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ルディア戦記  作者: 足立葵
第一話「戦場の青き薔薇」
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第三章 渡り妖魔 2

 翌朝、まだ空が白みはじめたばかりのころに鶏の鳴き声に起こされた。

 夜中に二、三度シュテフィにサイズ合わせなどで起こされたが、屋根と壁のある場所での睡眠は肉体の疲労以上に精神的な疲労を拭い去ってくれた。

「どうかしら?」

「最高だ。ありがとう」

 仕立て上がったばかりの服の具合を尋ねられて、シュテフィに感謝する。

 上はルディア軍のギャベソンに比べて薄手でタイトな作りだが、アラグラーソの糸の丈夫さがあれば金属鎧の摩擦にも耐えられるそうだ。下も同じくアラグラーソの糸で作ったキュロット。上下セパレートの銀のアンダースーツは軍服に比べて体のラインを強調し気恥ずかしいくらいだが、それ以上に今まで着ていた軍服よりも数段軽く伸びやかで動きやすい着心地の良さに対する驚きがあった。

 この違いは素材の違いだけではあるまい。縫い目が気にならない丁寧な仕上がりとこれほど早くしっかりした仕立ての腕前で店が寂れているのは不思議のほどだ。

「よかったわ」

「ありがとう。ところでこの近くで武器屋はないだろうか?できれば良心的な値段の店がいいのだが……」

 嬉しそうに笑むシュテフィに代金を支払いながら尋ねる。傭兵向けの仕立屋をやっている商売柄親しくしている武器屋もあるだろう。

「ああ、だったらファルカに案内させるわ。昨日の騒ぎで無事だといいのけど……」

「あっ、私とブレッドも行くから一緒に行こうよ!」

「二人も?」

「うん。私はナイフ、ブレッドは矢の補充にね」

 消耗品の武器を使うマリとブレッドは仕事の度に補充が必要なのだという基本的なことを失念していた。

「なら一緒に行こう」

 朝食を済ませるとローズはマリ、ブレッド、そしてファルカに案内されて四人で武器屋に向かった。ブレッドとマリが一緒なので大丈夫だ、と言ったのだが、ファルカもついて行くといって聞かなかった。昨日怒られたばかりで外に出て気晴らししたいのだろう。頑として断ることでもないので宿代代わりにまき割り水汲みをすると言っていたマーティンと徹夜明けで疲れて眠っているシュテフィを残して四人で行くことになった。

 アラグラーソ退治の報酬六分の一は相当な額でレーザーアーマーと手袋、ブーツを揃えて、刀を研ぎに出しても十分な額だった。研ぎが終わるまでの時間を利用して地図や食糧などの旅支度のために店を回ることにした。

「ローズ、カッコイイね」

 一揃いの装備に身を包んで外套の前を開いて歩くローズを見てマリが言った。

「ようやく人前に出ても恥ずかしくない格好になったよ。徹夜で頑張ってくれたシュテフィのおかげだな」

「凄いよね、あんな恰好で町中歩いてたんだもん」

「……言わないでくれ」

 裂け目の入った外套を一枚纏っただけという風呂上りのような状態で町の入り口からシュテフィの店まで歩いた道のりは実際の距離の数倍にも感じられた。顔が焼け、脳が茹で上がるほど羞恥の炎に焼かれてよく正気を保って歩いていられたものだと思う。

 人生最大級の恥辱を思い出して顔を赤らめているローズを見て話題を変えようと視線を彷徨わせたマリがあるものに気がついて声を上げた。

「ねえ、見てアレ!」

 マリが指差す先には町の広場があり、そこに人だかりができてる。

「昨日の妖魔の正体と今後の方針だろうな」

 妖魔が暴れ、町に被害をもたらすほどともなれば対応が必要になる。今回のように被害が一過性のものである場合、強力な妖魔ならば泣き寝入りすることも少なくないが、弱いものならば討伐依頼を出すために住民から依頼料の徴収が行われる。町長の独断で決まらない場合は町民で決を採るなどすることもある。

「興味があるな。見ていこう」

 町がどんな対応をするかはともかく、アポドミティカならばこれから追いつこうとする仲間のいる方、東へ向かう可能性もある。情報は得ておくに越したことはない。人混みに揉まれながら掲示が読めるところまで流されていく。

「あっ!」

 短く驚きの声を発したのはマリだった。

 

 昨夜の妖魔について

 目撃者の証言および周辺の町や村からもたらされた情報、近郊を渡り歩くアポドミティカの種類を総合して判断すると昨夜の妖魔はユニコーンである可能性が極めて高い。

 よって討伐は不可能とみて、外壁の修理を優先することにします。

 

