第7話
シュリ・ユグドラと、カグヤ・ユグドラ。
二人は別々の街で、A級まで上り詰めた冒険者だ。
シュリは剣の実力で頂点へとA級に至った、いわば叩き上げの冒険者。一方でカグヤは王立魔術学園を卒業し、その肩書と魔術を駆使して上り詰めたエリートだという。
そんな二人は姉妹であるが、何か事情があるのか、仲が凄まじいほど悪い。
今までは活動圏を別々にしていたために、影響はそこまでなかったのだが。
レオンをきっかけに、その二人は同じ街に現れることになり。
そして、レオンの日々は一変することになる。
「……災難ですね。レオンさん」
「……全くですよ。ユキさん」
ギルドの建物の中。いつもは冒険者で賑わうはずの建物内は、どこか閑散としていた。そのカウンターでレオンは深くため息をこぼす。
受付嬢のユキは同情するように深く頷く。二人の視線は、揃って窓の外に向いていた。
そのギルドの前の通り道。そこでは鉄と氷の嵐が局地的に吹き荒れていた。
「レオンさんは、私と一緒に食事の約束です……!」
「許すわけないでしょうッ! あたしが先だったのよッ!」
激しい両者の衝突する音にびりびりと鼓膜が揺れる。二人は再び深々とため息をこぼした。ユキは遠い目つきをしてつぶやく。
「調べたところによれば、二人は確かに優秀な人材のようです。高ランクを対象とした依頼も二人は難なくこなし、素行も悪くないようです。ただ――」
「姉妹が揃うと、えらいことになる?」
「はい。二人のギルドからの申し送りにも記されていまして」
彼女は深いため息をつきながら、内緒ですよ、と前置きして告げる。
「一度、たまたま二人が同じ依頼を引き受けることがあったんです。ギルド各支部が合同で実施したドラゴン討伐の依頼だったのですが、口を開けば互いに罵り合い、隙を見つければ互いに攻撃する有様です」
「え、依頼中に、ですか?」
「はい。それでいて魔獣にきちんと完璧に対応しました。それどころか、二人で競い合うようにして小型のドラゴンを一頭ずつ仕留める始末で」
そこでため息を一つつき、ユキは自身の胃を抑えながら言葉を続ける。
「結果として依頼は大成功です。その代わり、同行した職員が胃痛で倒れましたが」
「だから、そのような申し送りになったのですね」
「はい、絶対に同じ依頼に参加させるな、とどちらの申し送りにもしっかり書かれていました。ですが、まさか同日に訪問し、所属を申請するとは思ってもいませんでした」
その言葉にレオンは遠い目をし、ため息をこぼしてしまう。
冒険者は拠点として活動する街で登録し、そのギルドに所属することになる。これは魔獣氾濫などの災害が起きた場合、効率よく戦力を運用するためである。
つまり、彼女たちはここを拠点と定め、依頼を受けることにしたのだ。
そうなれば、二人が顔を合わせる機会も必然的に増える。しかも何故か、二人ともレオンに話しかけようとするため、毎日鉢合わせ続けており。
こうして、ギルドの周りは剣呑とした騒ぎが起きている。
「……ちなみに、ギルドからは何も言わないのですか?」
「言えないのですよ。レオンさん」
ユキは達観した表情でふるふると首を振る。
「もちろん、冒険者間のトラブルの解決を仲介するのも我々、ギルドの職員の役目です。けど、二人は何のトラブルも起こしていないのです」
「え、あんなに喧嘩しているのに……?」
「では、実害が出ていますか?」
その指摘に、レオンはふと視線を外に向ける。
戦い合う二人の間には無数の斬撃と魔術が行き交っている。間に割り込めば、大怪我は間違いないはずだ。だが、よく観察してみると……。
「範囲が、絞られている?」
街の建造物には一切、魔術や刃が届いていない。
「ええ、そうなんです。彼女たちもさすがに迷惑をかける気はないのか、絶対に器物を損壊させることはしません……してくれれば、こちらも何か言えるのですが」
ユキはそこで再三のため息。やれやれと首を振って続ける。
「冒険者同士、多少のトラブルは付き物です。そのたびに止めていては人手が足りません。だからこそ、他人の所有物を傷つけないのであれば、黙認しているが現状です。彼女たちだからといって、それを例外にするわけにはいきません」
「なるほど……住民もあまり、気にしていないようだし」
バウマンの街は冒険者産業で成り立ち、荒事は日常茶飯事だ。
