第5話
「そういえば、レオン坊。聞いたか? 大物冒険者のこと」
アレスタがそう切り出したのは、とある日の夕暮れだった。
その日、レオンは依頼をこなした帰りに、アレスタの店で自動式拳銃をメンテナンスしてもらっていた。アレスタが銃身の清掃をするのを見ながらレオンは眉を寄せる。
「大物冒険者? 誰のことだ? キースか、ガロウか――まさか、リーゼロッテ嬢?」
レオンが名を挙げたのは、この街を拠点にしているA級冒険者だ。魔族領に接している地帯であるだけに、腕に覚えのある者も多くこの街に住んでいる。
思い浮かべた冒険者の姿を否定するように、アレスタは首を振った。
「いいや、そうじゃねぇ。実は今日、他の街から大物冒険者が訊ねてきたらしくてな。それも二人で――どうにも風の噂だと、ここを拠点にするつもりらしい」
「へぇ、大物って言うからには、A級なんだろうな」
「そうらしいぜ。それも女の子だとか」
「女の子でA級――それは凄まじそうだ」
ちなみに冒険者のランクはA級からE級に分かれる。
E級は基本的に駆け出し。戦闘以外の依頼を推奨されている。
D級は単独で小型魔獣、ゴブリンやコボルトを討ち取れる実力を有している者。
C級は単独で中型魔獣、シャドウウルフなどを討ち取れる実力を有している者であり、レオンは今このランクに属している。
B級は二、三人で大型魔獣、グランド・ベアやギガントゴーレムなどを討ち取れる実力を有している者。この街では一番数が多い。
そして、A級は単独で大型魔獣を討ち取れる者――この街にいるA級冒険者はどれも凄腕の冒険者であり、死ぬところを想像できない。
「ま、機会があれば、挨拶くらいはしてみるかね」
「はは、そのときは良ければ俺の店も紹介してくれるか」
「毛むくじゃらの凄腕鍛冶師がいるって紹介してやるよ」
「毛むくじゃらは余計だっつーの」
アレスタは豪快に笑いながら銃を組み立て、軽く動作確認してからレオンに差し出す。レオンはそれをホルスターに収めると頷いた。
「いつも手間を掛けるな。アレスタ」
「気にするな。またいつでも来い」
頼もしく言ってくれるアレスタに軽く笑い返し、レオンは外に出る。
辺りは夕日で茜色に染まり、街の中心に戻ってくる冒険者の姿が多く見られる。その背に背負っているのは大小様々な素材だ。
それに入り交じり、レオンも街の中心地を目指す。向かう方向は一緒。
やがて見えてきたのは立派な石造りの建物――ギルドだ。
正式名称は冒険者互助局。冒険者に仕事を斡旋する組織であり、どんなに小さかろうが存在している。そこに冒険者たちはその入り口に疲れたような顔をして吸い込まれていく。
皆、きっと報告に行くのだろう。
(ま、俺もその一人だが)
今日は待ち時間が長そうだな、と苦笑をこぼしながらレオンもその後に続いて戸を押し開け、中へと入る。中は想像以上に混み合い、騒がしい。
どうやらカウンターの方で人だかりが出来ているらしい。
レオンは眉を寄せながら、その様子を遠巻きに見守っている顔見知りに声を掛ける。
「一体、何の騒ぎだ?」
「ん? おお、レオンか。お疲れさん。あそこで実はえらく可愛い子は人探しをしているって話だぜ。おかげでカウンターに近づけねえ」
「なるほど、その子がカウンターで聞き込みってところか?」
「そういうこと。で、周りの連中がそれを手伝おうとしているんだ。あわよくばお知り合いになろうって下心込みでな」
「それならカウンター周りでやってほしくないが」
「違いねえ」
おかげで依頼の報告ができそうにない。やれやれとレオンは肩を竦めていると、人だかりに加わっていた冒険者の一人がこちらを振り返った。
「お、丁度いいところに来た。レオン、こっちに来いよ」
「ん、なんだ?」
呼ばれて視線をそちらに向けると、人だかりが割れる。そしてその中心にいた少女が振り返り、レオンを見て目を丸くし――ぱっとその表情を明るくした。
その顔を見てレオンもまた目を見開いていた。
見覚えがある。確かシャドウウルフに囲まれていたときに助けた子だ。
「キミは、一か月前の――」
