第6話
「ここがこの街の酒場――?」
しばらく歩き、辿り着いた酒場。その建物を眺め、シュリは首を傾げる。そこまで案内したレオンは一つ頷きながら先導し、店の戸を開いた。
「ああ、ここが俺の一番のお気に入りなんだ」
扉がからん、と軽やかな音を鳴らす。それを聞きながらレオンは店内を見渡す。
店内は広々としており、すでに賑わいを見せていた。徒党を組んだ冒険者たちがテーブル席で騒ぎ、片隅の席では金を賭けて遊んでいる者たちもいる。
(この時間だとテーブルは空いていなさそうだな――カウンター席か)
レオンは足をカウンターに向ける。そこでは数人の冒険者が静かに飲んでおり、カウンター内では壮年の男性が酒を丁寧に作っている。
その彼が近づいてくるレオンに気づき、目を細める。
「いらっしゃい。レオンくん。いいところに」
「やぁ、マスター。いいところにっていうのは? もしかして依頼?」
ここのマスターからは直接、指名で依頼を引き受けることがある。主にそれは食材の採取や狩猟だったりするのだが――。
マスターは首を振り、カウンターの端に視線を向けて告げる。
「レオンくんを探しているお客様がいてね。以前の恩人らしく、直接礼を言うべく探し回っていたらしいよ」
視線を追いかければ、そこにはフードを目深に被った小柄な誰かが座っていたが、マスターの声に気づいてレオンを振り返る。
その拍子にフードが外れ、その顔が露になる。
二つに結われた金髪、驚きで見開かれた蜂蜜色の瞳――つい先ほども見た顔立ちに似ている少女。やがて彼女は柔らかく笑みを見せると、椅子から降りて一礼して見せた。
「先日はどうも。貴方に助けられたお礼をしに来ました」
「キミは――ジャイアント・オーガに襲われていた……」
「はい、あの際は手助けしていただき、感謝しています」
そう告げた彼女は溌溂とした雰囲気というよりも、柔らかく知的な雰囲気だ。顔立ちには少し幼さを残しているが、それでも十分愛らしさを感じさせる。
目を細めて小さくはにかむ彼女に、レオンは頬を掻きながら歩み寄る。
「お礼のために、わざわざバウマンの街まで?」
「ええ、ギルドの伝手を頼って。この街についてから聞き込みをして、この店が貴方の行きつけだと聞きまして」
彼女はそう言いながら視線をマスターに向ければ、彼は軽く肩を竦めた。
「なるほどね、まさかキミもか――」
「……すみません、今なんと?」
酒場の騒々しさで聞き取れなかったらしい。首を傾げる彼女に対して首を振ると、レオンは笑いながら軽い口調で言う。
「冒険者は困ったらお互い様、だ。礼を言われるほどでもないよ」
「それでも直接言わないと気が済まなかったので――その節は、ありがとうございました。レオンさん」
「なら、どういたしまして、だな。えっと――」
「あ、申し遅れました。私はカグヤ・ユグドラと申します」
「ああ、改めてレオン・ケンフォードだ」
少女に手を伸ばして握手しつつ――はて、と思わず眉を寄せる。
(ユグドラ……?)
つい最近も聞いた名前だ。それを意識した瞬間、不意に背後からドスの利いた低い声が響き渡った。
「何で貴女がここにいるのよ。カグヤ――」
その声に振り返って背後を見れば、そこにはシュリが険しい表情でカグヤの方を睨みつけていた。その姿にカグヤは目を見開き、小さくため息をつく。
それから無表情になり、冷淡な口調で告げる。
「それはこちらの台詞です。シュリ姉さま。まだ死んでいなかったんですね」
「貴女こそ魔術しか使えないくせに。早く冒険者なんて辞めて、お得意の魔術の研究をしていればいいじゃないの」
「私には考えがあるんですよ。単細胞姉さまとは違って」
「――減らず口も相変わらずね」
鋭く言葉を交わし合う二人。その顔立ちが似通っていることを再確認し、レオンは思わず目を見開いた。
「まさか……二人は、姉妹……?」
「不本意ながらね」
「ええ、全くです」
そう告げた二人はそうとは思えないほど殺伐した目つきで睨み合っている。まるで、親の仇を見るような目にレオンは困惑していると、その様子を見守っていたマスターがグラスを拭きながらゆっくりとした口調で訊ねる。
「市井の噂から察するに、レオンくんが助けた相手は偶然にも姉妹だった、ということになるのかな? しかも二人は仲がとてつもなく悪い」