 町が討伐を諦め、マリが驚くのも無理はない。

 ユニコーンはBランクの上位妖魔。しかも、強さだけならばAランクに匹敵する。食性が肉食ではなく、草食であるため率先して人を襲うことがないからBランクに位置づけられているが、気位高く、気性は荒い。決して人には懐かず、一度怒らせるとその身が亡ぶまで暴れ続けるとさえ言われる。また、妖魔だがその属性が光であるため光を厭わない。

 おそらく、人が森を焼いたことで怒り狂って周辺の村や町を襲っているのだろう。

 そんな思想をする傍らではマリが何かを希うように気弱な、すがるような目でブレッドを見上げて、

「ねえ、ブレッド……」

「ダメだ」

「どうしても?」

「俺たちにはムリだ」

 ブレッドにはめずらしく突き放すような口調と冷たい声音で言い放つ。

「ねえ……ローズ、手つ……」

「マリッ!!!」

 躊躇いながら、マリがわずかに視線をローズに向けつつ呟くのをブレッドが慌てて止めた。

 しかし、妖魔に関して詳しくないローズでもそれだけでマリの言いたいこと、頼みたいことはわかってしまった。

 ユニコーンの退治、捕らえ方は二つある。

 一つが人海戦術での包囲作戦。仔を連れて餌場に現れた時を狙い、大勢の騎馬と重装甲兵で取り囲む。自身の力に絶対の自信を持つ気位の高さと仔を見捨てない高潔さからユニコーンは戦う道を選ぶ。そこを矢や投げ槍で攻めれば生け捕りは不可能だが狩れる。しかし、これは軍がやる方法でローズの有無は関係ない。

 もう一つの方法。こちらがローズを必要とする方法でそれが乙女による幻惑。ユニコーンの気がつく範囲に清廉な乙女(多くの場合処女)を据える。すると、ユニコーンはこれにすり寄って膝に頭を預けてくるという。

 しかし、解せないのはマリがなぜローズの助けを借りてまでユニコーン狩りを引き受けたがるのか、という問題だ。約二日行動をともにしてマリが狩りを楽しむような残虐な性格でも、金銭に貪欲な性格でもないことくらいはわかっている。

「どうして、そんなにユニコーン退治に執着するんだ?」

 ブレッドとマリに向けた質問だったがこれに予想外の人物、ファルカが答えた。

「お姉ちゃんのためにユニコーンの角を手に入れようとしてくれてるんだ」

 問うまでもないほど単純明快な答えだった。見るからに病弱そうなシュテフィを見ればマリの性格なら助けたいと思うだろう。

 ユニコーンの角はあらゆる毒を解毒し、万病を治癒するという。しかし、捕らえ方が難しいからなかなか市場に出回らずとても高価だ。仕事も兼ねるのは好機と言える。

 ブレッドが仕方ないというふうに息を吐き、

「戻りながら説明するよ。こんな人混みでする話じゃない」

 武器屋に戻り、研ぎに出した刀を受け取った後、シュテフィの店に戻るには少し遠回りな人気のない道を選んで歩みながら話し始めた。

「三年前、リスティッヒは南部開拓計画の一環としてこの辺り一帯の農地牧草地を蝕んでいる蜘蛛の森(シュピンネヴァルト)を焼くっていう計画を立てた。その予備調査の一つとして害の少ないと思われる最外縁部の森の一部を焼いたんだ」

「ただの調査で森を焼く!?」

「例の毒の問題さ。樵が薪にしても害がないからと言って森の規模で焼けばどうかわからんからな。慎重なリスティッヒはそれを確かめることにした。結果、三年くらいまでは毒を持ち続け、三年から十年の木だと毒は薄まるが森の規模で焼くとまだ害になり、十年を超えると無毒になるとわかった」

 十年とは長い。その間にもアラグラーソは森を広げる。外縁の新木を焼けない上に十年経ち、無毒になったころにはそのあたりはかなり深い所になっているだろう。

「それでも無毒になる時期の詳細がわかったことで森の侵蝕に悩んでいた付近の住民は森を焼き畑を取り戻し、拓くのに一歩近づいたと言って喜んだ。ところが、この調査で出た毒でこの町を含む数か所の村と町が毒にやられた」

「その一人がシュテフィ?」

 だが、町の住民にシュテフィと同じように病んでいる者は見かけない。元々病弱だったんだろうか?

