第3章 豊穣の種
ゴブリン襲撃から三日が過ぎた。
北部開拓村には、まだ戦いの爪痕が色濃く残っている。
焼け焦げた木材の匂い。
壊れた柵。
修理途中の家屋。
それでも村人たちは立ち止まらなかった。
辺境で生きる者たちは知っている。
悲しみに浸っていても畑は実らない。
冬は待ってくれないのだ。
リリア・クロフトは朝から畑に出ていた。
まだ朝露が残る土にしゃがみ込み、小さな手で土を掬う。
さらさらと指の隙間から零れ落ちる土は乾いていた。
去年よりも。
一昨年よりも。
確実に痩せている。
「やっぱり……」
思わずため息が漏れる。
今年の収穫は少ない。
村の誰もがそれを感じていた。
ゴブリンの襲撃によって備蓄も減った。
このままでは冬を越せない家も出てくるかもしれない。
そこまで考えて、リリアは首を横に振った。
「まだ諦めちゃ駄目。」
誰に言うでもない言葉だった。
すると少し離れた場所から母親の声が飛んでくる。
「リリアー! 休憩しなさい!」
「はーい!」
返事をしながら立ち上がる。
その時だった。
胸の奥に、ふわりと温かいものが灯った。
まるで春の日差しを浴びたような感覚。
思わず周囲を見回す。
誰もいない。
吹き抜ける風以外に変わったものは何もない。
それなのに不思議だった。
大丈夫だと。
まだやれると。
誰かに背中を押された気がした。
その様子を、俺は見ていた。
国家アルテリアとして。
国家管理画面を開く。
人口3840人。
国家安定度25%。
信仰値18。
そして新たに解放された機能。
【加護付与】
説明を読んだ俺は小さく呟いた。
「なるほどな。」
才能を持つ人材の可能性を引き出す力。
万能ではない。
だが眠っている才能を目覚めさせることはできる。
国民一覧を開く。
その中で一人だけ強く光る名前があった。
リリア・クロフト。
農業適性S。
潜在能力EX。
特殊因子・豊穣因子。
「EX……?」
初めて見る評価だった。
迷う理由はなかった。
もしこの少女が国を救う可能性を持つなら。
俺は加護を発動する。
【加護付与】
対象:リリア・クロフト
加護名:豊穣の祝福
信仰値が18から8へ減少する。
その瞬間。
誰にも見えない金色の光がリリアを包んだ。
本人ですら気付かないほど淡い光だった。
その日の夜。
リリアは机に向かっていた。
粗末な木机の上には、自分で描いた畑の見取り図が広げられている。
どうしたらもっと収穫できるだろう。
どうしたら村のみんなが困らずに済むだろう。
考えていると、不意に頭の中で何かが繋がった。
「……あ。」
種を植える間隔。
水路の位置。
肥料の量。
風の流れ。
今まで気付かなかったことが自然と理解できる。
「そうか……!」
リリアは夢中で紙に書き始めた。
翌日。
村人たちは首を傾げていた。
「何やってるんだ?」
リリアが畑の配置を変えていたからだ。
「植え方を変えてみようと思って。」
「そんなので変わるのか?」
「分からない。でも、こっちの方が良い気がするの。」
老人たちは半信半疑だった。
それでもリリアは手を止めなかった。
数週間後。
結果は誰の目にも明らかだった。
同じ種。
同じ土地。
同じ水。
それなのにリリアの畑だけ成長速度が違う。
葉は青々と茂り、茎は太く育っている。
「なんだこれは……。」
「本当に育ってるぞ。」
村人たちは驚きの声を上げた。
国家画面にも変化が現れる。
農業効率 +3%
俺は思わず画面を見つめた。
たった一人の少女が。
国全体の数値を変えた。
その事実に少し胸が熱くなる。
国というのは王だけで成り立つものじゃない。
兵士だけでもない。
畑を耕す農民。
荷物を運ぶ商人。
町で働く職人。
その全員がいて初めて国になる。
その時だった。
新たな通知が表示される。
【重要報告】
北方未開地にて高濃度資源反応を確認。
鉄鉱石鉱脈発見確率87%。
推奨対象者。
アレン・フォン・アルテリア。
俺は息を呑んだ。
鉄は国を変える。
武器になる。
農具になる。
財政を立て直す切り札にもなる。
しかし、それだけでは終わらなかった。
画面の片隅に見慣れない通知が浮かぶ。
【異常反応検出】
発生地点:北方森林地帯
古代反応を確認
一瞬だけ。
黒い紋章が画面に映った。
ゴブリンの首に下がっていた紋章と同じもの。
だが次の瞬間には消えてしまう。
俺は画面を見つめたまま呟く。
「……なんだ、それ。」
答えは返ってこない。
ただ一つ分かるのは。
アルテリア王国を脅かしているのは、飢えや貧困だけではないということだった。
そして誰も知らない場所で、運命の歯車は静かに回り始めていた。
アルテリア王国滅亡まで――あと1824日。




