第47話
(やった――)
魔竜の弱点を突くふりをして、油断を誘い、ベルグを仕留める。
紋章を破壊すれば、ドラゴンを支配する魔術が崩れると考え――実際、その通りになった。だが、レオンはそれに会心の笑みを浮かべることはない。
むしろ、切羽詰まった表情で、陣取った岩棚から飛び降りていた。
直後、そこに弧を描いた尾が直撃し、岩棚が粉々に吹き飛ぶ。
その瓦礫に押しつぶされそうになりながら、宙を舞い――横から掻っ攫うように、何かが跳んだ。
「レオンッ! 逃げるわよッ!」
気が付けば、レオンの身体はシュリに横抱きにされていた。必死にしがみつきながら、思わず苦笑いが込み上げてくる。
「こういうのって男女逆じゃないか?」
「冗談言っている暇あるなら――また、来るわよッ!」
魔竜の眼光が灼くように、二人を射抜く。瞬間、魔竜の牙が剥かれた。一気に襲い掛かってくる無数の牙を前に、腰の小瓶を引き抜く。
指で弾き、拳銃の引き金を引く。その小瓶が、魔竜の目の前で砕けて飛び散る。
今回は火薬じゃない――混酸だ。それに目を焼かれ、さらに咆吼を上げる魔竜。
その間に、シュリは瓦礫を蹴るようにして、宙を跳ぶ。三角跳びの要領で、岩壁の上に登って着地。カグヤが合流し、息を切らしながら告げる。
「ど、どうしますか……!?」
「どうしようもないな……!」
そう言いながら魔竜に背を向けてレオンは駆け出す。二人も頷いてそれに従う――即決即断、逃げの一手だ。
(そもそも、S級が五人で挑むのが、魔竜なんだぞ……ッ!)
いくら地形を味方につけ、罠をこしらえたところで、それは付け焼刃にしかならない。
それらをぶち壊すのが、魔竜――まさに、理不尽な暴なのだ。ベルグに一矢報いることができたのは、ラッキーパンチにしか過ぎないのだ。
「暴れて気が済んでくれればいいんだが――」
「そうは、問屋が卸さないみたいねッ!」
シュリが振り返りながら叫ぶ。思わず、振り返ったレオンは引きつり笑いを浮かべた。
月を背にして、大きく飛翔したドラゴンの姿が、そこにある。
憎しみが込められた眼光で、三人を見据えながら回り込んでくる。
カグヤは舌打ちをして足を止めた。シュリとレオンも足を止めると、そこに向かって一気に魔竜が急降下してくる。カグヤは法衣の袖から、札を引き抜いて叫んだ。
「レオンさん、姉さま、こちらにッ!」
無数の札を一気に、カグヤは地面に叩きつける。
瞬間――目の前に、分厚い氷の壁が地面から一気に伸びあがった。
そして瞬く間に四方を取り囲むような砦になる。
それを前にして、魔竜は急に方向転換し、激突を避けて上空に舞い上がる。遅れて、烈風が地面に吹き荒れる中、レオンは安堵の息をつく。
「カグヤ、助かった。さすがA級……」
言いながら振り返り、気づく。カグヤが杖に体重を預け、身を震わせていることに。シュリも気づいてその肩を支える。
「だ、大丈夫っ? カグヤ……」
「大丈夫……とは、言えませんね……魔力が、もう……」
当然だ。カグヤは大技を何度も連発しながら、鉱山道の罠の爆破も一気に引き受けていた。シュリでさえも休みない剣舞に息が上がっているのが分かる。
体力が消耗している上に、あの魔竜の攻撃を凌ぎながら逃げるのは厳しい。
――誰かが、囮にならない限りは。
レオンは息を吸い込みながら振り返り、口を開き。
その唇を、二人の人差し指が抑えてきた。
「レオン、貴方を見捨てるつもりはないからね」
「レオンさん、また貴方を囮にするつもりはありません」
シュリとカグヤ、二人が真剣な表情で告げてくる。そっくりの表情で、レオンを心配するように同じ色の瞳を揺らしている。
それに気圧されていると、はっきりとした口調で彼女たちは続ける。
「あたしたちのどちらを選ぶかも決めていないし」
「アレスタさんも代金を支払え、と言っていました」
「それに、こんなものをあたしたちに押しつけて」
「どこまで花を持たせる気なんですか、レオンさん」
シュリは漆黒の太刀を握りしめ、カグヤは純白のマントを風に揺らす。二人の姉妹はまっすぐにレオンを見つめ、試すように訊ねてくる。