「ああ、シュテフィもファルカも被害に遭った。しかし、多く摂取しなければ死には至らないし、時間はかかるが自力で治癒する程度のものだ。当初、軍は多少のリスクは承知上での調査だったはずだと何も対処しなかった」

「何もしなかった!?」

 少なくともルディア王国では国策の影響で国民に害が及んだならば相応の処置をとるという制度がある。それともこういう制度は妖魔の害に悩まされない楽園、ルディア王国でしか成り立たない甘い制度なのだろうか?

「ああ。だが、当然住民たちも黙ってなかった。住民総出で訴えを起こそうとした。自分のキャリアに傷をつけたくないリスティッヒはそれを忌避してようやくわずかばかりとはいえ薬代を給付した」

「なら、なぜ?」

「毒ってのは身体の大きさと摂取量がカギだ。大気に混じる煙、灰が地を伝って水に染み込んだ毒だ。誰もが平等に摂取しちまった。当時、今より小っこかったファルカはシュテフィより具合いが悪かった。苦しむ妹を見かねたシュテフィは二人分の交付された金と有り金全部をファルカの治療に使っちまった」

「しかし、自然治癒でも治るんだろ?シュテフィは三年経っても……」

 この問いにファルカがビクリと反応して居心地悪そうに肩を狭める。

「シュテフィだって当時まだ今のマリくらいだったんだ、決して大きくなかっただろう。そこに妹も抱えて病んだ体で無理をして働けば、治るどころか容体は悪化するに決まってる」

 なるほど、とローズは納得した。自分を治すために姉が犠牲になった、とファルカが思っていれば責任を感じても無理からぬことだろう、と。

 しかし、ローズの解釈は尚早だった。ブレッドが手を振ってさらに続ける。

「それでもまだそれだけなら普通に治ったかもしれない。ファルカもシュテフィを支えるために十歳の誕生日を前に採屍人プトーミゴスをはじめ、負担も減っていたらしいからな。けど、早く姉を良くしようと焦ったんだろう。自分で稼いだなけなしの金をもって薬を買いに街までいった」

 雲行きが怪しくなってきた。

 知らない街では信用できる商人や信頼のおける店を探すだけでも苦労する。知らない大きな街でなけなしの金を握りしめた幼い子どもが乏しい知識で薬を探す。詐欺まがいの悪徳商人にとってはいいカモだ。

「別の街でユニコーンの角の粉末を買ったんだ。子どもでも知ってる有名な治療薬だからな。しかし、その相場がどれくらいかまではわかってなかったんだろう……まがい物をつかまされた。それもただの獣の骨の粉末とか質の低いまがい物ならよかったんだが…………バイコーンの角の粉末だったんだ」

 目も当てられない、とはこのことだろう。

 純潔を司るユニコーンに対して不純を司るバイコーンの角はユニコーンの角の悪質なまがい物として有名だ。ユニコーンの角が薬ならバイコーンの角は毒。しかも、バイコーンも決して捕まりやすいわけではないのだがなぜか角だけは多く市場に流れる。バイコーンがワザと採屍人プトーミゴスの見つけそうな森の木に自らの角を突き刺して折ることで人を毒そうとしているのだという説がまことしやか語られるほどに。

「そのせいでシュテフィの容体は一向に良くならない。今も稼ぎの大半をバカ高い薬に注ぎ込んでるが維持がやっとだ。その上バイコーンの穢れが移るって言いふらす連中がいるせいで店の売上まで落ち込む始末だ」

 なるほど、いくら専門的な店とはいえいい腕をしているシュテフィの店が繁盛していないことに疑問を感じてはいたがそういう事情があったのか。

「ローズ……」

 足どり重くついて来るファルカの手を握りながら縋るような目でローズを見つめるマリ。

 正直、一日の遅れが部下九百余名の命にかかわる以上一刻も早く発ちたい、というのがローズの本音だ。しかし、義侠心の強いローズにとって病の身体とは知らなかったとはいえ、シュテフィに徹夜強いてしまった、という事実は罪悪感に似た縛めとなった。

 マリに手を握られたまま、一言も発さないファルカ。その肩は昨日よりも小さく見える。

「ファルカが毎日森の奥に行ってるのも昔この町での住民がCランクの巣に運悪く引っかかって身動きが取れなくなったユニコーンを見つけて大儲けしたって話があるからなの!お願い!手伝って」

 昨日、チャンス、と言いかけていたのはそういうことか。

 ユニコーンは風の如き速さだ。捕らえることなどできない。しかし、蜘蛛の巣に引っかかってくれれば、あるいは蜘蛛の餌食になった後の遺骸から角が手に入るかもしれない。冷静ならばかからないような巣でも荒れ狂っていればかかる可能性も高まるかもしれない。

