第一章 三つ首の番犬要塞攻略戦 4
他の旅団はおそらく明朝の作戦を確認して英気を養うだろうが、攻城塔造りを任された第五旅団はそうはいかない。小さな兵器だけなら工兵部隊だけでいいが攻城塔ともなれば工兵、歩兵と言っていられない。今から総出で攻城塔を造るために木の切り出し、大工仕事をしなければならない。
慌ただしくなる野営地でローズとジルが麾下の部隊を招集し、作戦概要とこれから移動することを通達すると少なくない騒めきが起こる。
夜は妖魔が跋扈するために進軍には向かない。
人は妖魔から逃れるために城塞都市を築き、城壁を造れないような小さな村でも柵を組んだり、鳴子を張って身を守って生活する。
だから、兵士たちも夜の、それも樹海の合間を縫うように敷かれた街道や道なき道を進むのは躊躇って当然なのだ。
「静まれ!」
ローズが檄を飛ばすとたちまちざわめきが小さくなり、すぐに沈黙する。
「夜間の移動が危険を伴うことはわかっている。しかし、我らは訓練された兵士、外縁に住む下級の妖魔如きに臆するな!」
若年とはいえ、国境防衛の小競り合いなどでローズは指揮官としての信頼を築いている。少なくとも自分の大隊だけは間違いなく心を掌握している。ジルの大隊からもそれ以上の不平不満は聞こえてこない。
「諸君に危険な任務を強いることは詫びる。しかし、勝敗の賭かった重要な作戦だ。それを実行できるのは我らしかいない。少なくとも矢が飛んできただけで悲鳴をあげるどこかの将軍のような臆病者にはムリだ」
ドッと笑いが起こる。
「我らの手で勝利を掴みに行くぞ!」
オオオオオォォ!
雄叫びが返ってくるのを確認して、移動を開始する。どうせ船で奇襲することになれば騎馬は意味をなさないので置いていき、全員徒歩での進軍する。
ブロンテー川に出るためには真っ直ぐ北上すればいいのだがそれでは要塞の敵に気づかれてしまう。一旦南東に進み森を地元の森人が使っているのだろう森の中にできた道と言えないほどのの道を進み森に分け入る。
妖狼魔犬が多く棲む森の進み、要塞からは行軍が見えない程度まで入ると一転して北北東を目指す。
森は深くなればなるほど強大な妖魔が生息する。街道の東側の森は元々西側の森鉄の森の外縁に位置していたものを百年を超す長い時間をかけて少しずつ、木を伐り、草を踏み締めて街道を通した結果分断された形になっている。
故に出没する妖魔は小物がほとんど。それでも途中で魔獣に出くわすこと大小数十回。訓練された兵でなければあっという間に壊滅していたかもしれないが犠牲者を出さずに川縁に出ることができた。
「これより作業に入れ!」
妖魔に備える部隊、船を造る部隊、休息をとる部隊、と振り分けて作業に入る。
先に休め、とジルに進められて躊躇いながらも休息をとる集団の片隅に行き座り込んだところに呼びかける声があった。
「今回の作戦志願したって本当、ローズ?」
透明感のある金髪に黒のメッシュをいれたような縞模様の髪の女が木に背を預けて立っていた。
「ミエル、休まなくていいのか?」
ミエル・エローは名実ともにローズの副官だ。同年齢同期入隊の二人は宿舎も同室のため、軍属になってから離れた時がないといっても過言ではない。
真面目で堅物のローズは尊敬はされるが、親しみは持たれ辛く、上官とのもめ事も絶えない。対して、ミエルは気さくで話しやすく、上官とりわけ男の上官にはウケがいい。副官の彼女が上下ともに緩衝材でいてくれるおかげでローズは指揮も取りやすい。
「このあと約束があるの」
約束、と聞いてローズが嘆息する。
ミエルが夜中に約束というと男に決まっている。その社交性の高さには助けられているものの何度か迷惑を被ったこともあり、よくやる、と思わずにはいられない。
ローズとミエルの趣向の違いは服装一つとっても明らかだ。ローズの上着は体にフィットするタイプのギャンベゾンに下はキュロットという機能的な軍服に身を包み、上から軽金属のブレストプレートとフォールド、タセットをつけている。肌が見えているのは首から上だけという完全防備だ。
ローズの装備はルディア軍の正式装備で、異なる部隊もあるもののこれが基本となる。
一方でミエルは同じ軍服だったとは信じられないほど改造を施している。服は肩口と胸の下でカットされ腕と腹部が露出し、キュロットも大きくカットされズボンというより下着に近く、大腿部が付け根から露出している。服の上から装備する鎧も鎧として用をなすのか疑問視せざるを得ない。胸部を覆うブレストプレートとタセットの代わりに腰回りで留めるスカートのようなアーマーは鎧というよりは異国の踊り子と言った雰囲気だ。
