第45話
次の魔力の波長は、それほど間合いを置かずに感じ取れた。
(――来たな)
身動きはせず、レオンは神経を研ぎ澄ませた。四肢に力を込める。
少し遅れて、洞窟にいたシャドウウルフたちが唸り声を上げる。ベルグが眉を寄せ、廃坑の外へ視線を向ける――その瞬間、圧倒的な魔力が膨れ上がった。
(あ、やべ――)
思わずレオンは咄嗟に身を伏せさせる――直後、凍てつく波動が吹き抜けた。
氷の奔流が凄まじい勢いとなって流れ込んでくる。それが直撃したシャドウウルフがたちまち、白く凍りつく。壁や天井が白く凍りついていく光景に、レオンは白い吐息をこぼす。
(パルマ・フォレスト……しかも、かなりの精度……!)
魔獣たちは立ち上がる間もなく、しかも廃坑内は狭くて逃げられない。
それでいて、レオンの周りだけは冷気が避けるように駆け抜けていく。
狙いすましたように氷漬けにされていく魔獣たち。こんなことができる魔術師は、たった一人しか思い至らない。
その光景に驚いていたベルグだが、彼は獰猛に牙を剥くと吼えた。
「おう、戻ってきたか! いいだろう、相手になる……!」
ベルグの掌が輝きを放つ。それに応じるようにドラゴンが唸りを上げて進み出る。その巨躯で冷気を完全に受け止めると、その口が大きく開いた。その喉の奥からこぼれだす、眩い閃光。
咄嗟に、レオンは耳を塞ぎ、目を閉じる。直後、凄まじい勢いで光線が迸った。
竜の息吹。全てを溶かす、凄まじいほどの熱量が駆け抜ける。
それが一気に洞窟内を舐めるように駆け抜ける。パルマ・フォレストの冷気を一瞬で蒸発させる熱波が、レオンにも襲い掛かり、肌が焦げるように熱くなる。その中で薄く目を開き――それに、目を奪われた。
(――え)
業火が、割れた。そんな錯覚を覚えるほど、鮮やかに斬り込んできた剣士があった。その手にしているのは、漆黒の刃。
純白の衣に身を包みながら、踏み込んできた人影は、素早くベルグへ肉迫――刃を振り下ろす。鋭い一閃をベルグは目を見開きながら身を逸らす。
空を裂いた刃。だが、それは止まらず、鮮やかに刃が返される。
その猛攻にベルグは後ずさる。その視線がレオンから外れて剣士に集中する。その一瞬をレオンは逃さなかった。懐から小さなそれを引き抜く。
掌にあるのは、カグヤが作った魔導薬莢。宙に投げたそれを指先で弾く。
鋭い銃声が轟き、火線が宙を駆けた。
小さな薬莢から放たれた銃弾が、ベルグに肩を撃ち抜く。その予期せぬ銃撃にベルグの動きが止まる。その隙を、剣士は逃さない。
跳ね上がった刃が、黒閃となってベルグを一気に真一文字に斬り裂いた。
「な――ッ!」
ベルグは目を剥きながら苦悶に呻く。だが、すぐにその掌を振りかざす。瞬間、ドラゴンが大きく動いた。
前足を振り上げ、剣士の方に向かう。だが、その剣士は動じずに半歩引いてドラゴンに向き直る。ひらりと手の中で舞わした黒い刃は、鞘に一瞬で収まる。
刃は上に、左手で鞘を掴み、右手を柄に添える。視線は、頭上の前足の爪に固める。
(居合、抜刀術――)
レオンの視線の先で、その剣士は鞘に封じた刃に力を込め、鍔を鳴らす。
その澄んだ音が響き渡った瞬間、一閃の黒刃が、弧を描いて迸った。
ぱっと咲いたのは――血花。
鮮やかな血が、彼女の頭上が弾ける。それと共に、ひらり、と中空で何かが舞った。
宝石のような、塊――それが、竜の爪と気づいた瞬間、凄まじい咆吼が洞窟内を震わせた。苦悶の悲鳴に、大きくドラゴンが暴れ回る。
(まず――っ!)