「わかった、協力するよ。マリ」

 マリの顔が笑顔に切り替わる。

 横に並ぶブレッドがガリガリと頭を掻き、ファルカに聞こえないように囁く。

「自分の言ってることの意味わかってんのか?」

「今から追いつくなら馬が欠かせないが、残金では買うことも借りることもできないからな。ここで一稼ぎして土産でも持って行ってやるさ。大丈夫、追いつくまでは私の親友がもたせてくれる」

 都合のいい言い訳だ。集団での移動は個人に比べて足が遅い。健足のローズならば徒歩でも疲労困ぱいの部下たちに追いつくことは不可能ではない。

 ブレッドにもそのことはわかったのだろう。

「スマン。恩に着る」

「何、散々世話になった恩返しだと思えば当然のことだ。それにブレッドたちにあっていなければまだ森を彷徨っていたことを考えれば一日くらい帳消しだ」

 ローズはマリとともに店に残ったマーティンを迎えに行き、ブレッドは町長からユニコーンの情報をもらうために町の中央に取って返した。

 

 町の入口で合流するとそのまま蜘蛛の森(シュピンネヴァルト)へと向かった。

「しっかし、ブレッドよく引き受けたな」

 森――というより森が侵蝕しつつある途上の林を歩きながらマーティンが呟いた。

「そういえば昨日も受けないと言っていたが……何か理由でもあるのか?」

 昨日、アポドミティカの正体がユニコーンだとわかる前からマーティンに受けるな、と釘を刺していたことを思い出し、何気なく聞いた問いだったが、

「ユニコーンは純潔の乙女を好むというが……実際の成功例は少ない」

「そうなのか?」

 ユニコーンを乙女で幻惑するという捕らえ方は妖魔に詳しくないローズも知るほど有名だ。それが間違いだということだろうか?

「昔、ウチのギルドでも北の小国の国王の依頼で狩りをしたことがあるんだがそん時は囮になった女が二人刺されて死んだ」

「へえ、そいつぁ初耳だな」

「あの時、狩りに参加したヤツらはこの話をしたがらないからな」

 かくいうブレッド自身も口にしたくないことは明らかだ。何しろ、それなりに付き合いが長いだろうマーティンにもマリにも話していないのだから。

「一人目は依頼主が条件を満たす女を国民から募った。ちゃんと処女だったし、品もあり、人格的にも評判のいい娘だった。池の畔にユニコーンが水を飲みに来る時を狙ったんだ。言い伝え通り、近寄ってきたユニコーンは鼻面を摺り寄せ、彼女を甘噛みするような仕草を見せた。しかし、直後に彼女は刺された」

 何か失敗でもしたのか、と投げかけた問いにブレッドは首を振る。

「俺の知る限り言い伝え通りにやったし、彼女の挙措にも問題はなかった。無理にでも探せば彼女には婚約者がいたってことくらいだな。で、それが不味かったんじゃないかって話になったが、一人死んだとなると次の候補者は二の足を踏む」

 当然だろう。人一人が殺された後で新たな立候補者など出るはずもない。最初の一人が適任者だったならなおさらのことだ。

「んでもギルドの面子と……依頼主が国王ってことで断れるような依頼じゃなかった。それでメンバーから一人の女が囮を買って出た。彼女も間違いなく処女で人柄も悪くはなかったし、一人目の娘程じゃないが粗野な傭兵の中ではかなり品がある部類だった。しかし、結果はソイツも同じだった」

 語り部のブレッド以外誰も言葉を発さない。

「それで安全策はムリだとわかって国王が国軍を動員しての狩りが行われた。餌場に来た親子二匹、実質親一匹に動員された人数は一師団と一旅団計一万五千人。逃げ場がないように取り囲んで槍を投げ、矢を放った。本来なら仔を庇う親を疲労させてしとめるはずだったが、まだ親が疲労しきる前に偶然流れた矢が仔を仕留めちまった。その後、護るべき対象を失った親が怒り狂って暴れ、近くの町が一つ潰され、軍だけで五千人以上の死傷者を出した」