「後者に関しては分かりませんが、前者はご明察です。しかもわざわざ同じ日にこうして礼を言いに来るとは――」
運命のいたずらにも程があるだろう。
レオンとマスターのやり取りを聞いたのか、カグヤは目を細めると、へぇ、と口角を吊り上げた。
「姉さまもレオンさんに助けられたのですか」
「……ええ、不覚を取ってね。とはいえ、貴女も助けられたのでしょう?」
「計算外がありまして。仲間が臆病風に吹かれて敵前逃亡したのです」
「ふん、貴女の口の悪さのせいじゃないの?」
「だとしても、依頼を完遂できない冒険者は、冒険者失格です」
シュリとカグヤの言い合いは未だに続いている。余程、二人は犬猿の仲らしい。それどころか徐々にヒートアップしつつある。
(――あまり喧嘩の仲裁は得意じゃないんだけどな)
レオンはため息を一つつきながら、両手を挙げて割って入る。
「落ち着いてくれ、二人とも。よく分からないが、ここで喧嘩することではないだろう」
「そうね。こんな妹に関わる時間が勿体ないし。別の店に行きましょ、レオン」
シュリはそう言いながらレオンの腕を引こうとし――だが、次の瞬間、逆の手が掴まれて引っ張られる。振り返れば、カグヤが微笑みながら手を掴んでいた。
「待ってください。レオンさん。こんな姉に付き合わず、私とお食事しませんか。助けていただいたお礼をしていませんし」
「はぁ? 何で割り込もうとしているのよ。レオンは私が先に誘ったの」
「順番以前に、レオンさんがどちらと一緒にいたいかが重要ではありませんか?」
言い合う二人は次第にレオンを取り合うように、ぐいぐいと腕を引っ張られ始める。その事態に気づいたのか、酒場の冒険者たちが囃し立てるような声を上げる。
「なんだ、痴話喧嘩か?」
「いいぞ、やれやれ!」
(やばい、収拾がつかなくなってきた――)
それどころか、二人で腕が遠慮なく引っ張るせいで、肩や腕が悲鳴を上げ始めていた。
「ま、待て、腕がもげる――っ!」
「ちょ、待って、腕がもげる――っ!」
「レオンが痛がっているじゃない。離しなさいよ、カグヤ!」
「貴女の馬鹿力のせいでしょう。シュリ姉さまが、離すべきですっ!」
張り合ってさらにぐいぐいと引き合う二人。その二人の表情に殺気が迸る。
徐々にシュリは本気を出し始めたのか、戦士の膂力で引っ張り。
それに対抗して、カグヤは魔力を漂わせ、念動力と共にレオンを引っ張る。
(これは――やば、い……っ!)
関節が嫌な音を立てはじめているのを聞き、レオンが本格的に焦った瞬間、ぱん、と鋭く柏手を打つ音が店内に響き渡った。
それに何事かと一瞬、シュリとカグヤが手を止める。
レオンも振り返れば、マスターが迷惑そうに眉を寄せて三人を見つめていた。
「喧嘩するのは大いに結構。ですが、店内では止めていただきたいですね。レオンくん、責任を持って外に連れ出してください」
「あ、ああ――悪い、マスター」
マスターに詫びながら一瞬の隙をつき、レオンは逆にシュリとカグヤの手を引いて店の外に引っ張り出す。その間も互いを牽制するように二人はいがみ合っている。
(ひとまず、近くの空き地に連れ出そう――何があってもいいように)
レオンは足を速める一方で、背後では二人の剣呑な気配が伝わってくる。
「久々に会ったけど――やっぱり貴女は気に食わないわね……」
「遺憾ながら、同感です……引導を渡してくれます」
「それはこっちの台詞よ。愚妹」
「どっちが愚かですか。馬鹿姉」
その二人のやり取りを聞きながら、空き地に到着――そこでレオンは手を離しながら振り返ると、二人はもはや我慢ならないとばかりに武器に手を掛けていた。
こうしてみれば顔立ちは似通っている――だけど、性格は明らかに違う。
そんな二人が殺気を飛ばし始めるのを見て、レオンは表情を引きつらせて声を掛ける。
「な、なぁ、穏便に話を進めないか? 俺も順番に話を聞くし――」
「もう、その段階を通り越したわ。退がっていて。レオン」
「ええ、もはや堪忍なりません。お退がりください。レオンさん」
二人の有無を言わさない口調に、レオンはもはや何も言えない。後ずさりしながら思わず天を仰いだ。
(なんなんだ、一体――)
彼が途方に暮れた瞬間、凄まじい激突音が空き地に響き渡った。




