第9話
ケルドの森――そこは町の北方に位置する森だ。
表層は木々もまばらで歩きやすい地帯で、見通しが良く魔獣も少ない。経験が浅い冒険者がよく狩場にする一方で、奥へと進んでいくと鬱蒼と木々が茂り、危険度が増していく。
最奥に至れば、山岳へと繋がり、魔獣たちが跋扈する魔境へと繋がる。
もちろん、危険がある分だけ様々な資源が豊富にあり、バウマンの冒険者のほとんどがここで生計を立てていると言っても過言ではない。
レオンとシュリはそんな冒険者たちとすれ違いながら、真っ直ぐに奥地を目指す。
その道中で現れる魔獣と戦いながら。
「シ――ッ!」
短く呼気を吐き出しながら踏み込むシュリ。
向かい来るのはシャドウウルフの群れ。十体はいる群れへと果敢に攻め入り、彼女は剣を鋭く薙ぎ払った。飛び掛かるシャドウウルフを真っ向から斬り捨て、血飛沫を上げる。
だが、その間に魔獣は連携し、周りを包囲するように飛び掛かり――。
瞬間、彼女の返す刃が一気に閃いた。
一瞬で飛び掛かった三体の魔獣が白刃で引き裂かれ、その場で崩れ倒れる。
その中で血まみれのシュリは健在。鋭く辺りを睥睨する彼女に魔獣は浮足立つ。
そこへ間髪入れずにレオンが踏み込んだ。彼女を射線に入らない位置で銃を構え、引き金を引く。その正確な射撃がシャドウウルフの顔面に直撃し、短い悲鳴を上げさせる。
畳み掛けに撃ち込み続ければ、魔獣はたまらず身を返し、茂みの中へ飛び込んでいった。レオンは銃を構えたまま、油断なく視野を広く確保。
気配が全て去ったことを確認すると、安堵の吐息をこぼした。
腰のホルスターに銃を収め、前方のシュリに視線を向ける。彼女は剣についた血を一振りしながら鞘に剣を収めていた。
「さすが、シュリ。前衛は手堅いな」
「ふふ、貴方の援護あってこそだけどね。でも、そこそこやるでしょう?」
「いや正直、想像以上だよ」
思わず苦笑しながら先ほどの戦いを思う。これまでの戦いも積極的に敵に斬りかかっていたが、先ほどは完全に統率が取れた群れの中に突っ込んでいた。
普通な自殺行為――だが、彼女は鮮やかな剣技で全方位からの攻撃をカバー。
かつ、目まぐるしく動き回ることで、魔獣を翻弄していた。
(これを援護するのは、確かに難しいな――)
あれだけシュリと魔獣の距離が近ければ、援護も躊躇ってしまうだろう。
レオンがやったのは、初撃でシャドウウルフの出鼻を挫いたことと、その後の援護だけ。ほとんどは彼女の活躍のようなものだ。
だが、それに感心したのか、シュリは腕を組みながらレオンを真っ直ぐに見る。
「やっぱり良い合わせ方だわ。あたしを邪魔しないように上手く立ち回ってくれている。おかげで離脱もしやすいもの」
「そうかな。本当に初撃と畳み掛けだけだぞ?」
「今回程度の魔獣なら、それだけで充分よ。途中で茶々を入れられる方が面倒」
さばさばとした口調で言うシュリに、レオンは思わず苦笑をこぼした。
(今まで組んだ仲間たちもそれなりに頑張って合わせようとしたんだろうが)
それを茶々と言い切られてしまう。こういう言い方も仲間ができなかった要因かもしれない。だが、その言い方が許されるだけの実力は確かにあるのだ。
さすが、とレオンが感心していると、かさり、と何かが動く物音が響き渡る。
目を細めて銃を構えると、ん、と軽くシュリは制するように手を挙げ、鞘に納めた柄に軽く手を掛け――。
瞬間、彼女の真上の木から何かが飛び出した。それと同時に白い閃光が彼女の腰から迸った。気づけば彼女が抜き放った刃が真っ直ぐに魔獣を貫いた。
モモンガと猿が入り交じったような、醜い顔つきの獣。
その頭が的確に貫かれ、刃からぶら下がっている。それを一瞥すると、シュリは軽く剣を振る。それだけで死骸が刃から抜け、茂みの中にどさりと消えていった。
シュリは何事もなかったようにレオンを振り返って告げる。
「この森はかなり魔獣がいるわね。数もだけど、種類が豊富」
「ああ、魔境に通じる森でもあるから、多様性はすごいな。しかし、よく対応できる」
「気配でバレバレだからね」
軽く肩を竦めながらシュリは再び剣を鞘に納める。その姿は自然体でありながら、全く隙がない。ソロでA級に上り詰めた実力は伊達ではないだろう。
彼女は一つ吐息をつくと、レオンを見つめながら軽く首を傾げる。
「ちなみにこれがあたしの戦い方だけど、どうかしら。貴方は合わせられそう?」
シュリの試すような眼差しに、レオンは少し腕を組みながら思考を巡らせる。
(相性は悪くない気がするな)
実はレオンは機動戦が苦手なわけではない。
拳銃というのは元々、近中距離の射撃に特化しており、取り回しが良いのも魅力の一つだ。時には彼自身、魔獣に肉迫しつつ、弾丸を浴びせるという動き方もする。
