第44話
シュリ視点
月明かりだけが頼りの、薄暗いケルドの森――。
そこを疾駆する、二人の少女の姿があった。
彼女が駆けるたびに、その金色の髪が光を放ちながら風に揺れる。その光の軌跡を描きながら、彼女たちは迷うことなく真っ直ぐに駆けて行く。
「カグヤ、大丈夫? 息は、続きそう?」
「問題、ありません……っ! それよりも、道は、合っていますか?」
「侮らないで。しばらくレオンと一緒にこの森で稼いでいるのよ。それなりに道は分かっているわ」
それよりも、と何か気にするように、シュリは足を緩めずに辺りを見渡す。
どこからか鳥が鳴く、不気味な真夜中の森――だが、木々からはおかしいほど気配を感じ取ることができない。魔獣が、いないのだ。
「なんで――こんなに、魔獣が少ないの……?」
「探知魔術には――少しだけ、感知はあります。だけど、全く動きませんね」
「本当……? ウッドモンキーとか調子に乗って襲い掛かりそうなのに」
「本当です。むしろ、こちらから距離を取る魔物もいます」
それと、とカグヤは何か言いかけ――わずかに眉を寄せて首を傾げた。
「――気のせい、かもしれませんが……尾行、されているような?」
「魔獣? 他の人間?」
「分かりません、どうにも掴みづらくて――ただ、かなり離れているので無視して構わないと思いますが……」
「尾行――あるいは、罠、かしら……」
思わず慎重になるシュリ。彼女は足をゆるめながら腰に帯びた刀に手をやりつつ駆け――。
それに気づいて、軽く眉を寄せた。
「カグヤ、あれ――」
「なんですか……? あ、あれは……」
二人は足を緩める。ゆっくりと足を止め、それに歩み寄っていく――。
そこには、木に寄りかかるようにして、ぐったりとなっている魔獣の姿があった。グランド・ベア――明らかに、絶命している。
カグヤは杖を抜くと、掲げて魔力を込める――明かりが灯され、グランド・ベアの死骸が明らかになる。シュリはそっとその身体に手を触れ、ナイフを抜いて身体に突き立てる。
湿った音と共に引き抜くと、血がどろりとあふれだす――それに触れて、シュリは眉を寄せた。
「まだ、血から熱が抜けきっていない――死んで、間もないわね」
「外傷は――これですか。首元に、傷跡が」
カグヤが背よりも高い位置にある、グランド・ベアの首を明かりで照らす。確かに、そこにはまるで槍にでも貫かれたような、鋭い風穴が空いている。
そのことに、二人は同時に疑問を抱いた。視線を交わし合い、困惑を露わにする。
「姉さま、グランド・ベアの首の毛って――」
「ええ、かなりの剛毛よ――それを、突き貫くなんて……」
だが、他に外傷はない。どうやら、真正面からぶつかって突き倒したらしい。
死体を放っておいている以上、他の魔獣とは考えにくい。ということは、こんな真夜中に、動き回っている冒険者がいるのだろうか?
不気味に思いながら、二人はそのグランド・ベアの死体を見上げ――シュリは首を振る。
「分からないけど、放っておくしかないわ」
「そう……ですね。罠でしょうか?」
「さぁね。罠だとしても、突っ込むしかなさそうね」
「ええ――急ぎましょう。レオンさんがいつまでも無事であるとは限りません」
二人は頷き合うと、グランド・ベアに背を向け、一気に駆け出す。
ケルドの森の中を真っ直ぐに彼女たちは鉱山道へと目指し、その中に消えて行く――。
だが、彼女たちは気づかなかった。
その姿を見守っている、純白の影があることを――。
◇
月が頂点に登る頃――二人は、ゴウル鉱山道に戻っていた。
なるべく高所を取りながら、息を潜めるようにして駆ける。さすがに、ここまで来ると、魔獣がちらほらと見られる。カグヤは一息ついて告げる。
「ケルドの森の内に、隠密結界を張っておいて正解でした」
「貴女、そんな芸当もできたのね……」
呆れたようなシュリに対し、カグヤは肩を竦めながら素っ気なく告げる。
「単独行動が多いので。こういうところで、敵を躱していたのです」
「なるほどね。貴方も苦労しているのね――」
「やっと、分かってくれましたか?」
「ううん――いつも、分かっていたわよ」
くすりと笑いながらシュリが答えると、カグヤは少し面食らったように目を見開き――顔を背けながら、小さく告げる。
「――私も、姉さまが頑張っていること、知っていましたよ」
「そう? ありがと。さて――もうひと踏ん張りよ」
「ええ――姉さま、少しだけ警戒をお願いします」
すっと息を吸い込むと、カグヤは高く杖を空に向けて掲げる。シュリはそれを見守りながら、辺りを見渡す。ふわり、と舞い上がった風が、カグヤに髪を揺らす。
月明かりの下――少女は目を閉じ、静謐に呪文を唱え始める。
「探れ、探れ、生命の息吹――風は我が耳、光は我が目、汝を通じて全ては我に返る――」
淡い光が、徐々にカグヤの周りに集う。
蛍火のように彼女を覆い隠していく――その光が、不思議な紋様を描いていく。
「応えよ、応えよ、魂の響き――その在り処を、我に示せ」
光の魔法陣が、一層、輝きを増していく。
繊細な図柄の中心で、カグヤは杖を振り下ろして目を見開く。
「サーチ・アリアドネ!」
瞬間、澄んだ音が響き渡り――魔力の波動が全体に響き渡っていく。それに耳を澄ませていたカグヤは少しだけほっとしたような顔で小さくつぶやいた。
「レオンさんは、生きています。彼の気配を感じ取れました」
「そう、よかったわ……」
シュリは安堵の息をつくが、表情を引き締めてカグヤを見やる。
「それで、居場所は分かったのよね? すぐに廃坑に忍び込んで助ける?」
「そうします。そして――そこまでの道筋は、検討をつけました」
カグヤは怜悧な目つきに知性を宿し、杖をくるりと回して続ける。
「真正面から行けば、敵にぶつかります。できれば、それは避けたい――なので、ここで姉さまの出番です」
「策が、あるのね」
こういうときのカグヤは敵に回ると生意気でこざかしいが……仲間でいてくれると、頼もしいことこの上ない。シュリの眼差しに、カグヤは決然と頷く。
「はい――行きましょう。姉さま」
金髪の姉妹――A級冒険者の二人は頷き合い、月夜の中を真っ直ぐに駆けて行く。
その足取りに、一切の迷いはなかった。




