上げた視線の先には残る三人の隊長と負傷して隊長が負傷して隊を引き継いだ副隊長一人が点呼を終えて報告のために並んでいた。
「第二大隊損耗百四十七、内死者百二、負傷者四十五」
「第三大隊損耗百五十一、死者七十六、負傷者七十五」
「第四大隊損耗百三十六、死者四十二、負傷者九十四」
「第五大隊損耗百四十四、死者六十一、負傷者八十三」
各大隊長から被害報告を受けて暗澹たる思いの闇がさらに深まる。第一大隊も含めるとおよそ七百名が死傷した計算になる。逃げたい、という思いが強まる。しかし、ここで彼らを扇動して逃げ出したところで祖国に帰れば軍法会議が待っているだけだ。
「各大隊の損耗に大差ないならそれぞれで部隊の調整をしてくれ。負傷者は衛生兵のところへそれと矢の補充装備の点検を……」
次々と形式的な指示を出していく。逆に言えばそれしかできない。
ヴェニティー将軍は部下の進言を聞き入れるような将軍ではない。一人の欲が今七百人余りの血を流し、さらに多くの血を流す。
そんな兵士たちの暗澹たる気持ちなど知る由もなく――いや、知ろうとすらせず、第五旅団の隊列付近で総指揮をとり続けるヴェニティー将軍に参謀の一人が話しかける。
「要塞の抵抗が少し少ないですな?」
言われてみれば確かに抵抗が弱い。第一旅団が後退を余儀なくされたとはいえ、力押しならば三倍の兵力がいると言われる攻城戦にしては上々と言える。
左翼に展開する第三旅団に至っては大きく歩を進めてあと少しで城壁に取りつけるところまで肉薄している。
「我らがこれまで落としてきた砦の兵が合流していることを考えればほぼ同数の兵がいるという計算でしたがこの様子ではおそらく八千程度が関の山かと」
参謀の見解などどうでもいい、と言わんばかりに鼻を鳴らして、
「どうせ逃げ出したのでしょう。敗軍からは兵が逃げ出すものです」
確かに、敗軍からは見限った兵が逃げ出すものだ。しかし、ここは彼らの祖国で彼らは自分の家を、土地を、家族を守るために戦っている。ならば逃げるということはないはずだ。にもかかわらず戦っている兵は少ない。
どうもおかしい。
そんな参謀の懸念はヴェニティー将軍に聞き入れられることなく、忘れ去られた。
むろん、ルディア軍の馬鹿ばかりではない。将軍や大隊長などにはそれなりに判断力のある者はいる。しかし、混沌の最前線で指揮をとる彼らには敵の抵抗がぬるいなどという実感を得る余裕などなかった。
「もうひと押しだ!諦めるな!!」
部下を叱咤しながら自身も前線に身を置くクレマン将軍もそうした一人だった。左翼第三旅団を指揮する彼には自分たちが肉薄するのに精いっぱいでとてもではないが全体の情勢など知ることはできなかった。
地上の歩兵を攻城塔からの援護射撃の間に城壁へと押し進めれば、敵の射撃が歩兵を襲う。その直前に歩兵たちに引くように合図を送り、代わりに小数ながら甚大な力を有する飛竜部隊に頭上からの投槍を投下させて敵の戦力を削ぐ。
地上からの攻撃と上空からの攻撃を交互に行うことで敵の的を絞らせず、かつ、精神的にも肉体的にも消耗を強いる正当ながらタイミングの判断が難しい指揮で味方の被害を最小限に留めつつ他部隊に先んじて城壁に迫る。
一定の間隔で感覚で建つ塔の間、最も防備の薄いところを突いてようやく攻城塔が取りつけると思ったときだった。敵の城から放たれた砲弾が攻城塔の支柱の一本をへし折った。
「倒れるぞぉー退避!退避!!」
命令されるまでもなく攻城塔の傾く側にいた兵士が蜘蛛の子を散らしたように逃げる。幸い下敷きになった兵はいなかったが、一時的に多くの兵が攻撃の手を休めてしまったことで敵に立て直しの時間を与えてしまった。
空を見上げれば日は高い。長時間の戦闘で兵も疲弊してきているし、指揮官が欠けた小隊などもあって連携の足並みが乱れつつあった。あと一押しで城壁に取りつけると思えばこそ強行していたが、一旦立ち直らせてしまった以上容易くはいかない。
「いったん後退して体勢を立て直すぞ」
冷静な状況判断で撤退を指示する。
しかし、彼もやはり戦争に不慣れなルディア軍の軍人だった。もし、もう少し機転が利いていたら自軍とブルトルマン軍の違いに気づいていただろう。そうすれば多少の損害を覚悟してでも押し切って午前の内に城壁を突破していたかもしれない。
だが、第三旅団ほど善戦できていた部隊はなかった以上言っても詮無いことかもしれない。
第四旅団は第三旅団が後退するよりも先にゴベール将軍のヘタな指揮のために足並みがそろわず、第一旅団以上の被害を出して後退を余儀なくされていた。その状況で第三旅団までもが距離をとるのも見てもっとも防御の厚い城門を攻めていたフォンテーヌ将軍も麾下の第二旅団に渋々撤退を命じる。
ちょうど昼時にルディア軍が全面的に距離をとったことで一時休戦となった。
給仕の兵からパンと干し肉を受け取り、休息をとるブリスをセルジュが見つけた。
「よう!お互い生きてたな」
「ああ。しかし、晩飯を一緒に食えるかはわかんねえな」
普段は自分に負けず劣らず陽気なブリスが暗い面持で千切ったパンを口に運んでいる。
「何かあったのか?」
「ウチの隊は第四旅団の支援だってだけさ……」
合流して間がなくとも第四旅団の被害の深刻さは聞いていた。
攻城戦は突撃するしかないとはいえ、それでもうまく攻める手立てがないわけではない。剣と剣で切り結ぶような戦いでないため防戦側の攻撃手段は矢や鉄砲、投石などの投擲武器が主になる。これらには共通の弱点「弾切れ」が存在する。むろん、敵もローテーションを組んだり、補給を運ばせたりと策は講じているが、攻め手は波状攻撃や緩急でそのリズムを崩すことで敵の防戦に隙を作ることができる。
クレマン将軍などは伊達に年を重ねていないと示すようにうまく攻めたが、ゴベール将軍はこれに失敗し大損害を被ったらしい。
「大丈夫さ。午後はローズの作戦が始動するんだからよ」
ああ、と頷く声には覇気がない。
しかし、いくら仲間とはいえ他所の隊のことばかり気遣ってもいられない。
クレマン将軍のように真っ当に指揮をしても兵は死ぬ。先ほどの攻城塔倒壊によって下敷きになった兵はいなかったが、上に乗っていた彼の部下は放り出されて重軽傷者を多数出し、何人かは死亡していた。
込み上げてきた苦いものの所為で味も分からないまま、パンと干し肉を口に放り込み、おざなりに咀嚼する。
眺める先では負傷者が衛生兵に運ばれて陣営に戻っていく。軍服の足は真っ赤に染まっているものの顔色は悪くない。その様子に助かるだろうと思うと少しだけ気分が軽くなった。