そういう意味では動き回る彼女に合わせるのは、できなくはない。
だが、問題は彼女の動きが見切れるかどうかだ。
仮に見誤れば、彼女のことを誤射してしまう恐れがある。
「――まだ難しい、か。もう少し、時間は欲しいかな」
慎重に答えるレオンに、シュリは満足そうに小さく笑って見せる。
「不可能ではないのね」
「ああ、それはもちろん」
「なら、今は充分よ。行きましょう。場数を踏んで呼吸を合わせつつ」
そう言いながら、再び歩き始めるシュリ。その姿は返り血をまだ滴らせており、それを拭おうともしない。その隣に並びながら、レオンは思わず苦笑をこぼした。
「その前に、さすがに顔くらい拭いたらどうだ? 返り血がすごいぞ」
「別にいいわよ、どうせまた返り血で汚れるわ」
「だとしても、拭いた方がいいとは思うんだが」
レオンは小さく吐息をこぼしてから、勿体ない、と小さく呟いてしまう。
「せっかくの綺麗な顔なのに」
「……え?」
その言葉が意外だったのか、シュリは目をぱちくりとさせる。やがて、レオンに視線を向けるとおずおずとした口調で訊ねる。
「あたしが、綺麗……?」
「いや、それは――そうだろう?」
その反応に逆にレオンの方が戸惑ってしまう。
客観的に見ても、普通にシュリは綺麗だ。
すっと通った鼻梁に、大きな瞳。吊り目で少しキツめに感じるが、すっきり整った顔立ちは誰が見ても美人と思う。
それに何より、笑ったときの表情がとても魅力的だ。
無防備で屈託なく笑い、見ているだけでこちらも嬉しくなってくるほどだというのに。
だけど、シュリは真面目に受け取らず、笑いながら首を振った。
「お世辞でも嬉しいわ。でも、こんな返り血女をかわいいなんて言うのは、物好きも大概よ? レオン」
その顔は確かに返り血塗れだ。だけど、汚くは見えない。
レオンは彼女の戦う姿を思い返し、心からの言葉を返す。
「むしろ、綺麗、じゃないか? 返り血があったとしても」
「……え?」
「剣を振った姿を知っているから、というのも思うけど」
銃を撃つ都合上、射線に味方が入らないよう、常に注意を払わなければならない。だから、視界の端で常にシュリを追いかけ続けていたわけだが。
「返り血の中で立ち回るシュリの剣舞は洗練されていて――その血さえも美しい気がしてな。全部ひっくるめたら……綺麗、かな」
ふと口にしてみると、恥ずかしい台詞だ。だんだん気まずくなり、視線を逸らす。
「ま、まぁ……これは、俺の個人的意見だけどな」
「う……そ、そう、ありがと……」
シュリも口ごもってしまう。気まずい空気の中、風が木の葉を揺らし、ざわざわと音を奏でていく。やがて、シュリは小さく苦笑いをこぼした。
「……よく、そんな歯の浮くような台詞が出るわね。私を口説く気?」
「そういうつもりではなかったんだが……」
「相棒になら、してあげるわよ?」
「生憎、まだお互いの手の内が見えていないんでな」
「まぁ、それもそうね」
シュリはくすりと笑い、それ以上は勧誘してこない。レオンも釣られて笑い、懐から布巾を取り出して差し出した。
「ほら、シュリ」
「ん、ありがと」
今度はしっかりと受け取ってくれる。丁寧に彼女は顔を拭きつつ、彼女はわずかに唇を尖らせる。
「そういえば、貴方の手の内、まだ全然見えていないわよ? ずるくない?」
「それもそうだな……といっても俺の手の内はこれっきりだが」
腰に帯びたホルスターから拳銃を引き抜く。レオンの獲物を見て、シュリは小さくつぶやく。
「銃、よね。ここまで小型の物は久々に見たかも」
「だろうな。あまり普及しているものでもない」
そもそも遠距離で攻撃するのには、魔術や弓矢が存在しているのだ。かなり値段が張ることもあり、冒険者もなかなか持っていない。
バウマンの街でも狩りを専門とする冒険者が数人、ライフルを持っているくらいだ。
「一応、これは自動拳銃と呼ばれる部類だな」
「オートマチック――確かにさっき見ていたけど、続けざまに撃っていたわね」
「そう、撃つと自動的に遊底が前後動して、次弾を装填する。だから、引き金を引くだけで次々と弾を撃つことができる」
そう説明しながら、レオンは慣れた手つきで弾倉を抜き、遊底を引いて排莢。銃弾を全て抜いたスライドオープンの状態でシュリに手渡す。
受け取った彼女はまじまじとそれを見つめて感慨深くつぶやく。
「なるほどね。小さいし、そこまで重くない。便利そうね」
「ところが、そこまで便利でもない代物でね」
レオンは肩を竦めると、シュリは納得いかなさそうに首を傾げる。
「そうかしら。引き金を引けば、撃てるのでしょう?」
「……百聞は一見に如かず、だな」
彼は吐息を一つついてから、シュリに一つの提案を投げかけた。
「じゃあ、シュリ、試しに撃ってみるか?」