「あの夜の言葉は、嘘だったと言いたいの?」
「甘えていいんですよね? レオンさん」
その言葉にふと蘇るのは、シュリとカグヤ、それぞれに掛けた言葉。
『上手く行かないときは俺をまた巻き込んでくれ』
『困ったら俺で良ければ、甘えてもいいからな』
(……そう、だったな)
気負っていた心が緩んでいく。レオンは一つ吐息をこぼすと、苦笑い交じりに二人を見比べる。
「好き勝手言ってくれるな……けど、約束、したからな」
その言葉にシュリとカグヤは笑みをこぼす。その表情もそっくりで、芯の強さも本当に似通っている。
(……これだから、俺は相棒を選べないんだよな)
内心でため息を一つ。そして思考を切り替えると、上空を旋回している魔竜を見上げた。ドラゴンは様子を窺うようにじっくりと氷の障壁に囲まれたレオンたちを見下ろしている。その姿勢には執念すら感じてしまう。
「……どうしますか。廃坑に逃げれば、追っては来られないと思いますが」
「そうだな。だが、地の果てまで追いかけてくる。散々、攻撃したからな」
「まぁ、大分斬ってやったからね。恨みを買っているわよね……」
となれば、結論は一つだ。レオンは二人の顔を見て告げる。
「あいつは、ここで仕留める。逃げも隠れもせず、この場で」
「それしかないわね……だけど、どうするの? あたしも鱗は斬れるといっても、竜の首はさすがに斬れないわよ?」
「竜の血液は高温です。パルマ・フォレストも、効かないかと……」
A級冒険者二人も困り顔だ。レオンは魔竜を警戒しながらカグヤに訊ねる。
「あの絶対零度領域はどうだ? ザリガニを仕留めた――」
「あれは設置型の魔術――そんなものをこしらえる余裕もないです」
「……それも、そうか」
それにあれは動きが鈍いザリガニだったからこそ、上手く行った手段だ。
相手は魔竜。仮に設置が上手く行き、誘い込めたとしても起動している内に、飛んで逃げられてしまう。レオンが唇を噛んでいると、ふとカグヤは何か思いついたように懐を探った。
「そういえば――もしかしたら、これなら」
そう言いながら彼女が取り出したのは、一発の銃弾だった。
だが、そこには目に見えないほど、細かい何かが刻まれている。
「これは、魔法陣――」
「はい、刻んでいる術式はあの絶対零度領域を簡略化したものです。撃ち込んだ場所を起点に、周囲を凍らせることができます」
カグヤは迷うようにその銃弾を見つめ、小さく告げる。
「ですが、理論上です。実験はしたこともありません。しかも、ぶっつけ、これが本番の一発になります。これっきり――後は、ありません」
その銃弾を見つめ、レオンは視線を上げる。シュリと、目が合った。
彼女は小さく笑って頷く。その笑顔に、背中を押されるようにして――レオンは頷いた。
「カグヤを、信じる」
「――いい、んですか?」
「当たり前だ」
レオンはそう言いながら上空を見上げる――そこには、旋回した魔竜が、再びこちらに狙いを定めている。その眼光に向き合いながら、レオンは告げる。
「チャンスは一度――確実にやるぞ。連携して、どうにか、あいつの口を開かせる」
「弾丸は、直前に私が魔力を込めます」
「分かったわ。さて、やってみますか……」
三人は、覚悟を決める。カグヤは軽く杖を地面で突くと、氷の障壁の一角が崩れる。それを見て取ったのか、天上の暴虐は、翼を一打ちすると、一気に急降下してくる。
その勢いがわずかに緩い。シュリが、口を開かせるために刃を構える。
瞬間、ドラゴンの目が光り、口が大きく開かれた。
いきなりの好機。だが、その喉に渦巻いているのは、真っ赤な業火――。
(――しまった)
レオンは己の迂闊さを呪う。シュリも表情を引きつらせ、カグヤは魔力を練り上げる。だが、間に合いそうにない。
迫るドラゴン。その喉の奥で渦巻いた熱が一気に出力を増していく。
そして――竜の息吹が、レオンたちにめがけて降り注ぎ。
灼熱の中に、彼らは呑み込まれていった。




