第49話
ゴウル鉱山道の異変から一か月たつと、もう人々はその異変がなかったかのように平然と暮らしを続けていた。
一時はさびれた目抜き通りも、行商人たちが戻り、屋台が立ち並んでにぎやかになる。以前と変わらないにぎやかさの中で――少しだけ、前と変わったことがあった。
「――二人、顔を合わせても喧嘩しなくなったよな」
街の喫茶店――そこで、レオンがそう切り出すと、シュリとカグヤはきょとんとした。
穏やかな陽光が注ぐ、窓寄りのテーブル席。金髪のショートヘアをさらりと揺らしながら、シュリは首を傾げて曖昧に笑った。
「ああ――確かに、そうね……前までは何か突っかかっていたけど……」
「なんだか、馬鹿らしくなった、といいますか、なんというか」
カグヤはマグカップを両手で持ち、ホットミルクを飲みながらしみじみと呟く。
どうやら、心境の変化があったらしい。いいことだ、と思いながら、レオンはコーヒーを口にする。一息つきながら、二人をぼんやりと見つめる。
あのゴウル鉱山道の一件で、二人は竜殺しを評価され、S級に昇格した。
レオンは元々C級だったこともあり、昇格はB級止まりだったが――実質、ギルドからはA級のような扱いを受けている。
その理由は、シュリとカグヤを御し切れる存在だと思われているかららしい。
(この二人を御し切れるとは思っていないけど……)
あれから、二件ほど、シュリやカグヤを依頼に参加させたいという話があり、そのためにレオンが二人に頼んで出てきてもらったことがあった。
おかげで、依頼は三人の連携で、秒速で解決したのだが――。
その後、二人のお願いを聞く形で、シュリに一日、カグヤに一日、買い物に付き合うことになった。楽しい時間を過ごせたが――想定外の出費と、二日潰れたのは痛かった。
今度から、ギルドにその手当ても要求しようと、レオンは心に決めている。
「そういえば、レオン、カグヤと一緒に依頼のついでに廃坑を見に行ったのよね。見つかった? 失くした拳銃は」
「いや、見つからなかった。カグヤにも探してもらったのだが」
「あそこは相変わらず霊脈が入り乱れていますからね――魔術でも探し出すのは困難でした。申し訳ないです。レオンさん」
「大丈夫だ。見つけられたら幸運だったけどな」
それに、とレオンは続けながら腰に帯びた拳銃を引き抜いて見せた。
「同型の予備がある。だから、当分はこれでいい。金銭的に余裕が出たらまた買いたいが」
ただ、これを買うときもかなり大枚を叩いた。しばらくは金策に奔走する必要があるだろう。苦笑交じりにレオンは拳銃をホルスターに戻すと、二人は同時に頷いた。
「そのときはあたしにもお金を出させてね」
「私も同じくです。私には紛失の責任もありますから」
「そこまで気にしなくてもいいが――ま、そのときは相談するよ」
レオンは二人に軽く頭を下げつつ、笑って言葉を続けた。
「いずれにせよ、今は一緒に依頼をこなして欲しい。それが新しい銃を手に入れられる、一番の近道だからな。無論、二人が良ければ、だけど」
「それはこちらこそ願ってもないことよ。レオン」
「私もお願いしたいです。レオンさん」
三人で笑みをこぼし合いながら、のんびりとしたお茶を楽しむ。その平和を噛みしめながらレオンはコーヒーを一口飲む。
「あ、姉さま、砂糖取って下さい」
「自分で取りなさいよ、もう」
シュリとカグヤのやり取りも以前のような剣呑さはない。口げんかというよりは軽口のような感じで、見ていてほっとする。
(そろそろ……決めてもいいのかもな)
今の二人なら、どちらか相棒を決めたとしても穏健に事が運ぶ。
きっと、三人で仕事をこなすことも抵抗はなくなるだろう。
レオンもこの二か月余りの時間で、二人のいろんな一面を知り、理解してきた。内心ではもう二人のことを相棒と思っているつもりだ。
だからこそ、結論を出すのはためらってしまう。
(いっそ、二人を相棒にできれば、それが一番の解決だけどな……)