その巨体に押しつぶされそうになり、慌ててレオンは離れようとして――。
その手が、ぐいと引っ張られた。
「レオンッ! こっち!」
馴染みのある声と共に、純白の剣士が叫ぶ――彼女の刃が走り、拘束を破壊する。
自由を取り戻したレオンは、引っ張られるようにその剣士に続く。息を切らしながらも、笑みを浮かべてその背に向かって声を掛けた。
「ありがとう、シュリ――助かった!」
「礼はまだ早いわ――ほら、レオン」
純白のマントに身を包んだ剣士――シュリは笑顔を見せながら、その胸に何かを押し付けてくる。それを掴んだ瞬間、何か分かる。
ヘルメス17。使い込んだ形跡が少ないところを見ると、アレスタに預けていた予備らしい。片手で遊底を引き、薬室を確認する。
すでに初弾が入っている――すぐに撃てるようにしてくれているようだ。
「早速、腕前を見せてくれるかしら、銃撃士様ッ!?」
そう告げた瞬間、後方から魔獣の気配。シャドウウルフが一気に襲い掛かってくる。レオンは振り返りざま、銃口を向ける。
連続して引き金を引く。放たれた銃弾はシャドウウルフに直撃し、血潮を撒き散らしながら倒れていく。シュリは口笛を吹きながら笑みを見せた。
「さすがね、レオン――まさか後ろ向きで当てられるなんてね」
「これくらいならな」
どんな姿勢でも撃てるように鍛錬を積んでいる。無論、安定した姿勢の方が命中精度は高くなるのだが。
(あちらも図体がでかいからな――)
銃弾を撃ち尽くしたレオンは視線をシュリに向ける。彼女は呆れたような表情を見せ、懐から弾倉を抜いて投げ渡してくる。
「本当、銃に関しては最強ね」
「ありがと。シュリ」
駆けながら弾倉を素早く引き抜き、新しい弾倉を叩き込む。遊底を引いて次弾を装填すると、シュリと並んで駆ける。
「こっちよ、レオン!」
シュリは迷わずに洞窟の中を駆けていく。左に折れたと思えば、次は右に、かと思えば上にぶち開けられた大穴――。
「こんな道、よく見つけたな……っ!」
頭上から垂れているロープを掴み、レオンは急いで登っていく。その先をするすると登っていくシュリはくすりと笑みをこぼした。
「違うわよ、道は作ったの。塞がれている穴を壊して」
「ええ、そういうことですよ、レオンさん」
その澄んだ声と共に頭上から手が差し伸べられる。それを掴んで這い上ると、そこでは法衣姿の金髪少女が待ち受けていた。
「レオンさんッ! 良かった……!」
目を潤ませるカグヤに、レオンは息を整えながら思わず笑みをこぼした。
「ありがとう――まさか、二人が息を合わせて助けに来てくれるなんて」
「一時休戦して、仕方なしに、ですよ」
「その割に、二人の息は、ぴったりだったけどな」
初撃のパルマ・フォレストから、シュリの斬り込み――あれは、なんとも鮮やかな連携だった。お互いの呼吸がぴったりと合っていたのだ。
一歩間違えれば、シュリは氷漬けになるか、竜の息吹で焼け死んでいただろう。
シュリとカグヤは視線を合わせ、少しだけ気まずそうに視線を逸らす。
「まあ――この人の妹ですから」
「まあ……この子の姉だしね」
思わずレオンは噴き出した。カグヤは不機嫌そうに頬を膨らませながら、彼の胸に箱を押し付ける。銃弾の箱だ。
シュリは羽織っていた純白のマントを脱ぎ、カグヤに放る。
「返すわ。ありがと。カグヤ」
「いえ――それよりも急いで、ここを脱しないといけません。こちらに」
カグヤは踵を返して先頭を駆けていく。やはりその足取りは迷いがなく、複雑な廃坑の道を駆けていく。その地面に魔獣の足跡がないことを見て気づく。
「そうか、魔獣も使っていない別の廃坑を……」
「そうです。そこをシュリ姉さまに壊してもらって、壁を繋げました。恐らく、追いかけてくるには時間がかかるはずです……!」
封鎖されている壁をぶち壊すとは、なんという怪力だろうか。
思わずシュリを見やると、彼女はくすぐったそうに笑みをこぼした。
「別にそんな手間じゃなかったわよ」
「はは……さすがA級魔術師だ。二人とも、頼もしいよ」
レオンの声にシュリとカグヤはくすりと笑みをこぼす。
直後、不意にぐらりと地面が揺れる。それに足を取られたカグヤを支えながら、レオンは軽く舌打ちをした。
「なるほど、追跡をあきらめたか」
「……そうなの?」
「ああ、その代わりあっちも地面をぶち抜くことにしたんだろ」
その言葉に答えるように、背後から凄まじい咆吼が響き渡る。地面がぐらぐらと揺れ、今にも廃坑が崩れそうだ。カグヤは顔を引きつらせ、シュリは鋭く告げる。
「外に出ましょう。まずは、そこからよ」




