第5章 北へ眠る鉄
「この紋章……どこかで見たことがある。」
王立魔術学院の図書館。
夕陽が差し込む窓際で、セレナ・ノルティアは古びた羊皮紙を見つめていた。
周囲には高く積み上がった本の山。
学院でも有数の蔵書量を誇る図書館だったが、その大半を読破しようとしているのは彼女くらいだった。
「またセレナか。」
司書の老人が苦笑する。
「閉館時間だぞ。」
「あと少しです!」
「そのあと少しを毎日聞いている。」
老人は呆れながらも追い出そうとはしなかった。
セレナが本当に才能ある魔術師であることを知っていたからだ。
彼女は再び紙へ視線を落とす。
黒い紋章。
どこかで見た記憶がある。
しかし思い出せない。
あと少し。
あと少しで手が届きそうなのに。
結局、その日は答えを見つけられなかった。
だが彼女は知らない。
その紋章が、やがて世界の歴史を揺るがす鍵になることを。
その頃、王城ではアレンが一枚の地図を見つめていた。
机の上に広げられているのはアルテリア北方地域の地図。
先日の汚職摘発によって王都では少しずつ変化が起きていた。
腐敗した役人が排除され、流通も改善され始めている。
しかし根本的な問題は何も解決していない。
国には金がない。
兵も少ない。
食糧も足りない。
このままでは数年後に再び危機が訪れる。
「どうすればいい……。」
誰にも聞こえない独り言。
その時だった。
静かな声が響く。
「北を調べよ。」
アレンは顔を上げる。
まただ。
あの声だ。
「北……?」
声はそれ以上何も語らない。
だがアレンはもう疑わなかった。
北部開拓村。
中央倉庫。
そして今回。
三度目の神託。
偶然ではない。
そう確信していた。
翌日。
アレンは小規模な調査隊を編成した。
護衛の騎士十名。
測量士二名。
地質調査ができる職人三名。
そして自らも同行する。
「殿下自らですか?」
騎士隊長が心配そうに尋ねる。
アレンは笑った。
「王になるなら国を知らなければならない。」
その言葉に反対する者はいなかった。
数日後。
調査隊は北方森林地帯へ到着する。
ここは開拓村よりさらに北。
人の手がほとんど入っていない土地だった。
森は深く、昼間でも薄暗い。
鳥の声だけが響いている。
「妙な場所ですね。」
騎士の一人が呟く。
アレンも同じことを感じていた。
どこか空気が重い。
まるで何かが眠っているような感覚。
その頃、俺も国家視点で彼らを見守っていた。
国家画面には反応地点が表示されている。
北方資源反応。
発見確率87%。
目的地は間違っていない。
あとは見つかるかどうかだけだった。
そして調査開始から二日目。
ついにその時が訪れる。
「殿下!」
職人の一人が叫ぶ。
岩肌を削っていた男が興奮した様子で振り返る。
「見つけました!」
アレンが駆け寄る。
露出した岩盤。
そこには銀色の鉱脈が走っていた。
職人は震える声で言う。
「間違いありません。」
「鉄鉱石です。」
その瞬間、周囲が静まり返った。
誰もが理解した。
その意味を。
鉄は国力だ。
農具になる。
武器になる。
建築資材になる。
そして売れば金になる。
貧しいアルテリアにとって、まさに希望そのものだった。
「やった……。」
アレンは小さく呟く。
初めて心の底から安堵した表情だった。
その瞬間、国家画面にも変化が現れる。
国家資源
鉄鉱石鉱脈 発見
国家安定度
29%
↓
33%
財政予測
改善傾向
俺は思わず笑ってしまう。
「でかいな……。」
これは大きい。
想像以上に大きな成果だった。
だが、その時だった。
国家画面に赤い警告が表示される。
【異常反応確認】
場所:鉱脈地下
古代構造物反応
検出
「……古代構造物?」
俺は画面を見つめる。
鉄鉱石鉱脈のさらに下。
地下深く。
何かが存在している。
その頃、現地でも異変が起きていた。
岩盤を掘削していた職人が声を上げる。
「なんだこれ……?」
掘り出された石版。
黒い石でできたそれには、見慣れない文字が刻まれていた。
誰にも読めない。
しかし中央には。
あの紋章が刻まれていた。
ゴブリンの首飾り。
セレナが調べていた羊皮紙。
そして古代反応。
全てに共通する黒い紋章。
アレンは石版を見つめる。
「これは……。」
その瞬間。
ほんの一瞬だけ。
石版が淡く赤く光った。
誰も気付かないほど短い光。
しかし地下深くで。
長い眠りについていた何かが。
ゆっくりと目を覚まし始めていた。
アルテリア王国滅亡まで――あと1779日。




