第48話
閃光と轟音の中に包まれている――だが、不思議と、熱くなかった。
一瞬で焼け飛んだのだろうか。それにしては、妙に感覚がある。
目を閉じていたレオンは恐る恐る、目を開き――その目の前の光景に、目を疑う。
「――え、ぇ?」
その目の前には――純白の獣があった。四足で踏ん張り、レオンたちを守るように、そこに立ちはだかっている。その角が、炎を引き裂き――三人を守る空間を築いていた。
その、気高き姿を見つめ――思わず、つぶやく。
「ユニコーン……?」
それは、純白の一角獣だった。その獣は、角を大きく振り払う――それだけで、竜の息吹の残滓が吹き飛び、冷たい風が吹き込んでくる。
月光の下、そこに立つユニコーンの姿に、シュリは大きく目を見開いた。
「あのときの、ユニコーン……! でも、どうして……!」
『恩を返しに来たのよ――あのとき、助けてくれた、人の子たちのために』
澄んだ声が、脳内に直接響いてきた。澄み渡った目つきが、じっとレオンたちを見つめる。優しい、包み込むような視線と共に声が続く。
『子持ちで、あの熊を相手にするのは――とても厳しかった。そのとき、貴方たちの助力はとても助かったわ……そのときの、礼をさせてもらいに、そこの姉妹を尾けてきたの』
その声に、シュリは何か気づいたように息を呑んだ。
「――まさか、森の途中であのグランド・ベアを仕留めたのも……?」
『ええ、私よ――ふふ、貴方たちが一生懸命だから、つい手伝いをしたくなったの』
ユニコーンは涼しげな声を響かせる。それに戸惑いを隠せないのは、カグヤだ。
「一体、何が何だか……?」
(ま、それもそうか……死んだと思ったら、何故かユニコーンに助けられていたわけだし)
レオンが苦笑いを浮かべていると、シュリはくすりと笑って告げる。
「いつもの、レオンのお人好しのおかげよ」
「いや、どちらかというと、シュリのおかげだったような……」
『雑談はそこまでよ』
ユニコーンが割り込んでくる。その澄んだ目つきは、すでに天上に舞う魔竜に向けられている。ドラゴンは邪魔されたことに憤るように、咆吼を放っている。
そして、一気に標的をこちらに定めると――急転直下、レオンたちに襲い掛かる。
『散りなさい!』
ユニコーンの声を合図に、三人はばらばらに飛びずさる。瞬間、轟音と共に魔竜が三人のいた場所を通過する――その勢いの風で思わず吹き飛ばされそうになると、その目の前に、ユニコーンが軽やかに着地をした。
『――狩人の子、背に乗りなさい。手が、あるのでしょう?』
「ああ――手伝ってくれるか?」
『ええ、もちろん。一緒に、あの可哀想な子を、眠らせてあげましょう』
レオンはユニコーンと視線を交わし合い、その背に飛び乗った。
しなやかな身体――まるで、雲の上に座っているかのように、乗り心地がいい。背に乗った瞬間、ユニコーンは跳ねるように地を駆けた。
ふわり、と宙を浮く――次の瞬間、その下で唸りを上げてドラゴンが通過した。巻き起こった風を利用し、柔らかくユニコーンは着地しながら駆ける。
それを食いちぎろうと、ドラゴンが反転して襲い掛かる――それを、ユニコーンは身体を斜めにして曲がりながら躱す。ほとんど、直角の動きに、レオンは思わず首にしがみついた。
『――苦しいわよ。狩人の子』
「悪い――というか、俺にはレオンって名前があるんだが?」
『そう、なら、レオン、もっと飛ばすわよ……!』
頭で語りかけられると同時に、ぐん、とユニコーンは加速する。その進路の先に、シュリが駆けている。レオンは身を乗り出しながら、その手を突き出した。
「シュリ!」
「ええッ!」
手をしっかりと握り、一気に引き上げる。シュリは軽やかにユニコーンにまたがると、レオンの腰に手を回しながら告げる。
「助かったわ――けど、どうするの?」
「計画は変わらないさ。あの化け物の口に、銃弾をお見舞いする」
「それなら口を開かせるのは、任せなさい」
「もう、ドラゴンブレスは勘弁だぞ?」
「大丈夫。考えがあるわ」
シュリは快活に笑う。その後ろから猛烈な勢いで、ドラゴンが咆吼を響かせる。
ユニコーンは、さらに疾駆する。まるで、風を切るような疾走。その後ろから、魔竜が追いすがるように羽ばたいた。高速の軌道の中――不意に、離れた場所に立つカグヤと目が合う。隠れていた彼女は身を起こすと、杖を振り上げる。
視線が交わり合った。意図を察し、レオンは銃を再び構える。
「シュリ、肩を借りるぞ!」
「ええッ!」
レオンは振り返り、シュリは身を屈める。その彼女の肩に二の腕を載せ、真っ直ぐに腕を伸ばして銃を構える。彼女の肩は安定しており、支えとしては充分。
そのまま、彼は冷静に狙いを定め、引き金を引いた。
宙を駆け、真っ直ぐに飛ぶ銃弾。それらが竜の目元で弾け、わずかにドラゴンの動きが止まる。その瞬間、カグヤの魔力が一気に迸った。
巨竜を取り囲むように、巨大な魔法陣が光を放つ――直後、魔竜の四肢に巨大な氷柱が突き立った。鼓膜が破れそうなくらい、凄まじい絶叫が月夜を震撼させる。
カグヤは杖を掲げながら、片目を閉じる――とっておき、と口が小さく動いた。
(さすが、カグヤ――!)