 この話にはさしものローズも生唾を飲む。妖魔相手に安全な仕事などないが、これから当の囮役をやろうというときに聞かされては身構えずにはいられない。

 ローズに頼んだマリの表情に罪悪感を源泉とする恐怖が湧きだし、自分がローズに頼んだことがどれだけ危険かという事実に竦んでいる。

 マーティンも被害の大きさに緊張の色が隠せないでいる。

 三者三様に話を受け止めている中、先を歩いていたブレッドが真剣な面持ちで振り返り、

「時にローズは処女か?」

 投げかけられた問いと真剣な表情のギャップに理解するまで数瞬を要し、

「…………女性にいきなり尋ねるべき質問ではないと思うけど?」

 ユニコーンを惑わす囮の条件は清廉な乙女とされている。清廉な乙女が正確に何を指すのかは定かでないが男性経験の有無は基準の一つと言っていい。

 かつて、処女の仲間で失敗した経験があるのだから心配しての問い。ブレッドの声にいやらしい響きはないが、さすがに女としてその問いに即答するのは躊躇われた。

「………………」

 しかし、かつて仲間を失っているだけにブレッドに軽口に応じる様子はない。

 協力すると申し出た以上こんなことで煩わせても意味がない。観念して仕方なしに、男性経験はない、という告げようした矢先、マーティンが茶々を入れた。

「オイオイ、それ以前の問題だろ。町の中を裸で駆けまわるような露出女だぜ?」

 ブチッ

 ローズの中で何かが切れる音がした。

 否定しようのない事実だが、同じ趣旨の発言でも言葉の選択、口調によって籠もってくる悪意と善意の比重は大きく異なる。それに発言者との関係でも受け止め方は変わる。ローズの琴線に触れた理由がマーティンだからなのか、口調なのかは定かでない。あるいはその両方かも知れないし、どちらでもないのかもしれないが、とにかくマーティンの発言はローズの逆鱗に触れた。

「誰が露出女だ?」

 放てるだけの怒気と殺気を込めて鞠問する。

「ああ?町中を裸で駆け回るような不行状なヤツに決まってんだろ」

「あれは服が無くて仕方なかったんだッ!!!」

 当然予想された返答に即座に切り返したが、

「へぇえ、じゃあマリとファルカが飛び出してったときはどうなんだ?」

 さらに返された言葉の意味を理解できず、え? と怒気が霧散し、疑問で返してしまった。

「あんときお前あの恰好で自分から追いかける役買って出ただろ?」

「あっ…あのときは……」

 してやったりとばかりに嘲笑的な口調がさらにローズの神経を逆撫でする。

 確かに、今思えばマーティンに追わせてローズが残るという選択肢もあった。それをしなかったのは、生来できることは自分でやってしまうというローズの性分の所為なのだが、一般的に見て外套に下着だけで駆けだしたことは品がある行状とは言えない。

 言いよどんでいるローズを見てマーティンの口角が上がり悦に入った笑みを作るが、

「マーティン、その辺にしとけ!でどうなんだ、ローズ?」

 話の腰を折って茶々を入れたマーティンとローズの舌戦に辟易したブレッドが助け舟を出してくれたが、あまりにムキになっていたために当初の話を忘れてしまっていた。

 ポカンとしているローズにため息を溢してから、

「処女なのかって話だよ」

「あ…ああ、もちろんだ」

 ホントかよ、と小さな声で小突き回してくるマーティンを無視して疑問を投げかける。

「しかし、少なくとも過去二回おなじような条件で試して失敗しているんだろう?私だけが成功するとは思えないんだが……」

「その通りだ。だが、餌にはなる」

「二人目に囮になった人は何が原因で失敗したんだろう?」

 単なる町娘より自分に近いであろう光輝な聖杯(ホリー・チャリス)のメンバーの女性の失敗の原因を探ることの方が可能性を高めるのに役立つと考えた。

「どっちについても確かな理由なんてわからない。ただ、ウチのメンバーに関していえば血の穢れじゃないかって推測が一番濃厚だな」

「血の穢れ?」

「傭兵だからな。それなりに妖魔を狩っていたし、戦争にだって参加していた」

 納得できる推論だが、だとするとローズも失敗するし、今さらどうしようもない。わずか五日前には戦渦の中に身を投じて指揮をとっていた身だし、昨日は蜘蛛の森(シュピンネヴァルト)でアラグラーソ退治に尽力したばかりだ。そういう意味でなら言い逃れようもなく穢れきっていると言えるだろう。

「俺だってシュテフィは助けたいし、ファルカに無茶を止めさせたいけど、囮役があまりに危険すぎる。そこで、だ……」

 誰が聞いているわけでもないはずだが、まるでユニコーンに聞かれまいとするかのように声を潜めるブレッドに釣られてローズたちが顔を近づけ、自然と内緒話のように作戦会議が行われた。

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