最初こそ、二人の喧嘩を迷惑そうにしていたが、周りに危害が及ばないと知ると、見物する住民たちも現れる始末だ。現に周りにいる冒険者はどちらが勝つか、賭けに興じている者もいる。
その光景に二人は黙り込むと、外の戦闘音が大きく響き渡ってきた。もはや、激突、という音。これで街に被害が出ていないのが不思議でならない。
同情するようにユキを見つめると、彼女は半眼で見つめ返してくる。
「他人事みたいにしていますが、今、一番の渦中にいるのはレオンさんですからね?」
その言葉に思わず視線を逸らす。だが、現実逃避しようにも外の少女たちの叫びが追い打ちをかける。
「彼はあたしの相棒になってもらうんだから――ッ!」
「いいえ、レオンさんは私のパートナーに――ッ!」
その言葉にまたもや遠い目をする。逃避していたのに現実を突きつけられた気分だ。
(なんで、俺と組もうとするんだが――)
冒険者が徒党を組むのは珍しくなく、むしろ高位ランクの冒険者は誰かと組む方が自然だ。だが、彼女たちはどうやら長らくソロでやってきたらしく。
それが何を思ったのか、レオンと組もうと二人揃って迫ってきたのだ。
『聞いたわ。貴方もソロなんでしょう? 頼りになる前衛が欲しいと思わない?』
『レオンさんに必要なのは、後衛から援護してくれる仲間です。ぜひ、私と一緒に組みませんか?』
二人からそれぞれ掛けられた言葉を思い起こし、レオンは吐息をこぼす。
「……いっそ、この街から逃げようかな」
「どうぞご自由に。逃げられるとも思いませんが」
確かに、あの二人なら嗅ぎつけて地の果てまで追いかけてきそうだ。
レオンは深くため息をこぼすと、ユキは爽やかなほどの作り笑顔で言い放つ。
「あきらめも肝心ですよ。レオンさん」
「――ギルドは、味方じゃないのか……」
がくり、と肩を落とすレオン。それを尻目に、ユキは励ますように机越しに肩を叩く。
「お仕事の上では、私たちは味方ですよ。なんと――銃撃士指名の依頼があるんです」
「お、マジですか」
思わず顔を上げると、ユキはにこにこと笑顔で頷いていた。
「正確には、勧誘、ですかね。一緒にこの依頼を遂行しましょう、というお誘いです。剣士の方で、援護してくれる銃撃士を欲しているということで……いかがですか?」
「なるほど……それは、嬉しいですね。でも、自分でいいのですか?」
ちら、とギルドの中を見やる。いくらバウマンが辺境とはいえ、この街にはレオンの他にも銃を扱うものがいる。主に拳銃ではなく、ライフルのような長物だが。
だが、ユキはふるふると首を振ると、力強い口調で言う。
「私は、レオンさんにしか務まらないと思います。だから、真っ先にオススメしようと思いまして。もちろん、無理強いはしませんが……」
「ちなみに、どんな依頼ですか?」
「魔獣の毛皮の納品です。対象はグランド・ベアなので、苦戦はしないものの、手練れが必要です」
「なるほど、確かに――単独では厳しいですね」
「ですので、ここはレオンさんに是非受けていただけると」
ユキの熱い言葉に、思わず心が震える――まさか、そこまで切望されるなんて。
レオンは身を乗り出しながら頷いた。
「その依頼、受けます。ユキさん」
「よかったぁ……では、詳しくはこちらの書類をご覧ください」
ユキの差し出した書類を受け取り、レオンは目を通していく。
場所は、近くにあるケルドの森。その奥地に生息するグランド・ベアの毛皮の採集が依頼内容だ。肉を確保できた場合、追加報酬もある。
グランド・ベアは大型の魔獣。だが、相方がいるなら問題なさそうだ。
(一体、どんな人なんだろうか……面識があるかな。上手く行くかな)
何にせよ、最善を尽くすだけだ。レオンは気合を入れ直し、ユキに笑いかけた。
「いい依頼を、ありがとうございます」
「いえいえ、仕事ですから。二人はまだ暴れているようですし、裏口から行くことをオススメしますよ」
「すみません、何から何まで。ユキさん、行ってきます」
「はい、いってらっしゃい」
意気揚々と、レオンは書類片手に裏口からギルドを後にする――。
だが、彼は気づかなかった。
笑顔で送り出す受付嬢は、どこか申し訳なさそうに、肩身を狭めさせていたことを。罪悪感を滲ませながら、小声でつぶやく。
「レオンさん――もう少し、人を疑うことを覚えた方がいいですよ」




