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履歴

2章


図書委員でペアになった『佐倉さん』。

彼女のすごい噂は、入学してから数学のテストがずっと100点満点だということ。


古文くらいしか得意なものがない私からすると、すっごく頭が良くて遠い世界の人……でも、ほんの少しだけ気になっちゃう存在だったんだよね。



――それも、先週の水曜日までの話。


初めて図書当番で一緒になった佐倉さんは、噂で勝手に想像していたような、話しかけづらい優等生なんかじゃなかった。

深海魚の話になると、思わずこっちがクスッと笑っちゃうくらい熱く語りだす……不器用だけど、なんだか目を離せない感じの女の子。

また、あんな風に話せたらいいな。



◆ ◆ ◆


4月28日 水曜日

橘さんとふたりで入る、二回目の図書当番。


明日からゴールデンウィークという浮ついた空気が校内に漂う放課後。

私は図書室のカウンターで、密かに息を呑んだ。


この図書室には「貸出・返却処理は、不正防止のため自分以外の委員が行う」というルールがある。そのため、私の目の前には、橘さんが差し出した三冊の本が積まれている。


「ごめんね佐倉さん、これ、お願いしてもいい?」


上から降ってきた柔らかい声に、私は努めて平静を装いながらコクリと頷く。

本のバーコードを読み取りながら、どうしてもタイトルに目がいってしまう。


一番上は、メンズファッション誌。

……男物の服? まさか、彼氏がいるとか?

そんな想像が不意に頭をよぎり、胸の奥がチクリと痛んだ。


続く二冊目は『エカチェリーナ二世の伝記』。そして三冊目が『源氏物語』のマンガ版だ。

華やかな外見からは想像もつかない、このバラバラで多面的なチョイス。一見するだけでは掴みきれない「橘栞」という人の奥深さを突きつけられたようで、私の心臓は無性にドキドキと音を立てた。


『ピッ』と小気味よい電子音が鳴り、目の前のPC画面に彼女の図書カード番号と、これまでの「貸出履歴」がずらりと表示される。


悪魔が囁いた。

――画面をスクロールすれば、彼女のことをもっと知れる、と。


どんな世界に興味を持ち、どんな言葉に触れてきたのか。知りたい。

マウスを握る右手に、一瞬だけ力が入りかける。画面のタイトルを見てしまいたい誘惑が、喉の奥をカラカラにさせた。


でも、それは駄目だ。


覗き見なんて卑怯な真似で、彼女とのわずかな繋がりを壊したくない。

私は誘惑を断ち切るように画面からそっと目を逸らし、素早くクリアボタンを押した。


「貸出、終わったよ」


できるだけ平坦な声を装って顔を上げると、橘さんは「ありがとう」と柔らかく微笑んだ。それから、積まれた三冊の本と私の顔を交互に見て、くすっと小さく笑う。


「佐倉さん、今『変な組み合わせ』って思ったでしょ」

「えっ!? そ、そんなこと……」


図星を突かれて変な声が出た。橘さんはカウンターの縁に両手を添え、すっと身を乗り出し、『怪しいなぁ』とでも言いたげな、からかうような視線をくれた。


近い!


「メンズ誌、驚いた? 実は最近、オーバーサイズの服が気になってて。佐倉さんはどう? こういうの着たりする?」


挿絵(By みてみん)


覗き込んでくる彼女の顔が近くて、私は思わずスキャナーを持ったまま視線を泳がせた。


「あ……うん、大きいのは好き、かも……」


誤魔化すように頷きながらも、橘さんの言葉に、図らずもホッと胸を撫で下ろしてしまう自分がいる。


「……あとの二冊は?」


勢いに任せて尋ねると、彼女は楽しそうに指を折った。


「エカチェリーナはね、自分の力で運命を切り開く強さがかっこよくて好きなの。源氏物語は……私、古文だけは得意だから。佐倉さんの数学連続100点には遠く及ばないけどね」


「私のこと、知ってるの……?」


聞き返しながら、胸の奥で小さな花が弾けるような感覚があった。

クラスの隅で透明人間を決め込んでいた自分の存在を知ってくれていた。ただそれだけのことが、ふるえそうなほど嬉しい。


「もちろん。有名人だもん」


悪戯っぽく片目をつむって見せた橘さんの眩しさに、脳の芯は痺れ、全身に微弱な電流が駆け抜ける。


私への評価は、好奇の目や、棘を隠した言葉が多かった。だから、『有名人』という言葉も、どこか揶揄やゆされているような響きとして受け取ってしまう癖がある。


けれど、橘さんの声には、そんなとげは微塵もなかった。

ただ単純な驚きと、そして称賛だけが、陽射しのような温かさで込められている。


クリアボタンを押した画面の奥、スクロールすれば覗けたかもしれない、彼女を構成する文字の羅列。

そんな無機質なデータなんて、もうどうでもよかった。


今、私の目の前で、体温と、甘いシャンプーの香りと、そして私を認めてくれる優しい笑顔を持つ彼女が、こうして存在してくれている。

この事実と、一瞬の心の触れ合いが、履歴なんかよりも正しい彼女の人柄を教えてくれた。


そして――なぜだろう、私はいま、嬉しくてたまらない。

続き(2章)書けました。嬉しい。

イラストはGemini画伯




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― 新着の感想 ―
私も図書委員だったので懐かしいです。 貸し借りとかはやらず、本の整理しかしたことなかったですけどw
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