第一章 三つ首の番犬要塞攻略戦 3
指揮官の寝床となる天幕の入り口に立つ側近から来訪者があったと知らせが来たのは作戦会議が終わって間もなくのことだった。
すでに軍服を脱ぎ、ネグリジェを纏うのみのヴェニティーだが、恥じらう様子もなくそのままの姿で客を迎え入れた。
「オーリュトモス将軍!」
「なにかしら、マックス」
個人的な謁見とはいえ愛称で呼ばれてフォンテーヌ将軍に戸惑いの色が浮かぶ。
ヴェニティーはまだ二十歳と若く、そして、お世辞抜きで美しい。軍人であるため化粧は普段からほとんどしておらず、輝くブロンドの髪も普段は邪魔にならないように優雅に結い上げている。しかし、湯浴みを終えたばかりの今、髪は降ろされ、服装が軍服からネグリジェになったことで、腰の括れややや筋肉質とはいえ女性らしい脚線が露わになり、胸元も大きくはだけて膨らみを魅せつけている。
防衛のための戦力であるルディア軍には遠征時の兵士のストレスを緩和してくれるような慰安機関はない。どうしても溜まっていく類の欲求が視線を惑わすが、なんとか理性を保ってわざわざ天幕を尋ねた本題に入る。
「一体どういうおつもりですか?ドレイファスの飼い犬の作戦を起用するなど……」
ヴェニティーはなんだそのことか、と面倒臭そうに息を吐き、爪の手入れを始める。それをみて顔に朱を登らせるフォンテーヌ将軍が二の句を発する前に、
「わたくしもラズワルドは気に入りません。しかし、理にかなった策である以上無視するわけにもいきません。事実、貴公も論破できなかったではなくて?」
「それは……」
「それにたった千やそこらの兵で何ができようものか。失敗して自滅するが関の山、万が一功をたてようともそれは同時にわたくしの手柄でもあるのですから仔細なし」
鑢で磨いでいた爪を口元へ近づけて息を吹きかけて、
「それに貴公の嫌いなドレイファスの部隊は後方で攻城塔造りに勤しみ、明日の戦いでは支援しかできない。なんの不満があるの?」
多くのライバルを蹴落としてきた父シヤンの手練を見て育ったヴェニティーは用兵家としての実力は不足していても政治、権力闘争を見通す力はかなりのものがあった。
「用が済んだのなら下がりなさい。深夜に淑女の部屋を訪ねるだけでも非礼なのですから」
そういわれた後もしばらくは何か反論の糸口はないか、と黙考していたフォンテーヌ将軍だったがやがて観念して退室した。
会議で無視しようとしたことからも明らかなように、ヴェニティーにとってもローズは面白くない存在だった。
当初は学年が違うために意識したことなどなかった。しかし、士官学校時代、年に一度行われる学年の枠を超えた剣術大会その初戦でローズと戦い、惨敗した。剣技にこだわりなどなかったものの年下に無様な大敗を喫したことは屈辱以外の何物でもなかった。
それにとどまらず、馬上槍個人戦でも負け、馬上槍団体戦では同級生同士で組んだチームの全体の総力のおかげで辛勝したもののローズ一人の活躍で追いつめられた。そして、翌年以降もそれは変わらないどころか馬上槍団体戦さえも総力の差が縮まったために敗れるようになり、それが卒業までの四年間毎年続いた。
何より許せなかったのがそれらの武芸大会での活躍が第一王子・ヴィクトールの目に止まったことだった。
気さくな人柄から国民に人気があり、人望厚く、知勇とついでに美貌も兼ね備えているヴィクトール王子は現国王とは違い、武芸の人で彼自身も士官学校に通い、武芸大会に参加していた。偶然にも同学年に在籍する王子は女子学生たちの羨望の的だった。王子に認められようとする者は多く、ヴェニティー自身は王家に嫁いでも見劣りしない名家の出身だけに本気で狙っていた。
それをローズは横からきて掻っ攫っていった。いった、と皆が思っている。事実は色々と複雑なのだが、少なくとも大きく的を外れてはいない話で、名家出身でもなく、親族が軍上層部にいるわけでもないローズが二十歳を前に中佐になるほど順調に出世街道を邁進できたのはドレイファス将軍だけでなくヴィクトールの存在も小さくなかった。
「あの生意気なラズワルドが自ら立案、志願した作戦で破滅してくれれば重畳」
改めて口にすることで自分にも言い聞かせてベッドサイドに置かれたボトルへと手を伸ばす。琥珀色の液体をグラスに注ぎ、一息に仰ぐ。
喉に焼けるような熱い液体が流れ込み、唇の端から零れた液体が頬を伝って喉の表面流れ落ち胸の谷間へと消える。液体が気化する際に熱とも涼ともつかない感覚が皮膚に奔る。
「もし、成功しても総合的な手柄は総指揮官であり、大隊長風情の策を起用したわたくしにも帰属する。どちらにしても悪くはないわ」
自らに言い聞かせるように呟くと、もう一度ボトルを傾け、グラスを満たす。それを煽りって胸に込み上げる苛立ちを呑みこんでから床に就いた。