「なら、あとは――姉の、仕事ねッ!」
そう告げた瞬間、シュリがひらりとユニコーンから飛び降りた。着地し、すぐにドラゴンに向けて駆けて行く。レオンは思わず目を見開く。
(何をするつもり――いや)
疑念を捨てる。ユニコーンの首筋を叩き、カグヤの方に駆けさせる。
ユニコーンは即座にカグヤの傍に駆け寄る。レオンは手を伸ばすと、カグヤは信頼の眼差しで頷き、手を伸ばしてくる。
手を掴んで、背に引き上げる。ユニコーンは弧を描くように引き返し、魔竜へ駆ける。
その間にもシュリはドラゴンに向かって猛然と駆け続けていた。その足取りに迷いはない。その姿をドラゴンは捉えると、大きく口を開いた。
竜の息吹――だが、シュリはそれに臆さない。
むしろ、真っ直ぐ竜に突っ込むように駆け――刹那、閃光が迸る。
凄まじい勢いで、地が吹き飛んでいく。その衝撃波に思わず顔をしかめる。
吹き荒れる風の中、目を眇めてシュリの姿を探す。そして目に入った光景に、思わずレオンは舌を巻いた。
(マジかよ……シュリ……!)
シュリは――全くの無傷。放たれる寸前に、スライディングの要領で身を低くし、竜の息吹を避けていた。間合いに飛び込んだ彼女は、立ち上がりざま、刃を振り抜く。
ドラゴンは、それを噛みちぎろうと、口を開く。シュリの目が、爛、と輝いた。
瞬間、彼女の腕が一閃され、それを食いちぎるように口が閉ざされ――。
血飛沫が、舞った――その光景に、思わず目を見開く。
馳せ違ったシュリは全くも無傷。彼女は素早くその場から離脱しながら振り返り、レオンに対してウィンクを送っている。
その一方で魔竜は大きく首を振り回していた。その口腔は中途半端に開かれ、閉じられない――つっかえ棒のように一本の漆黒の太刀が突き立っているのだ。
口を閉じることができなければ、上手く竜の息吹を収束させることはできない。
見事に、シュリは竜の息吹を封じて見せた。
(けど、まさか、あんな方法だとはな――)
激痛と困惑で、ドラゴンは暴れようとする。だが、もはや四肢を封じられ、口で激痛が走っていてまともに動くことができない――完全に、攻め手を封じた。
『――まさか、人の子たちがここまで行けるとは……』
ユニコーンが驚嘆の声を上げる。レオンは苦笑い交じりに銃の遊底を引く。露わになった薬室から直接、一発の銃弾を装填する。
魔法陣が刻まれた、特注の一発を。
「A級冒険者様にしかできない、芸当だろうさ」
「だけど、これから行うことは――レオンさんにしか、できない芸当ですよ」
カグヤは囁きながら、背中越しに手を伸ばす。そして、レオンの持つ拳銃に手を重ねた。
小さくて、だけど、温かい手。そこから、魔力が流れ込んでいく――。
どくん、と拳銃の中で、何かが脈打った。
それをそっと差し出すように――レオンはユニコーンの背の上で、銃を構える。
首だけ暴れ回るドラゴン。狙いは定めることはできない。
だが、予測することはできる。
冷静に引き金に指をかけながら、口角を吊り上げた。
「――トドメだ」
引き金を、絞る――短い銃声が、やけに大きく静寂の中に響き渡った。
その銃弾は、逸れることなく、真っ直ぐにドラゴンの口に吸いこまれる。その衝撃に、魔竜は喉を引きつらせ、それが不意にぴたりと止まる。
彫像に固まった魔竜。恐らく、その体内を一気に冷気が蝕んでいるのだろう。
数秒の静寂の後、ドラゴンの身体が四肢から真っ白に染まっていく。怒り狂ったドラゴンの瞳は最後に空を大きく睨みつけ、凍り付き――。
やがて、崩れるようにその頭が砕け散り、地面へと落ちた。