「そう、貴方! 貴方を探していたのよ!」
少女は短い金髪をなびかせ、弾けるような笑顔を見せて歩み寄ってくる。
「貴方にあのとき、助けてもらったお礼をしたくて」
「そのために、わざわざ辺境のバウマンまで?」
「ええ、もちろんっ」
当然とばかりに胸を張った彼女は蜂蜜色の瞳を細め、彼の手を両手でそっと取る。柔らかい手の感触に少しだけ胸を高鳴り――それがバレないように苦笑いを浮かべる。
「なぁ、レオン、この子とはどういう関係なんだ?」
そのやり取りを見ていた冒険者の一人が、全員の疑問を代表するように訊ねてくる。レオンは少しだけ首を傾げながら彼女に視線を向ける。
「どうといっても、この前の遠征中に会って――」
「依頼中にこのレオンに助けてもらったのよ。なのに、彼、礼を言う前に立ち去っちゃって」
そう告げる彼女は屈託のない笑顔を浮かべる。整った顔立ちに浮かんだ笑顔には一瞬、冒険者たちは目を奪われてしまう。
その間に彼女はレオンを振り返ると、微かに瞳を揺らしながら囁いた。
「貴方がいなかったら、私は野垂れ死んでいたかもしれない。だから、どうしても貴方にお礼を言いたくて、追いかけてきたの」
「大袈裟だな。困ったらお互い様なのは、冒険者の心得だろう?」
「だとしても、私は直接お礼を言いたかったし、その心意気に応えたいの」
彼女はそこまできっぱり断言しつつも、レオンの目を見て少しだけ眉尻を下げる。
「でも――そうね、あまり感謝の気持ちを押しつけても困るわよね」
「んー、まぁ、貸し一くらいに考えてくれればいいんだけど」
「ふふ、ならそういうことにしましょう。それと――良ければこの後、食事でもどうかしら。私の気持ちとしてそれくらいは奢らせて欲しいの」
「なら、お言葉に甘えるか。高い飯、奢らせてもいいのか?」
「もちろんよ。これでも私、A級の冒険者なのよ」
「へぇ、そうだったのか」
胸を張る彼女にレオンは思わず目を見開いてしまう。
(ってことは今日、この街を訪れたA級の冒険者が彼女なのか)
確かに凛として綺麗な雰囲気と同時に、どこか佇まいに隙はない。先日、共闘した際も見事な剣捌きだったのも記憶に新しい。
だから、単独で行動していたのかもしれない――そう納得していると、ふと一人の冒険者が馴れ馴れしい笑みを浮かべながら近づいてくる。
「よぅ、レオン、折角だし、俺もご一緒させてくれよ」
あまり絡んだことのない男の登場に思わず顔を顰めていると、その冒険者は少女の方に視線を向け、親しげな笑みを向けながら手を伸ばす。
「お嬢ちゃん、レオンの武勇伝なら俺はしこたま知っているぜ。だから一緒に――」
「そう? でも結構よ」
涼しげな声と共に、彼女は伸ばされた手を弾いた。
のみならず、素早く腕を後ろに回すと、何かを掴んで捻り上げる。すると、いつの間にか後ろに回り込んでいた男が情けない悲鳴を上げた。
「いででででっ!」
「悪いけど、武勇伝については本人から聞くし――貴方みたいな軟派な男は大っ嫌いなのよ。だから、引っ込んでくれる?」
笑顔でそう言い放つ彼女の目は笑っていない。そこから迸る底知れない気迫に絡もうとした男は表情を引きつらせ、一歩後ずさる。
それに見守っていた冒険者たちもざわつくのを見て、レオンは苦笑する。
(さすがに騒ぎになるのは良くないな――なら)
「行こうか。ここでいると落ち着いて話もできない」
「――そうね。そうしましょう」
少女はぱっと捻り上げた男の腕を離すと、目を細めて嬉しそうに笑う。それから彼女はレオンの手を取ると、すたすたと歩き始める。
彼女に手を引かれるまま、ギルドから出ながらレオンはふと訊ねる。
「そういえば、まだ君の名前を聞いていないが」
「あ、ごめんなさい。うっかりしていたわ」
彼女は振り返り、困ったように笑いながら胸に手を当てた。
「あたしは、シュリ。シュリ・ユグドラよ」
「シュリか。改めて――レオン・ケンフォードだ。よろしく」
レオンが自己紹介し直すと、彼女はくすぐったそうに微笑んで頷いてくれる。
その笑顔は溌溂としていて、やはり目を奪われるくらい綺麗だった。