優柔不断だと我ながら思ってしまう。レオンはこの平和を先延ばしするように、コーヒーをゆっくり飲んでいると、ふと、シュリとカグヤが目配せし合った。そして、シュリが咳払いをして告げる。
「あの、レオン、そろそろ決めようと思うの」
「はい、相棒をどうするか、ということですけど」
「う」
思わず言葉に詰まる。もう、答えを出さないといけないのだろうか。
急な展開にレオンは困惑していると、カグヤが後を引き取るようにそっと告げた。
「やっぱり考え直しました。私たち二人と、パーティー契約を結びませんか?」
「……え?」
予想しない一言に思わず目を丸くする。シュリは少しだけ気まずそうに手元のカップを弄る。
「その、あの一件以来、あたしとカグヤでしっかり話してみたの。それで――」
「見栄を張って、レオンさんに迷惑をかけて、またあんなことになったら、大変ですから」
カグヤも視線を逸らしながら、小さな声で告げる。
二人とも、耳まで真っ赤にして、どこか申し訳なさそうだ。
そのそっくりな様子に、思わずレオンは噴き出してしまう。
「ぷっ、ははっ、いや、構わないけど……そんな、勿体ぶる話でもないじゃないか」
「勿体ぶりますよっ! だって――散々、レオンさんを振り回したんですから」
「そうよ……申し訳なくて、どの口で、と思ってしまうわ」
二人の姉妹は口々にそう言う。その二人を見渡し、レオンは目を細めた。
少し前までは、ただの冒険者同士。だけど、今は、限りなく気心が知れている。
二人に会えて良かったと心から思う。だから――。
「こちらこそ、喜んで。三人で、一緒にパーティーを組んでいこう」
「うんっ!」
「はいっ!」
二人は晴れ渡るような笑顔を見せてくれる。その表情がまたそっくりで胸が温かくなってくる。
レオンは微笑ましくそれを見守っていると、不意に、カグヤが椅子を近づけてくる。
はて? と首を傾げると、彼女はにこにこと笑顔でレオンの腕を取ってくる。
「それで、レオンさん、少しよろしいですか?」
「ん? なんだ?」
「はい、少々、お耳を――」
そっと耳打ちするように手招きされる。レオンは耳を近づけると、彼女は顔を近づける。耳元に柔らかい吐息がくすぐり、そして――。
頬に、柔らかい感触が伝わってきた。
「――え?」
「あ、貴女……っ!?」
レオンが戸惑うよりも早く、腰を上げたのはシュリだった。声を荒げ、テーブルに手をつきながら立ち上がる。カグヤはレオンの腕を取りながら、笑顔を浮かべて首を傾げる。
「お礼ですよ、姉さま――レオンさん、この前のお買いもの、ありがとうございました」
「は、はぁ……どう、いたしまして?」
にこにこと腕に抱きついてくるカグヤが、挑発的にシュリを見上げる。
それに、ぴき、ぴきと青筋を立てて震え始めるシュリ。凄まじく、嫌な予感がする。
「あ、貴女ねえ……あたしの気持ちを知っていて、あてつけのように……!」
「姉さま、こういうのは早いもの順です。私も、レオンさんに対する気持ちはおんなじなんですよ」
えへっと微笑んだカグヤの表情は小悪魔のようで。
対するシュリは薄く笑みを貼り付けたまま、レオンを見つめる。
「――え、なにこれ、怖いんですが。カグヤさん」
「ふふ、単純ですよ。レオンさん」
「ええ、簡単よ。レオン――最初と、変わらないわ」
シュリの手が伸びてきてレオンの腕を捉える。両側から姉妹が腕に抱きついて――引っ張るようにして、頬を赤らめた彼女たちは身を乗り出した。
「あたしを選んでくれるわよね? レオン?」
「いいえ、私ですよね? レオンさん?」
レオンは思わず視線を窓の外に向ける――青空には、いつしかのように羽ばたく鳥。
(――俺も、自由気ままに飛び立ちたいよ……)
目を細めながら思いつつも、両側から包み込まれる感触が、どこか嬉しく思う自分もいて。またの波乱の匂いに、贅沢なため息をこぼすしかなかった。




