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プロローグ

雨が降っていた。


冷たい雨だった。


街灯に照らされたアスファルトは黒く濡れ、車のヘッドライトがぼんやりと反射している。


俺は会社からの帰り道を歩いていた。


終電間際。


今日も残業だった。


「はぁ……」


ため息が漏れる。


スマホを見ると、時刻は23時47分。


未読メールは十数件。


明日の仕事の連絡だ。


もう何も考えたくなかった。


家に帰って寝るだけ。


そう思って横断歩道を渡ろうとした瞬間だった。


耳をつんざくようなクラクション。


強烈な光。


誰かの悲鳴。


何かがぶつかる衝撃。


そして――


世界が暗転した。


⸻


どれくらいの時間が経ったのだろう。


気が付くと、俺は真っ暗な空間にいた。


何も見えない。


何も聞こえない。


身体の感覚すらない。


手を動かそうとしても動かない。


いや。


そもそも手があるのかもわからない。


「……ここは?」


声を出したつもりだった。


しかし声は聞こえない。


自分が喋ったのかどうかすらわからなかった。


不気味な静寂。


永遠にも感じる時間が流れる。


その時だった。


突然、視界の奥で光が灯った。


⸻


《国家管理システム 起動》


⸻


機械的な声が響く。


俺は思わず身構えた。


だが身体はない。


そもそも身構えることすらできない。


⸻


《転生処理完了》


《管理権限移譲開始》


⸻


「は?」


何を言っているんだ。


転生?


管理権限?


意味がわからない。


⸻


《個体識別完了》


《新たな管理者を登録します》


⸻


光の文字が次々と現れる。


まるでゲームのステータス画面だった。


⸻


国家名:アルテリア王国


建国歴:317年


人口:3,842人


総兵力:412名


財政状況:危険


食糧備蓄:残り87日


国家安定度:23%


滅亡予測:5年以内


⸻


「……国家?」


俺は目を疑った。


いや、目はないのだが。


⸻


《国家管理者登録完了》


⸻


次の瞬間。


大量の情報が頭に流れ込んできた。


広大な平原。


山脈。


森。


川。


街。


村。


畑。


鉱山。


人々の暮らし。


泣く子供。


疲れた農民。


怪我をした兵士。


税を取り立てる役人。


王城で酒を飲む貴族。


その全てが見えた。


まるで空から国全体を見下ろしているようだった。


⸻


「な、なんだこれ……」


⸻


俺は混乱した。


一人一人の名前がわかる。


年齢もわかる。


職業もわかる。


どこに住んでいるのかも。


まるでゲームの住民管理画面のように。


そして気付いた。


⸻


俺自身の姿がどこにもない。


⸻


探しても探しても見つからない。


王城にも。


村にも。


街にも。


森にも。


どこにも。


⸻


その時。


再び機械音声が響いた。


⸻


《管理者に通知》


《あなたは国家アルテリアそのものです》


⸻


沈黙。


数秒。


いや、数分だったかもしれない。


俺はようやく言葉を絞り出した。


⸻


「……は?」


⸻


《あなたは国家意識として転生しました》


《国民を導き、国家を存続させてください》


⸻


画面が切り替わる。


赤い文字が浮かび上がった。


⸻


緊急報告


北部村落:魔物被害発生


南部農地:凶作


国庫残高:残り4か月


隣国グランベル帝国:

侵攻準備の兆候あり


⸻


そして最後に。


血のように赤い文字が表示される。


⸻


【国家滅亡まで推定1826日】


⸻


俺はしばらく何も言えなかった。


転生した。


それはまだいい。


異世界もいい。


だが。


剣士でもない。


勇者でもない。


王様でもない。


⸻


俺は――


国家になっていた。


⸻


こうして。


人口わずか3,842人。


滅亡寸前の弱小国家アルテリア王国の運命は、俺に託されたのだった

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