なお、彼女の名誉のために言っておくがこれは意味のない露出ではない。鬱金というべき暗い金色の輝きを放つ彼女の鎧は七大鋼の一つ誘魔の金でできている。七大鋼の中でディミクリュはもっとも魔術との相性がいい。
彼女の鎧は表面に刻まれた紋様によって「敵を惑わし、認識され難くする」という特性を持っている。その魔術の都合上、面積が極端に削られているわけだが、魔術の効果で狙われること自体が少ないから問題にはならない。
「それより質問に答えてくれないかしら?」
「ああ、本当だ」
ぶっきらぼうに答える。
「オーリュトモスの無策に任せておいたら多くの将兵を無為に死なせることになる。この作戦は危険だが十分に勝算がある、同じ命を懸けるなら意味のある方がいいだろう?」
「でも、私たちが危険を冒してまでオーリュトモスに手柄を立てさせてやることはないんじゃない?」
ヴェニティーは今年二十歳。ローズとミエルの一つ上で士官学校の先輩にあたるが、名門を鼻にかけるヴェニティーを嫌っている者は少なくなかった。ミエルもヴェニティーに嵌められて酷い目に遭った経験から憎しみに近い感情を抱いている。
「それでもオーリュトモスの猪突で大勢の将兵が犠牲になることをよりはマシさ」
「そうかしら?」
ミエルの問いにローズが沈黙する。
ローズにもわかってはいる。ここで手柄を立てればもちろん軍功第一はローズということになる。しかし、それは同時に司令官であり、作戦を認可したヴェニティーの功績にもなる。オーリュトモスの威光を増す一助になってしまうのだ。
沈黙するローズに業を煮やしてミエルが口を開く。
「だとしても私たちがオーリュトモスの出世に手を貸すのは下策じゃない?」
「…………だからといってどうにもならない」
相手は、今は総司令。立場が変わらない以上ヴェニティーの無策に巻き込まれて自分が死なないように、そして、仲間を死なせないように最善を尽くすしかない。
「あの女には愚策をやらせればいいのよ。そして、貴女が戦場で臨機応変な対応をとることで個人で武勲を独占すればいい」
たしかに、ミエルのいうこと一理ある。例えばヴェニティーが正面突破を訴え、突撃したとする。おそらく膠着するであろう戦場で自分の部隊だけを率いて側面に回るなどして本隊とは別行動すれば不可能ではない。しかし、その場合は命令違反という罪状も同時に背負うことになる。
「そんなことできるわけないだろう」
命令違反はともかく、ミエルの提案ではその他大勢の将兵がヴェニティーの愚行のツケとして死んでいくのを見過ごすことになる。そんなことはできない。
「でも、ヤツがのさばれば将来もっと多くの将兵を殺すかもしれない……ううん、きっとそうなる。今の一万を犠牲に将来の十万を救う方がいいでしょ?」
「今の一万も未来の十万も救うさ!」
「どうやって?」
「今はこの奇襲作戦を成功させて少しでも犠牲になる兵の数を減らす」
「それで、将来はどうやって?」
「私がオーリュトモスの上に立てばいいだろう」
喧騒が消えたような錯覚。周辺で作業する金属が木を叩き、削る音さえも途絶えてたように静寂が包む。
「そう、ならいいわ。……で、肝心のこの作戦の成功率はどのくらいと見てるの?」
「おそらく……八割……悪くて七割といったところだ」
「上等な数字ね」
「私たちだからな」
ルディア王国は平和な国だ。妖魔さえ越えられない天険が南北を守り、破壊できない鉄壁の長城が東西を守る。そんな国だから戦争とは縁遠い。
しかし、西方軍総司令官であるオーリュトモス将軍に嫌われているドレイファス将軍と麾下の旅団は国土で唯一長城の外にある大都市、城塞都市牙の城に駐留していた。そのおかげで攻め入ってくるブルトルマン帝国やイースウェア公国との小競り合いで人間相手の実戦経験は豊富だし、妖魔相手にも城壁を超えようする妖魔を駆逐するために少なくない数の戦闘を経験していた。
とりあえず納得したふうのミエルは笑って背を向けると皆が作業しているのとは反対の川縁の方へと立ち去っていく。どうやら約束とやらは軽口ではなく本当らしい。呆れ半分、マイペースな戦友に安堵させられること半分の複雑な気分で剣を腰から外すと、鞘ごと抱きかかえるようにしてしばし微睡む。




