第1章 滅亡まで1826日
アルテリア王国。
建国から三百十七年。
かつては周辺諸国に名を知られた王国だった。
しかし今、その面影はどこにもない。
国土は荒れ、財政は傾き、民は貧しい。
そして誰も知らない場所で、一つの国家が静かに滅亡へ向かっていた。
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俺は空から国を見下ろしていた。
いや、空という表現も正しくない。
身体はない。
目もない。
それなのに見える。
国中の全てが。
王都の街並み。
辺境の村。
畑を耕す農民。
見張り台に立つ兵士。
泣いている子供。
笑う家族。
全てが同時に見えていた。
最初は混乱した。
自分が何者なのかも理解できなかった。
だが、国家管理システムが告げた言葉は単純だった。
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《あなたは国家アルテリアそのものです》
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その言葉を受け入れるまで、かなり時間がかかった。
しかし現実は変わらない。
俺は人間ではない。
この国そのものだった。
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視界の端に数字が浮かぶ。
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国家名:アルテリア王国
人口:3,842人
兵力:412名
国家安定度:23%
食糧備蓄:87日
財政状況:危険
滅亡予測:1826日
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「笑えないな……」
思わず呟く。
誰にも聞こえない独り言だった。
五年。
たった五年で国が滅ぶ。
普通なら冗談だと思うだろう。
だが俺にはわかる。
この数字は正しい。
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王都。
市場。
露店の数は少ない。
商品の量も少ない。
人々の表情は暗かった。
商人たちは売上の少なさを嘆き、
主婦たちは値上がりした小麦を見てため息をついている。
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辺境。
北部農村。
今年の収穫量は例年の六割。
子供たちは痩せている。
冬を越えられない家も出るだろう。
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軍。
装備不足。
訓練不足。
士気低下。
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貴族。
豪華な食事。
酒。
舞踏会。
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「終わってるだろ、この国……」
思わず本音が漏れた。
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その時だった。
ある少女が目に入る。
北部農村。
木造の小さな家。
少女は畑で作業していた。
年齢は十二歳。
栗色の髪。
小柄な体。
汗まみれになりながら鍬を振るっている。
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リリア・クロフト
年齢:12
職業:農民
適性:農業 S
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「S?」
俺は思わず表示を二度見した。
国家管理画面には人材の適性まで表示されるらしい。
農業S。
この国で最高評価だった。
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リリアは土を触りながら呟いた。
「もっと収穫できたらなぁ……」
母親が苦笑する。
「無理だよ。今年は天候が悪かったからね」
「でも諦めたくないもん」
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その笑顔を見た時。
不思議と胸が温かくなった。
胸なんてないはずなのに。
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俺は気付く。
この国には希望が残っている。
少なくとも、この少女はまだ未来を諦めていない。
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視線を移す。
今度は王都。
王城。
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王子アレン・フォン・アルテリア。
十八歳。
第一王位継承者。
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訓練場で剣を振っていた。
額から汗を流しながら何度も剣を振る。
周囲の騎士たちは感心していた。
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「殿下、そろそろお休みを」
「まだだ」
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真面目な性格らしい。
だが表情には焦りが見える。
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アレンは知っていた。
国が衰退していることを。
父王の威光が失われていることを。
国民が苦しんでいることを。
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だがどうすればいいかわからない。
まだ若い。
理想はある。
しかし力がない。
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そんな彼を見ていると、どこか応援したくなった。
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さらに視界を広げる。
王都の片隅。
貧民街。
十四歳の少年が大人相手に喧嘩していた。
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ガルド・バルグ
年齢:14
適性:軍事 A
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「金を返せ!」
「うるせぇ!」
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殴り飛ばされても立ち上がる。
しぶとい。
根性だけはありそうだった。
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そして王立魔術学院。
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セレナ・ノルティア
年齢:16
適性:魔法 S
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大量の本を抱えながら歩いている。
周囲からは変人扱い。
しかし知識量は飛び抜けていた。
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「面白い国だな……」
思わず呟く。
滅びかけている。
なのに未来を変えられそうな人材がいる。
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その時だった。
突然、赤い警告画面が視界を覆う。
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【緊急報告】
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警告音が鳴り響く。
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北部開拓村にて魔物群を確認
確認数:48
種別:ゴブリン
予測到達時間:12時間
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俺の意識が一気に集中する。
北部開拓村。
人口212人。
農民ばかり。
戦える者はほとんどいない。
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予測被害
死者87名
負傷者153名
村壊滅確率78%
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「おい……」
数字を見た瞬間、言葉を失った。
これだけの被害が出れば、国全体にも影響が出る。
何より。
そこにはリリアもいる。
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「まずいだろ……!」
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しかし俺には身体がない。
軍を率いることもできない。
剣を持つこともできない。
村へ走ることもできない。
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無力感が押し寄せる。
国家になった。
そんな大層なことを言われても。
肝心な時に何もできないのか。
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その時。
システム画面が再び表示された。
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《条件達成》
《国家管理権限解放》
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新たな項目が現れる。
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神託送信
加護付与
国家観測
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俺は目を見開いた。
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「神託……?」
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説明が表示される。
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神託送信
対象者へ言葉を届けることが可能
消費:国家信仰値1
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「そんなものが……」
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使うしかない。
迷っている時間はない。
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送信対象一覧が表示される。
貴族。
騎士。
兵士。
農民。
数千人。
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その中で一人の名前が光っていた。
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アレン・フォン・アルテリア
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王子。
国を動かせる立場。
今もっとも可能性がある人物。
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俺は深く考える。
何を伝えるべきか。
長い言葉は届かない。
ならば――
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「北へ向かえ」
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神託送信。
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送信完了
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その瞬間。
視界のどこかで、アレンが顔を上げた。
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深夜。
王城。
アレンは自室のベッドで眠っていた。
しかし突然、目を開く。
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誰もいない部屋。
静まり返った空間。
それなのに確かに聞こえた。
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「北へ向かえ」
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男とも女ともわからない声。
優しくもあり、厳しくもある声。
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アレンはゆっくりと起き上がる。
心臓が激しく鼓動していた。
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「……誰だ」
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返事はない。
だが確かに聞こえた。
夢ではない。
そんな確信だけが残っていた。
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同じ頃。
北部開拓村の森では。
赤い目をしたゴブリンの群れが静かに進軍を始めていた。
国家滅亡まで――
あと1825日。




